第二十一話 祭りが終わり、祭りが始まる
◇◇◇◇
体育祭はあっという間に終わった。いや、俺が考え事ばかりしていたからそう感じたのかもしれない。
最後のリレーで俺は一位を取った。軽く流したが、それでもダントツで一位だった。最初の走者であるマナが大きくリードを取っていたからだろう。
体育祭全体の結果は俺たちのBチームが優勝。それも当然だろう。俺は3日目の種目から全てで一位を取り続けたのだから。あまり体育祭に集中できず、良い感じに手を抜くことが出来なかったからだ。
まあそんなわけで、体育祭は終わった。父と母とエルザもランベルツ領に帰り、体育祭ムードも終了。特設されていた客席や屋台も全て片付けられ、学生達はいつも通りの学園生活に戻っていった。
「ウィリアム、時間だ」
「……ああ」
俺はアルフレッドの声で我に返り、席を立って部屋を出た。
俺は現在、中央騎士団の詰所にいる。龍種討伐の作戦会議に出るためだ。体育祭が終わった翌日に、早速召集の手紙が届いた。まったく、せっかちな連中だ。
長い廊下を、アルフレッドの少し後ろをついて歩く。騎士団の鎧は全て白で統一されている。俺の髪と一緒だ。だから俺は、今日は全身真っ黒の服装できてやった。ちょっとした鬱憤晴らしだ。
「ここだ」
「あいよ」
アルフレッドに連れられて入った部屋は巨大なホール状をしていた。その真ん中に長方形の机が置かれており、そこに騎士が集まっている。中央なだけあって、様々な種族が同じ騎士鎧を着ている。不覚にも、良い光景だと思ってしまった。……めちゃくちゃ視線を感じる。
そして、その机の正面に1日の男が座っていた。鍛え上げられた筋肉、そして頭に生えている一本の角。鬼の魔人族か。この男が団長だろう。恐らく、俺と同じぐらいには強い。
「お前がウィリアム・ランベルツだな?」
「ああ」
俺はこいつらに対して畏るのはやめた。本意ではなかったとしても、俺の家族を人質にしたのは事実だ。そんな連中を敬える訳がない。
「ほぉ、思っていたよりもやれそうだな」
「それは俺のセリフだよ、団長さん」
「くく、天下の中央騎士団団長にその言いようか。嫌いじゃない」
「名前は?」
「ギラウス・ウルペン。ギラウスでいいぞ」
「そうか、よろしく。俺のことはウィリアム様でいいぞ」
「抜かせ、小僧」
周りの騎士達が俺を射殺さんばかりに睨んでくる。アウェイってのは辛いね。ちょっとした冗談じゃないか。
「それで、俺は何をしたらいいんだ?」
「その前に聞くが、お前が龍種と戦ったというのは本当だな?」
「ああ。でも、大したことじゃない。手を抜かれてたし、その上で負けた」
俺が答えたと同時に、ギラウスが消えた。いや、消えてはいない。気付けば、目の前まで迫っていた。その手には立派な騎士剣が握られている。速い。が、反応できなくはない。
「ほっ」
切っ先を躱し、ギラウスに足払いを仕掛ける。が、ギラウスはそれを飛んで躱すと、俺に対し全方向から襲いかかってきた。恐らく魔法による幻影。ならばと俺は足で思い切り地面を踏みつける。ジルギード先輩の炎の魔法に対して使ったのと同じだ。自分の周囲の魔法を霧散させる技。
「むっ!」
無数の幻影が一瞬で消え去り、ギラウス一人の姿が露わになる。
「喰らえ」
踵落としを放った。ギラウスはそれをギリギリで回避し、後ろに退がる。俺の踵は宙を切り、地面を深く抉った。
「っ!?」
俺の踵を中心にフロア全体にヒビが入る。危ない、もう少し力を込めてたら崩れるところだった。
「おいおい、騎士団の詰所を壊すなよ」
「それならもっと丈夫な素材で作れよ。大理石とか、脆いっての」
まあ、いい。団長の三文芝居には付き合ってやっただけだ。
一連のやりとりを見ていた騎士達が騒めく。要するに、ギラウスは不信感を抱く騎士に俺の力を見せたかったのだろう。その狙いは成功みたいだ。
「で?俺はここで何をすればいい?」
「今は作戦の会議中だ。お前も参加してくれたらいい」
普通かよ。
◇◇◇◇
かくして、俺はムーア区域に立っていた。背後には中央騎士団。今代の騎士団はまだ龍種の討伐経験は無いらしく、皆緊張した面持ちをしている。
ムーア区域に住み着いたのは緑龍。龍種の中では一番下の種類だが、生物として最強であることには変わりない。
「……また、龍種と戦うことになるとはなぁ」
「どうした?怖気付いてるのかい?」
アルフレッドが隣まで歩いてくる。こいつ、馬鹿なのか?
「当たり前だろ?」
「お前ほど強くても怖いのか?」
今度はギラウスが隣にきた。団長と副団長に挟まれる俺。ちょっと偉い人感出てるよな。
「あんたに至っては俺と同じぐらい強いだろうが」
「そうだな。その俺は別に怖くない。だから聞いたんだ」
「あんたはまだ龍種と戦ったことがないから、そんな事が言えるんだ。先に言っておくが」
そこで俺は後ろを振り返った。そこには百を超える騎士団が並んでいる。皆、それなりに強いのだろう。それでも、百という数は龍種を相手にするには少ない。
「俺も含めて、全滅してもおかしくない。それだけは忘れるなよ」
「そんなにやばい相手なのか、龍種ってのは」
俺も龍種の全力を知らない。だから俺は出来るだけ最悪の状況を考えているが、恐らく龍種は俺の想像以上をいくだろう。
「これは作戦会議の時にも言ったが、常に最悪を想定して動くべきだ。大切な部下を失いたくないんならな」
今回、この作戦には最新の兵器も投入される。まだ開発されたばかりで、一つ作るのにかなりの費用がかかる代物らしい。それだけ、中央は本気ということだ。
「分かった。素直に忠告を聞いておこう」
ギラウスは頷くと、団に進軍の指示を出した。
ムーア区域は綺麗な土地だった。豊かな緑が一面に広がっており、澄んだ川が流れている。遠くには大きな山も見えた。あそこからは鉱石がたくさん採れるようだ。
そんな『恵みの大地』を、真っ白な鎧に身を包んだ騎士団が進軍する。もちろん俺は真っ黒な服装だ。ス◯ミーを思い出す。あれは周りが赤だったけど。
「出てこないな」
「………」
ギラウスの呟きに俺は反応せず、辺りを見渡した。なにか、違和感を覚える。確かに緑龍の姿は見えない。気配もない。足跡などの形跡もない。だが、違和感がある。
「ギラウス」
俺はギラウスに合図をすると、ギラウスは右手で騎士剣が抜き、高く掲げた。それを見た騎士団がピタリと行進を止める。
「いたのか?」
「分からない。分からないが……嫌な予感がする」
騎士団が止まったのは広い草原の真ん中。赤龍と戦った時を思い出す。あの時も、こんな場所だった。
「だが、ここには龍種が隠れていそうな場所なんてないぞ?」
確かにその通りだ。なのに、この違和感がどうしても拭えない。だから嫌な予感なのだ。
こんな場合は、大抵『上だ!!』って感じだよな〜って思いつつ、チラチラ空を確認しているのだが、そこには雲一つない青空が広がっているだけだ。
「ぎゃああっ!!?」
そんな時、不意に背後から悲鳴が聞こえた。振り返ると、そこには一体の緑龍が悠々と立っていた。ぺっと、何かを吐き出す。ゴロゴロと俺の足元に転がってきたのは、一つの頭。あの日、俺を連れて行くために保健室まで来た騎士の一人だ。
「っ!全軍!陣形を展開し、武器を構えよ!!」
烏合の集と成り果てそうになった騎士に、ギラウスが一喝。軍はすぐに陣形を整えた。簡単な陣形だ。兵器を準備する少数の部隊と、それを守るための部隊。以上だ。
今回の作戦はほとんど俺の案が採用された。唯一、龍種との戦闘経験があったからだ。俺も一度しかないのだが、ギラウス曰く『1と0の差は大きい』らしい。
とにかく、この陣形も俺が提案した。龍種相手に、半端な攻撃は意味がない。故に、その新兵器とやらを当てることを最優先にした。説明を聞いた感じでは、恐らく新兵器は龍種に通用すると判断したからだ。
しかし、兵器の使用までは少し時間がかかる。それまで守り切るのは至難の技だろう。そこで、時間を稼ぐ部隊も編成した。俺とギラウスとアルフレッド。この3人だけだ。俺たち以外では龍種とまともに戦えないだろう。と言うか、俺たちでもやばい。もちろん援護はしてもらうが、あまり意味はないだろう。正直、この作戦の成功確率は低いが、これ以外に思いつかなかった。
俺たちが出来るだけ時間を稼ぎ、漏れた分は守る部隊にカバーしてもらい、新兵器をぶち込む。単純な作戦だ。
緑龍がどこから現れたか分からない。既に不測の事態が起きている。それでも、こうやって姿を見せた。ここからが本番だ。
「さて、龍狩りの始まりだ……!」
ごめん、今のはなしで頼む。
次話から少し間隔が空くと思います。