第十八話 結構あっさり帰ってきた
◇◇◇◇
体育祭2日目の第一種目、障害物競走でウィルが龍種と遭遇し、一緒にどこかへ転移してしまった。ジルギード先輩からそう聞いて、私は柄にもなく取り乱してしまった。
龍種を知らない人なんていない。いくらウィルだって、勝てるはずない。それに『龍』という存在がどれだけ理不尽な強さを持っているか、私は身を以て知っている。
体育祭は一時中断された。対龍種の討伐隊が組織される。と思ったのに、龍種を討伐するには甚大な被害が出るからとそうはならなかった。ウィルを切り捨てるってことだ。ふざけるな。
「マナさん!どこに行くの?」
ウーガが私の元に来た。私はちょうど荷物を纏めているところだった。
「どこって決まってるでしょ?ウィルを探しに行くの」
そう、決まってる。私はウィルを探す。どこにいるかは分からないけど、ここでじっとなんてしていられない。
「僕も行くよ」
「足手まといはいらないわよ」
ウーガの力はかなり強い。でも動きは遅い。そんなの、私によってはただの足手まといだ。
「僕だってマナさんと同じくらいウィル君が心配なんだ!」
「………」
私は最近できた友達によく聞かれる。ウィルが好きなのか、と。ウィルは密かに女子から人気があるらしい。確かに、ウィルは優しいしかっこいいし強い。私はウィルが好きだ。
でもそれは、恋愛感情での『好き』ではない。友達として、仲間としてだ。ウィルは初めて私に話しかけてくれた。ウィルがいなかったら、私は未だに独りだったと思う。
だから、今度は私がウィルの力になりたい。それがどんな無謀でも、少しでも助けになりたい。そう、心から思う。
そして多分、ウーガも私と同じだと思う。
「……校門で待ってる」
それだけ言って、私は校門に向かった。龍種が現れたという情報と、ちょうど学外の観客が学園に入るタイミングが重なり、校門はひどく混雑していた。
「……ちっ」
イラつく自分をなんとか抑え込んで、人混みを掻き分ける。こんな時、腕が使えないのは不便だ。潰されそうになりながらも、なんとか外に出るため校門を目指す。と、その途中で真っ白な髪が視界に入った。
「ウィルっ!!?」
腕を掴んだ相手はウィルじゃなかった。でも、ウィルによく似てる。真っ白な髪に優しげな目元、そして整った顔。もしかして……
「ウィルのお父さん……ですか?」
「君は……ウィルの友達かい?」
やっぱり、私が思った通りだった。
◇◇◇◇
「……そうか、ウィルが龍種と……」
私はすぐにウィルのお父さんとお母さんに現状の説明をした。隣にいるのは妹だろうか。凄い可愛らしい。けど、今はなぜか私を睨んでいる。なにかしたかな?
「まさか……兄様の……兄様の女……!?」
……勘違いしてるみたい。後で訂正しないと。今はそれよりも先にやることがある。
「それで君はどうしようとしてたんだい?」
「ウィルを探しに行こうと思ってました。もう少ししたらもう一人来ます」
「あては?」
「……ありません。でも、じっとしてられません」
「そうか……。君は、ここに残りなさい。私がその役目を担おう」
ウィルのお父さんは真剣な眼差しで私を見た。ウィルによく似ている。でも、ここは譲れない。
「いえ、私が行きます。行かせてください」
「私が行くよりも、君が行くことによって発生するメリットは?」
「私は足が速いです。だから」
「居場所が分からないのに、足が速い必要があるかい?それに、私は君よりも速く走れる自信があるよ。君がウサギの獣人で、更にその強靱な脚を鍛えていたとしてもね」
……見抜かれた。私はまだ何も言ってないのに。多分、この人が言ってることに嘘はない。悔しいけど、この人はあのウィルの父親だ。ウィル程ではないにしても、かなりの実力者に違いない。
「少しきつい言い方をしてしまってすまない。でも、ここは私たちに任せて欲しい」
「……でも!」
「マナちゃん。これはね、私たちの役目よ。あなたはここであの子の帰りを待っててあげて。ね?」
ウィルのお母さんは凄い美人だ。優しく、諭すように私に話しかける。
「それにきっと、あなたを行かせてしまったらウィルに怒られちゃうわ。あなた、ウィルの大切な友達なんでしょう?」
そんな言い方をされると反論しづらい。それでも、ここで待ってるだけなんて……!
「いやいや、怒りはしないけどな?でも、場所も分からないのに探すなんて無謀もいいとこじゃないか。気持ちは嬉しいけど、マナはもっと冷静になってくれよ」
背後からウィルの声が聞こえた。振り返ると、疲れた顔のウィルが困ったような笑みを浮かべている。確かにウィルの言う事だって一理あるけど、
「……って、ウィル!!?」
「おう、俺だ」
「なんで!?なんでここにいるの!?」
「なんでって……寮の俺の部屋にある荷物を座標指定して転移んできたんだよ」
そういうことじゃなくて!いや、それもちょっと気になるけど!
よく見れば、ウィルの制服はボロボロになっている、外傷はないけど、恐らく治したに違いない。でも、とりあえずは無傷みたいだ。変わったことと言えばボロボロになった制服と、両手につけている黒い手袋ぐらいか。
「色々聞きたいことはあるけど、とにかく無事で良かった」
「心配かけたみたいだな。悪かった。まあ不可抗力なんだけど」
ウィルはそう言って、自分の家族の方に向いた。
「父上、母上、お久しぶりです。そして、ご心配おかけしました」
「いいさ、前に言ったろう?子が親に心配をかけるのは当たり前だって」
「あらあら、あなた。それを言ったのは私よ?まあ、そういうことよウィル。流石に今回は少し焦ったけど」
とても良い人達だ。理想通りの家族。少しだけ、羨ましい。と、人混みを掻き分けてウーガが近寄ってきた。
「あ、あれ?ウィル君?なんでここにいるの?もしかして、龍種を倒しちゃったの?」
「倒せるわけないだろ?それより、場所を変えないか?ここは人が多すぎる」
ウィルは肩をすくめてそう言った。確かに、ここじゃ落ち着かない。私たちはひとまず、ウィルの部屋に移動することにした。
◇◇◇◇
部屋に戻った俺は、一通りの説明をした。とは言っても事実は話さない。騙すようで少し申し訳なさを感じるが、それでもこの嘘は必要ねはずだ。
「……つまり、龍種は何者かに呼ばれて競技会場に現れ、ウィルと対峙。ウィルはすぐにその赤龍ごと転移して戦闘したが敗れ、死んだふりをしているウィルを放置して赤龍は飛び去っていった、と」
父が確認するように呟く。それは、俺が報告した嘘の内容だ。上手い言い訳が思いつかなかったから、死んだふりをしたことにした。死んだふりには結構自信あるし。
「大丈夫だったんですか?」
そう言って、俺の膝に座っているエルザが見上げてくる。久しぶりに見たが、可愛いなぁ。ただ、なぜかエルザはさっきから俺にべったりだ。気のせいじゃなければ、しきりにマナを睨んでいる。マナの奴、またなんかやらかしたのか?
「なんだかんだで、ウィルなら龍種も倒すかと思ったけど、無理だったか」
ははは、と父が笑う。いやいやパピー。俺割とガチで死にかけたから笑えねえよ。
今だってそうだ。俺が治せたのは外傷だけ。内臓はほとんど治せてない。内臓の傷を治すのには時間がかかるひ、家族にあまり心配をかけたくなかったからだ。手袋だけはすぐに新調したが、これからずっと使うのだからもっと良い物を手に入れたいと思ってる。とりあえずそういうことで、俺、正直今にでも倒れそう。
「ロー先生にも帰ってきたことは伝えたし、しばらくは安静にしとけって。一応、ニーナ先生のとこに行ってくるよ」
「ニーナ先生?」
「ああ、保健室の先生だよ。極端な女尊男卑主義者だけど、悪い人じゃないし腕も良い」
「ウィル、私も一緒に行く」
「いや、マナもウーガもみんなの所に戻っておいた方がいい。それこそ、お前らも心配されかねないしな。父上と母上も、今日は宿に戻ってもらって大丈夫ですよ。長旅で疲れてるでしょうし、今日はもう俺の出番はないですしね」
「兄様!私はついていきますよ!」
「エルザ。ウィルも疲れてるのよ。今日は私たちも休んでおきましょう。また、明日会えるのだし」
エルザがごねだす前に母が止めてくれたおかげでなんとかなった。ひとまずこの場は解散となり、俺は保健室へ向かう。
「どうも」
「ああ、ウィリアムか。お前、龍種と戦ったのに生きて帰ってこれるとか、人間辞めてるだろ」
「いきなり辛辣ですね。今回は本気で死にかけましたよ」
俺は力無く答えると、一番近くにあったベッドに倒れ込んだ。咳をすると口の中に血の味が広がる。手を当ててみると、べったりと血がついていた。
「おいウィリアム。私に断りなくベッドを使うとはどういう了見……だ?」
ニーナ先生は俺の姿を見て動きを止めた。
「お前……?」
「すいません。治療、お願いしていいですか?」
「……はぁ。お前も大概デタラメ野郎だと思っていたが、上には上がいるもんだな」
ニーナ先生はため息を吐いてから、俺の治療を始める。その温もりを感じつつ、俺は意識を手放した。