第二十話 全ては自分のため
◇◇◇◇
ムーア区域に龍種が現れた。わざわざそれを言うってことは恐らく、そこに居着いてるってことだろうな。そして、その龍種を退けられずに困っているところ、他の龍種と遭遇した俺が生還した。だから、そんな俺に力を貸して欲しい、と。
「違うか?」
「全くもってその通りだ」
「恥ずかしくねえのか?俺まだ12歳だぞ?そんな子供を龍種討伐に巻き込もうとするなんて、副団長が聞いて呆れるな」
「……耳が痛いよ。だが、それでも協力を要請したい。先程も言ったが、これは世界の均衡にも影響する問題だ。外聞なんて気にしていられない」
……まぁ、この人達も必死なんだろう。重すぎる責務に対して、最善を尽くすために。
「先に言っておくが、俺は別に龍種に勝ってないぞ?それどころか歯が立たなかった」
「それでも、戦闘した上で生還した。常人なら、いや、私でも、一人で龍種と対峙した時点で負けは確定だ。それに君も言っていただろう。少なくとも君は私より強い。中央騎士団副団長の私より、だ」
この野郎。逆手に取ってきやがった。
「俺が協力するとして、あんたらは俺に何ができる?」
「望む報酬を与えよう」
今の言い方だと、俺が望む物ならなんでもってことか。要するに、そこまで困ってるってことだ。
「……2つ、条件がある」
「っ!ウィリアム!受けるつもりか!?」
「ええ。心配はありがたいですが、俺は協力することにします」
これは俺にも利益がある話だ。龍種は俺がいつか倒さないといけない相手。それも一人で。それを考えれば、討伐隊で挑む龍種戦はいい予行演習だ。もしもピンチになれば俺だけでも逃げたらいい。死ぬまで付き合うつもりはない。
「それはありがたい。礼を言う。それで、条件とは?」
「まず、俺が参加することは公表しないでくれ。あまり目立ちたくない」
「……いいのかい?中央騎士団が協力を要請したとなれば、それだけで君につく箔は計り知れない」
「それでも、だ。そもそも、俺は別に箔なんていらない」
そんなもの、自由を拘束するだけの枷にしかならない。
「……分かった。もう一つの条件は?」
「俺が参加するのは体育祭が終わってからだ」
これ、重要。
◇◇◇◇
「良かったのか?」
あの後、アルフレッドといくつか話してから解散となった。解散、とは言っても彼が騎士達を連れて帰っただけだ。そして、俺が再び保健室のベッドで横になっていると、ニーナ先生がそう聞いてきた。
「仕方ないでしょう?ムーア区域を奪われたらやばいってのは確かですし」
「そうか……まあ、お前がそれでいいならいいが。だが、無理はするなよ?さっきまでお前の内臓はズタボロだったんだ」
防御しても、ズタボロか。やっぱりえげつねぇな龍種。
「もしピンチになったら、一人ででも逃げてきますから大丈夫です。それより、この件は先生も他言無用でお願いしますよ」
「分かってる。お前は自分の心配だけしておけ」
「……ありがとうございます」
それにしても、連続で龍種か。あんな化け物が何体もいるなんて信じたくないけど。それでもいつかは超えないといけない相手だ。それなら、このチャンスから逃げる訳にはいかない。
◇◇◇◇
「ウィル、もう大丈夫なの?」
「ああ、余裕だ」
翌日、俺は例によって競技場に訪れていた。理由はもちろん、体育祭のためだ。
「ウィル君。競技に出れるの?」
「ああ、余裕だ」
あれ、そういえば今日は何出るんだっけ……?
「ウィル?」
「ああ、余裕だ」
「ウィルっ!」
「ごふっ!?」
痛い!急に痛いんだけど!
「もう、本当に大丈夫なの?さっきから上の空になってるわよ?」
……マナ。心配してくれるのはありがたいが、確認のために顎を蹴り上げらるのは勘弁してくれ。
「大丈夫だって。ちょっと考え事をしてただけだ」
俺は顎を撫でながら答える。痛い。それにしても、ウーガがこの光景に慣れちゃってるよ。ちょっと悲しい。
「ならいいんだけど」
「そう言えば昨日、中央騎士団の人達が来てたみたいだよ。ウィル君、なんか知ってる?」
「いや、来てたことすら知らなかった。何の用なんだろうな」
我ながら、よくこんな自然に嘘をつけるな。
「それより、そろそろ次の種目が始まるんじゃないか?」
「そうだね、見に行こうか」
観客席に上がると一度、マナとウーガとは解散した。2人とも他の友達と会うらしい。なんか、悲しい。
「父上、母上、それにエルザ」
俺は一人でトボトボと家族を探し、遂に見つけた。人間族の観客席の一番前だ。
「兄様!」
「ぐっ、エ、エルザ。気持ちは嬉しいんだが、もう少し優しく飛び込んできてくれないか?」
エルザの飛びつき(ほとんど頭突き)を受け止めてから優しく降ろす。エルザももう小さくない。頭突きもなかなかに強力なのだ。
「ウィル、もう怪我は大丈夫なの?」
「ええ、母上。見ての通り、完治しました」
「良かったです!兄様!」
「ぐふっ、エ、エルザ?俺の話を聞いてた?」
エルザがさっきよりも更に激しく飛びついて(完全に頭突き)きた。もしかして、エルザは実は俺のことが嫌いだったりするのだろうか?
「兄様は……」
「うん?」
「兄様は、もう彼女が出来てしまったのですか!?」
「……は?」
彼女?エルザは急に何を言い出すんだ?
「そんなのいないぞ?」
「とぼけるつもりですか!?エルザは知っているんですよ!?あの、うさ耳の可愛らしい獣人さんと兄様が恋仲だということを!」
……マナのことか?
「待て待て、エルザ。お前は勘違いしてる。マナは確かにうさ耳の可愛らしい獣人さんだが、俺の彼女ではない。仲の良い友達だ」
「嘘です!」
「嘘じゃないって。なんなら、マナにも聞いてみたらいい」
「……本当に、違いますか?」
「ああ、違うよ」
なんでこんな誤解が生まれてるんだ?まあ、エルザがマナのことを可愛いと言ったのは嬉しかった。つまり、エルザには他種族に対する偏見がないってことだからな。
「良かったぁ。兄様、大好きですっ!!」
「ほっ!」
エルザは又も頭突き。しかし、今度は先に構えてたから耐えれた。セーフ!
「………」
それにしても、さっきから父がやけに静かだ。いつもならエルザと一緒になって飛びついてきそうなものなのに。いや、流石にそれはないわ。
「ちょっとあなた、どうしたの?」
「………」
母が呼びかけても反応しない。普段ならこんなことはあり得ない。なにか考え事でもしてるのか?
「母上、そんな時は顎を蹴り上げたらいいんですよ」
「まあ、そうなの?えいっ!」
「痛い!急に何をするんだオリヴィア!?」
「いえ、反応がなかったから」
おお、結構良い蹴りだった。あれは痛いぞ。
「……ウィル、ちょっと来なさい」
うわ、これは怒られるかな。
観客席から少し離れたところ、そこまで父と俺の2人きりで移動した。母とエルザも来たがったが、そこは父が断固拒否した。
「ウィル」
「はい」
「なにか、隠していることがあるだろう?」
「……いえ、そんなことはありませんよ?」
大丈夫、反応は堪えた。何も察せられてないはずだ。
「本当か?」
「ええ」
罪悪感を覚える。もしも父がこんなことを聞いてこなかったら、俺はただ黙っていただけだった。だが、こうなれば違う。俺は今、嘘をついている。父に聞かれたせいで、俺は嘘をつかないといけなくなった。
「そうか……。ウィリアム、無理に話せとは言わないが、これだけは言っておく。自分を見失うな。お前が何を背負っているのか分からないが、お前はお前だ。お前が正しいと思うことをすればいい」
父は俺に何を見たのだろうか?それはきっと俺に分かる日はこないのだろうが、とにかく父は俺にそう言った。