第十九話 寝起きが悪いと大抵こうなる
◇◇◇◇
目を覚ましたのは騒がしさからだった。もう少し寝たかったと、少し腹を立てながらも起き上がる。そこで、自分が保健室のベッドで寝ていたことを思い出した。
騒ぎがする方に顔を向ける。そこには屈強そうな男達となにかを言い争うニーナ先生の後ろ姿があった。なにかあったのか?
「先生……?」
俺の声にニーナ先生が振り返る。
「ウィリアム、起きたか」
「ええ、お手数おかけしまた。……それで、その人達は?」
「ああ、さっきからこいつらがお前の身柄を渡せとうるさくてな。どうやら、龍種と対峙して生還したお前の力が気になるらしい」
「そういうことだ。ウィリアム・ランベルツ君。大人しく私たちについてきてくれ。なに、悪いようにはしない」
ふむふむ、なるほど。何が起きてるかは理解した。
「へえ……一度は俺を見捨てたくせに、良い性格してんなぁ」
「それについては謝罪する。頼む、出来るならあまり手荒なことはしたくない」
手荒なこと?こいつら馬鹿なのか?
「おいおい、俺の聞き間違いか?まるで、あんたらがその気になれば俺を無力化できるって聞こえたんだけど?」
「そのつもりで言った」
「はは、笑わせんなよ三下共が。俺は今機嫌が悪いんだよ。死にたくなけりゃ、さっさと帰れ」
当たり前だろ?こいつらは俺を切り捨てたくせに、俺が生還したらこの態度だ。ふざけんな。殺すぞ。
どうせ、こいつらは中央お抱えの騎士団の奴らだろう。中央は国ではないが、自治のためにいくつかの組織が存在する。その中で最も強い組織が中央騎士団。エリートの集まりだ。
「君のご家族がいる宿も把握している。これで、意味は分かるかい?」
「………」
こいつらはよっぽど、俺を怒らせたいらしい。
「人質のつもりか?……やれるもんなら、やってみろよ。その前に、お前らは殺してやるから」
俺は殺気を隠すことなく、騎士達に歩み寄る。騎士は5人。どいつもこいつも豪華な装備で身を固めているが、俺の殺気に当てられて身動き一つ出来ないでいる。
俺は一人の騎士の首に手を添えた。
「この程度で俺を無力化できるだと?中央の騎士ってのは相当頭の出来が悪いみたいだな」
少し、手に力を込める。
「そもそもなぁ、人質を取る時点で騎士として終わってるだろうが。俺が犯罪者ならともかく、むしろお前らの被害者だぞ?それをお前、人質って」
呆れるばかりだ。更に少し、手に力を込める。
「なあ、どんな気持ちだ?お前らの半分も生きてないガキに今から殺されるんだぞ?どんな気持ちなんだ?」
俺に首を掴まれている騎士も、その背後で固まってる騎士も、皆泣き出しそうな表情を浮かべている。逃げ出したくてたまらないのだろう。だが、そんなことはさせない。俺は殺気を緩めることなく続ける。
「え?情けなくて死にたいって?安心しろ。今からお前ら5人共殺してやるから」
とりあえず、一人目いっとくか。俺は手に力を込める。窒息とか、首の骨を折るとか、そんな生温いことはしない。引き千切ってやる。
「……俺を、止めるんですか?先生」
ニーナ先生が俺の腕を掴んだ。
「こいつらは確かにクズだが、だからこそお前が手を汚す必要はない。ここまでしたらもう大丈夫だろう。だから一度、落ち着け」
「……はぁ」
俺は騎士の首を離す。殺気が解けたことによって騎士達は全員床に倒れ込んだ。
「おい、お前ら。逃げるなよ?お前らには聞きたいことがあるんだ。逃げたら、今度こそ殺す」
大丈夫だとは思うが、一応釘を刺しておいた。奴らは壊れた人形のようにカクカクと首を縦に振る。
「よく踏み留まってくれたな」
「先生のおかげですよ」
俺はそれだけ答えて、騎士の方を見た。
「おい。今からいくつか質問をするが、もしも嘘をついたら……分かってるよな?」
騎士達はまた、ただ黙って首を縦に振った。ったく、やっと大人しくなったか。イライラさせやがって。俺は寝起きが悪いんだよ。
◇◇◇◇
「ーーなるほど。つまりお前らは俺に危害を加えるつもりはなかった、と」
「あ、ああ!本当だ!上からは多少強引にでも連れて来いと言われていたから脅してしまったが、本当にそんなつもりは無かったんだ!」
………。まぁ、この状況では流石に嘘はつかないだろう。
「じゃあ、俺を連れて行きたかった目的は?」
「それは……」
「なんだ?だんまりか?」
「ちっ、違う!知らないんだ!いや、大体の予想はできるが……」
「予想、ねぇ……」
俺を連れて来いと命じられたこいつらでさえ知らされてないのか。とりあえず、確実に厄介ごとだろうな。
「で、そのお前の予想ってのは?」
「それはーー」
「少し、待ってもらいたい」
騎士がそれを話す前に、もう一人、男が保健室に入ってきた。鋭く尖った耳にサラリとした金髪、美青年の風貌のエルフだ。
「お前は……」
「ニーナ先生、知ってるんですか?」
「逆にお前は知らないのか?中央騎士団の副団長、アルフレッド・トーチだぞ?」
「今知りました」
「……そうか」
ニーナ先生は呆れたようにため息を吐くと、アルフレッド・トーチとやらを睨みつけた。
「で?お前は何の用だ?わざわざ副団長様まで出張ってくるなんて、中央はウィリアムにそこまで固執してるのかい?」
「そう思って貰って構わないよ。それより、麗しいレディにそんな言葉遣いは似合わないと思うんだが?」
「余計なお世話だ」
こいつ、あっさり認めやがったな。
「おい、あんた。なんで俺に固執する?」
「それは言えないな。君が私と共に来てくれるのなら教えられるのだが」
「悪いが信用できない。理由は……分かるよな?」
俺は未だに倒れ込んでいる騎士にチラリと視線を向けた。
「その件に関しては謝罪しよう。だが、こちらも手段を選んでいれないんだ。それぐらい、追い詰められた状況になっている。端的に言ってしまえば、君にはある案件についての協力を要請したいんだ」
「本当に協力して欲しいんなら、先にその案件について説明しろ。それが無いんなら、俺は誰が何と言おうと協力しない」
ここは譲れない。既にこいつらに対する信頼度はゼロだ。どんな機密事項でも、協力するまで隠すと言うのなら俺は協力しない。
「あまり、こんなことは言いたくなかったのだが、彼らの言葉に嘘はない。つまり……」
アルフレッド・トーチはさっきの俺と同じように、座り込んでいる騎士をチラリと見た。
「君のご家族の」
「言葉には気をつけろよ、副団長様。あんた、それなりに強いみたいだが分かってんだろ?俺はあんたより強い。つまり、あんたは俺より弱いんだ。よく考えろよ?今この場を支配してるのは誰なのかを」
こいつら、どこまで腐ってんだよ。副団長でもこれか。決めた。次らこいつらがまた同じようなことを言えば殺す。アルフレッド・トーチに関しては若干手こずるかもしれないが、それでも確実に殺せる相手だ。
「……はあ、いや、すまない。謝らせてくれ。そうだな、流石にこれは私が悪かった」
あれ、案外簡単に謝るな。
「君はムーア区域を知っているかい?」
「ああ」
ムーア区域は中央の北側にある、広大な土地だ。そこではありとあらゆる素材を手に入れることができ、『恵みの大地』とも呼ばれている。そこは一応、中央の所有物となっており、そこで採れたものを各国に流すことで中央は利益を出している。要するに、中央の財源はほとんどがムーア区域だ。割合で言うと、約9割。
ちなみにだが、そのムーア区域の向こう側には妖精族の国、キーランが存在すると言われている。ただ、これはただの噂であり、実際のところは確認されていない。これは妖精族の習性、つまり各々が自分で土地を定めてそこに住み着くということが周知の事実であることと、ムーア区域を抜ければ強力な魔物がひしめく『魔の大地』であることからだ。その『魔の大地』を抜ければキーランがあると言われているのだが、誰かがそこを抜けたという話は聞いたことがない。
「それがどうかしたのか?」
「ムーア区域は知っての通り、中央にとって欠かせない土地だ。どんな手段を使ってでも、確保し続けなければならない。そしてそれが、我ら中央騎士団の重要な任務の一つでもある」
そうだろうな。中央がムーア区域を確保できなくなれば、中央の経済は崩れる。それはつまり、世界の均衡が崩れるということだ。そう考えればこいつら中央騎士団が調子に乗るのも分からなくない。だからと言って許すわけではないが。
そして、その副団長であるこいつがこのタイミングでムーア区域の話をするということは、だ。
「で?そこでどんな問題が生じたんだ?」
「ああ。実はつい先日、そのムーア区域に龍種が現れたんだ」
……またか。