第十七話 手袋買わなきゃ
◇◇◇◇
龍の咆哮は真っ二つに裂けた。俺を避けるように裂けた炎を草原を抉り取っていった。えげつない。草が燃えたりするのかと思ったがそんなことはなく、地面ごと草原を吹き飛ばしてしまった。しかも、なぜか土が燃えている。土って燃えるものだっけ?振り返って見ると、俺の背後には何もない。元から、ではない。今の一撃で全て吹き飛んだのだ。
「は、ははは!」
それにしても、斬れた。ドライアドは言った。この刀に斬れないものは無いと。本当だった。なにせ、龍の咆哮を斬ったのだから。
これなら赤龍を倒せるかもしれない。だが、油断は禁物だ。龍にはまだまだ厄介な魔法があるし、そもそもの能力が俺より格上なのだから。
またも爪が迫る。さっきの数倍は速い。が、なんとか避けれる速度だ。
「ふっ!はっ!」
爪による乱撃をギリギリで躱しながら、俺は赤龍の隙を探す。どこかで反撃しなければ殺られる。見極めろ。
「っ!」
反撃することに意識を持っていきすぎたのだろうか。爪の乱撃の隙間を縫って襲いかかった尻尾への対処が遅れた。なんとかハクでのガードは間に合ったが、モロに受けてしまった。
「ごふっ!!」
真っ直ぐに飛ばされ、大きな岩山に激突する。いつの間にか草原の端まできていたみたいだ。意識が朦朧とする。
「がっ、げぁっ!」
まともに受けた。血を胃の中のものと共に口から吐き出す。呼吸が苦しい。内臓も多分ズタズタだ。たった一撃、しかもガードしたにも関わらずこのざま。やっぱり龍種やばい。
正直ちょっと待って欲しいが、赤龍が待ってくれるはずもない。
「ふーっ、ふーっ」
無理やり息を整えて立ち上がる。そういえば俺、さっきまで体育祭に参加してたんだよな?ほんと、ついてない。
またも爪が振るわれた。が、よく考えれば避ける必要ないな。
「はっ!」
迫る爪に刀を合わせた。鈍い金属音が鼓膜を叩く。一瞬の停滞のあと、俺の体は再び吹き飛ばされた。
「があっ!!」
くそ、人をぽいぽい飛ばしやがって。つか、ハク負けたじゃねえか。
……あれ?よく見たらあの赤龍の爪、傷ついてるな。ハクに傷はついてない。勢いには負けたけど、得物では勝ってるってとこか。確か龍種の爪って最強クラスの武器になるって言ってたよな。それに勝つなんて、妖精族さんまじぱねぇっす。
これなら、時間かけて爪を全部斬り落として、最後にはあいつの首も……いや、無理か。でも、追い払うぐらいならできるかもしれない。
「……人間よ。お主はなんのために戦う?」
「うおっ!?」
……そういやドラゴンって喋れるって言ってたな。忘れてた。
「あなたが襲ってきたから戦ってるんですよ」
昔、ギルから聞いたことがある。龍種は魔物に分類されてはいるが、本当は神聖な生き物だと。だから一応、俺は丁寧に受け答えをする。今更感あるけど。
「違う。今戦っている理由ではない」
「………?」
どういうことだ?
「……ふむ。意味が分からないのならばいい」
おい、心なしかガッカリしてるように見えるんだけど。なんか腹立つな。
「そんなことより、出来ることならあなたには退いてもらいたい」
「なぜだ?」
いやいや、なぜってなんだよ。
「あなたは私よりも強い。死にたくないと思うのは、生物なら当たり前のことでしょう?」
「それは違うな。我ら龍種は死を恐れない。お主らと同じにしてもらいたくない」
「……俺はあなたを殺せる算段がついたとこです。それでも、ですか?」
「我を殺せる、か。く、くはは、人間の分際でほざきおるわ!」
おいおい、なんでこのタイミングで爆笑なんだよ。確かに嘘だけど。ある程度は戦えても、俺が龍種を殺せるわけがない。
「だがな、戦う理由も自覚しておらん者の限界なぞ、たかが知れてる」
だからなんだよ、戦う理由って。お前が襲ってこなかったら俺は戦ってないっての。
「お主の行く先が気になるのは確かだがな。……そうだ。一つ、条件を出してやろう。この条件が飲めるならば、見逃してやってもいい」
「!!」
まじか!………いや、よく考えろ。恐らく、この赤龍は嘘をついていない。だから条件を飲めば助かるのだろうが、その条件が問題だ。
「呪いをかける。そうだな……18歳までしか生きられない呪いだ。解く方法はただ一つ、我を殺すこと」
……ほらな。鬼畜難易度の条件だとは思ったよ。18歳だと?あと5年とちょっとしかないじゃねえか。その間に龍種を殺せるようになるなんて到底無理だ。
「今、お主は無理だと思ったろう?だがな、そうでもない」
はぁ?
「もしもそれまでに、お主が自らの戦う理由を知ることが出来たなら、恐らく我を殺せる」
「……あなたは、死にたいのですか?」
「ふむ。確かに我ら龍種は死を恐れないとは言ったが、しかし死にたいという訳ではない。我らは常に退屈している。だから、これはほんの暇潰しだ。一人の人間の子がどこまで高みにいけるか、それを見届ける暇潰しだ」
つまり、俺の生命はこいつの暇潰しによって脅かされている、と。
「さて、どうする?今ここで我と戦うか、それとも呪いを背負い自らが戦う理由を知るか」
「………」
今、ここでこの赤龍と戦えば、俺はほぼ確実に死ぬ。だが、ここで呪いを背負っても、その自らが戦う理由とやらを見つけられる根拠もないし、見つけたとしてもその後こいつを探し出せるかも分からない。つまり、死ぬのが後回しになるだけだ。
この二択は、きっとあまり変わらない。ならば、少しでも可能性のあるほうを選ぶ。
「……呪いを」
「それでいい。お主はそうやって生にしがみつき、今の自分が生きる理由を知るべきだ」
……こいつは俺のなにを知ってるんだ?
「手を出して我の爪に重ねろ」
また焼けたりしないだろうな。まあ素直に左手……は灼け爛れてるから、右手を差し出す。それに赤龍は爪で触れた。ほんのり温い。
「お主、名は?」
「ウィリアム・ランベルツ」
「ふむ。我が名はディール。人間の子、ウィリアム・ランベルツとの間に契約を結ばん」
龍種の呪いとは、つまり契約。ある条件を満たせば呪いは解かれ、満たせなければ呪いは発動される。呪いは俺のように期限性のものもあれば、持続性のものもある。どんな内容であれ、一度結べば龍種でさえ解除できない絶対遵守の契約。
「うっ!」
一瞬、鋭い痛みが右手に走る。見ると、右手に赤光る、禍々しい紋様が浮き出ていた。
「それは少しずつ、お主の身体に広がっていく。そして身体の全てを覆った時、それがお主の最期だ」
つまりこれはカウントダウンってことか。つか、こんな形でカウントダウンを教えてくれなくてもいいじゃん。これじゃあ隠さないといけない。
「さらばだ、ウィリアム・ランベルツ。お主が戦う理由を見つけ出し、再び我の前に姿を現わす日を楽しみにしているぞ」
ディールは大きな翼を広げた。
「待って!」
「なんだ?まだなにかあるのか?」
「最後に。あなたはなぜ、あんな場所にいたのですか?龍種は滅多に人前には出てこないと聞いていたのですが」
「人前に出ないというのはただの噂だ。そんなことはない。が、確かに我があそこにいたのは偶々ではない。呼ばれたからだ」
「呼ばれた……?いったい、誰に?」
「そこまで教えてやるつもりはない。ではな、ウィリアム・ランベルツ」
そう言って、ディールは飛び去っていった。最後に謎を残して。でも、
「……生き残った」
奇跡としか思えない。あの龍種を前にして生き残れるなんて。冷静になった今なら分かる。ディールは俺の力を見てたんだ。だから全然本気じゃなかった。本気じゃなかったのに、俺は軽くあしらわれた。格が違う。生物としての。
それでも俺は、いつかディールを殺さなくてはならない。じゃないと、俺が死ぬ。それだけはごめんだ。
やるべきことはたくさんある。まずは学園まで帰らないといけないし、ディールとどうなったかも根掘り葉掘り聞かれるだろう。呪いのことは黙っていよう。ディールが言っていた、戦う理由とやらも見つけないといけないし、そもそもディールを殺せるぐらい強くならないといけない。まあとりあえず、
「手袋買わなきゃ」
俺は右手の紋様を見ながら呟いた。これ、隠さないと目立つだろうなぁ。
ああ、そういえば、今日は家族が学園に来る日だった。
急に寒くなってきましたね。
皆さん、そろそろ手袋を用意しておきましょう。