第一話 とりあえず勉強
◇◇◇◇
「おはよう、ウィル。よく眠れたかい?」
「ええ、ぐっすり眠れましたよ」
朝食を摂るために広間に行くと、そこには既に父がいた。我が家は底辺の貴族ということもあって、家族の仲がよく、家族内の権力争いもない。まあ、長男の俺が6歳で妹のエルザは5歳。権力争いが起きるはずもないか。
「っ!」
突如、俺の視界が塞がれた。後ろから手で目隠しされたのだ。
「だーれだ?」
「いや、こんなことするのは母上しかいないじゃないですか」
「あら、バレちゃった」
てへ、と可愛らしく舌を出した母が父の正面に座る。父も母も美形だからか、息子の俺から見ても凄くお似合いだ。
レクト・ランベルツ。それが父の名前だ。髪の毛は真っ白でイケメン&文武両道。燃えるような赤い髪の母はオリヴィア・ランベルツといい、美人で父と同じく文武両道。
2人とも若い頃は相当モテたようだ。物腰も柔らかく、領民からも慕われている。正直、自分のパピーとマミーがハイスペック過ぎて怖い。
「それにしても、ウィル。あなた、何か急に大人びてないかしら?」
まじかよ。バレる可能性も考えて今まで通りの仕草を意識してたのに瞬殺じゃねえか。母は強しってやつか?
「さっきエマちゃんが泣いてたわよ?ウィルが自分で着替えるようになったって」
……エマよ。そんなに悲しかったのか。
「まあまあ、いいだろオリヴィア?ウィルも異性を意識する年頃になってきたってことだ。な?」
父が俺にウインクをしてくる。これは……うざい。
「いえ、別にそういうわけではないですよ。ただ、もう俺も一人で着替えられるから大丈夫だって言っただけです」
「ええ〜。お前も正直になれよウィル〜」
父はよくちょける。母は俺とエルザのことが大好き。どちらも過保護ではあるが、それだけ俺たちは溺愛されている。これは充分幸せなことだろう。今までの俺には分からなかったが、前世を思い出した俺にはそれがよく分かる。前世での俺は家族愛というものがよく分からない人生を過ごしていた。
だからだろうか。当たり前のようにあるこの幸せな日常に少し、ほんの少し、涙を流しそうになってしまった。
◇◇◇◇
「無いわ〜。泣きそうになるとか、ほんと無いわ〜」
朝食を終えた後、自室に戻った俺はベッドに倒れ込んだ。いや、ほんとに無いわ。俺、涙腺ぶっ壊れてんのか?
とりあえず、纏めよう。
まず、前世の名前は思い出せない。俺が生まれたのは……地球の日本。かなり貧しい家庭に生まれた。親が借金ばかり背負ってたのだ。今考えれば、かなりクズな親だった。
暴力は当たり前。傷は絶えることがなかったし、ご飯だって1日2食。まあ、これはまだ良かった。1食だったら流石にキツかっただろうしな。
体裁を考えて、学校には通わせてくれた。それでも、基本的に暴力が無くなることはなかった。しかも、学校にはバレないように顔には怪我をさせなかった。夏だけはプールがあるから我慢し、冬には思いっきり殴り蹴る。父も母も、そんなに俺が憎かったのだろうか?
一応、小学校から高校まではサッカーをしていた。その時はプロになりたいと思っていた。それなりに上手かったと思うし、中三、高三の時にはそれぞれ高校と大学から推薦の話があった。でも、俺が推薦で入学したのは高校だけだ。そこで、自分の限界を感じた。
だから大学は入試を受けて国公立の大学に入学した。医学部だ。その時の夢は医者だった。でも、それも途中で諦めた。俺には敷居が高すぎたんだ。夢を叶えられる奴なんてほんの一握り。それが現実だった。
大学からは一人暮らしだった。と言うより、家から遠い大学に行った。とにかく家から離れたかったから。
自分で言うことでもないが、俺はよくモテた。顔もイケメンの部類だったし、運動もできて勉強もできる。自分で言うことでもないが。実際に何度も告白されたことがある。そして何度か交際したこともある。
だが、長続きしたことはない。長くて半年。それ以上は続かなかった。違ったんだ。何かが、決定的に違った。それが何か、今となっては思い出せないけど、交際した彼女達には俺が求める何かがなかったんだ。
友達はそれなりにいた。決して多くはないが、仲の良い友達がいた。
親に感謝することなんて一つもなかった。むしろ、憎悪の感情しか湧かなかった。だってそうだろ?親が子を育てるのは当たり前の話じゃないか。勝手に産んだんだから、それが筋ってもんだろ?なのに、その義務を放棄したんだ。感謝なんてできるわけがない。
俺は結局、普通のサラリーマンとして働いていた。夢は何一つ叶えられず、灰色の人生を歩んでいた。たった一人で、何にも満たされず。そして26歳の頃……何故か死んだ。何故かは分からない。
……ろくな人生じゃねえな。まあそこはいい。
俺が思い出せないのは死因と自分の名前、そして知り合い全員の名前だ。親の名前も、幼馴染の名前も、友達の名前も、教師の名前も、部活の先輩の名前も、部活の後輩の名前も、監督の名前も、一時期だけいた彼女の名前も、仕事の上司の名前も、誰の名前も思い出せない。
まあ、いいや。とにかく俺の人生はあまり良いものではなかった。だから今度こそ、幸せになりたい。
だからと言って、考えすぎるのはあまりよくないだろうな。ってことで、気軽に生きることにしよう。思い詰めるとどこかで失敗しそうだ。
そうだな……やっぱり人間関係は大切だろうし、『人との繋がりを大切に』を座右の銘にするか。うん。これがいい。良い友達と、出来たら良い彼女が欲しいもんだ。
さて、改めて目標は定めた。まずは友達を作るために学校とかに行きたいが、そもそもこの世界に学校なんてあるのか?
この世界には魔法が存在する。両親もそれに長けている。だったら俺にもその才能はあるはずだ。なら俺は強くなろう。今から頑張ればそこそこ強くなれるはずだ。
っと、違うな。その前にこの世界の勉強だ。環境を知らなければ、順応することも出来ない。まずは勉強して、この世界を知り尽くすんだ。
◇◇◇◇
「そういうことで爺!本を読ませてくれ」
「そういうこととはどういうことですか?」
爺はランベルツ家の車庫の司書として雇われている。とは言っても今まで俺が関わることはほとんどなく、俺から話しかけるのは初めてと言っても過言ではない。
「この世界について学びたいんだ。だから分かりやすいのを頼む」
「ふむ。何事においても、学ぶということは良い事ですが……それにしても急ですな?ウィリアム様はまだ幼い。少し早いのでは?」
「俺だって貴族の子なんだ。早く学び始めるに越したことはないだろ?」
「ほお、良い意気込みですな。何か心境の変化でも?」
「いや、そんなんじゃないよ」
「は!ではまさか……!『俺の第二の人格が!』みたいな感じですか?」
「……は?」
「それとも『もう一人の俺が……疼くっ!!』みたいな?」
まさかこのじーさん、中二病か?この世界にもそんなものがあるのか?それにしても……60歳ぐらいのじーさんがキメポーズを作りまくってるのって、結構キツいな。見てらんねえや。ほら、なんか右手が疼き始めちゃってるし。
……よく考えたら、このじーさんが言ってることってそんなに間違ってねぇな。
「それで?なにか良い本はあるのか?」
「ええ、それではこれなどはいかがですか?」
爺が渡してきたのは良質な紙が使われた分厚い本だった。どこからどう見ても分かりやすい物には見えない。パラパラと少しめくってみても印象は変わらなかった。むしろ、想像以上に何が書いてあるのか分からない。
「……爺?」
顔が引き攣るのを感じながらチラリと爺を見ると、とても良い笑顔を浮かべている。
「いいですかウィリアム様。何かを成し遂げるのに、近道など存在しません。それは学ぶことも同じです。この世界について学びたいのならば、尋常じゃない努力が必要になります。世界を知るというのは厳しいことなのです」
おお……ふざけてるのかと思ったけど、意外と深いことを言うなぁ。このじーさん、凄いじーさんなのか。
「ですが、それを渡したのはおふざけです」
「おい」
このじーさん、やっぱり駄目なじーさんだ。ニヤニヤしやがって、何なんだよ。
「それを読むのは最終目標にして、これらの本からお読みください」
そういって爺は大量の本を渡してきた。確かに、世界を知りたいというのは学ぶべき範囲が広すぎる。国も、人も、歴史も、常識も。こんなものではない。きっと、学び続けても全てを知ることはできないだろう。それでも、俺は学び続けよう。少しでも良い未来を手に入れるために。
とりあえず、俺は勉強を始めた。
あと1話投稿しますぅぅぅぅ!