第十六話 初めてのドラゴン
◇◇◇◇
「まずいまずいまずいまずい!ウィリアム!逃げるぞ!」
魔物の群れの奥、そこに龍はいた。真っ赤な鱗を持つ赤龍だ。ギラリと、その凶悪な目をこちらに向ける。
「……先輩。この競技って多分、観られてますよね?」
「ああ!それがどうした!?」
「その魔法、阻害できますか?」
「できるが……っ、ウィリアム!お前まさか!」
「そうでもしなきゃ逃げれません。先輩は魔法を阻害次第、すぐに離脱を」
「お前……!」
「早く!」
ここはやるしかない。龍種はその全てがエルドラドと同レベルと言っても過言ではない。実際、かつてエルドラドが辺り一帯を巻き込んで黒龍を殺した際も、エルドラドは傷つけられている。その程度、と思うかもしれない。だが、俺なら分かる。あの男に傷をつけれる存在は、既に生物としての限界を超えていると。
「ウィリアム!阻害したぞ!」
「感謝します!戦闘に入りますので、先輩はすぐに……!」
撤退を、と言おうとした。が、その前に赤龍が口を開くのを見た。
龍種には共通して使う魔法がある。分類的には古代魔法なのだが、それはさておき、全ての龍種が使うことができる魔法がいくつかある。まあ今は関係ないのだが。
龍種にはもう一つ、ある技がある。いや、技と言うべきなのか、それともやはり魔法と言うべきなのか。魔力は使わないから魔法とは言うべきではないのだろうが、しかし何も知らなければ魔法と思ってしまうだろう。
龍種には一定の予備動作がある。もしも、龍種が大きく息を吸い込んだ場合、次にくるのは『龍の咆哮』だ。轟音と共に灼熱の炎を吐き出す、龍種を代表する魔法。シンプルだが威力は凄まじく、最上位の黒龍ともなればその破壊力は放射線の出ない原子爆弾と例えることができるだろう。
そして龍種が息を吸い込まずに口を開いた場合、高確率で龍は『叫ぶ』。ただ威嚇するだけ。しかし、それを聞いた生物はしばらくの間、体が硬直する。それは圧倒的強者の威嚇によって、生物的本能が体の機能を全て停止してしまうからだ。場合によっては心停止することさえある。
そして、目の前の赤龍は予備動作なしで口を開いた。俺はすぐに聴覚を遮断する。
「先輩っ!!すぐに耳を塞いで!!!」
「ん?」
くそ!間に合わない!
そして、龍が『叫んだ』。叫ぶと同時に猛烈な暴風が俺を襲う。
「う……あ……」
ジルギード先輩は体を硬直させてしまった。呼吸はしてるがしばらくは動けないだろう。龍種の叫びは魔法ではないため、その影響を受けてしまった者の状態を解消することはできない。
俺はすぐにジルギード先輩に防護魔法をかける。どれぐらい役に立つか分からないが、無いよりかはマシだろう。
「……さて」
まずは先輩を巻き込まないよう、場所を移動させなければならない。足止め、とか言ってたら殺されるだろうな。学園が龍種に気付いても、援軍が来るのはあまり期待できない。龍種を倒すとなれば最低でも国レベルで挑まなければならない。それぐらいなら、多分俺たちを切り捨てるだろう。
今の俺では龍種には勝てない。恐らく追い払うことさえもできない。
「……あれ?これ詰んでね?」
嘘だろ?俺、こんなとこで終わるのか?
後ろを振り返る。そこには未だ硬直状態のジルギード先輩がいた。あの人を囮にすればあるいは……。
「馬鹿か俺は」
そんなことして、本当にいいわけがない。そんなことして、この先幸せに生きていけるわけがない。
やるしかない。そう、結論を出した。
◇◇◇◇
まずは足元に大きな魔法陣を展開する。それは俺と赤龍を包み、遠くの地に転移した。転移先はだだっ広い草原だった。どこに位置する場所かは分からない。
出来ることなら赤龍だけを転移させたかった。が、転移魔法にも限界がある。元から魔法陣を描いていたならなんとかなったかもしれないが、即席の転移だと自分ごとでなければ龍種のような化け物レベルの相手を運ぶことはできない。
龍種と戦ったことはないが、エルドラドから戦い方は聞いたことがある。まずは目を潰す。龍種は再生力も高いが、目だけは再生まで時間がかかるからだ。
「ってことで!目ぇ寄越せぇぇ!!」
まずは赤龍の目に向かって、足裏から飛び蹴りを放つ。が、赤龍の頭突きで跳ね返されてしまった。軽く頭を振っただけで草原の草は千切れんばかりに揺れ、俺は軽々と吹き飛ばされてしまった。
俺は空中で体勢を戻して着地すると同時に、脚に力を込めてもう一度接近する。直進して赤龍の眼前で転移、赤龍の背後に回り込む。目だけを狙うのがきついなら、先に違うとこから削ってやる。
「づっ!」
こいつ、反応しやがった。いつの間にか顔の横まで迫っていた爪を、体ごと捻ることでなんとか避けた。頰が軽く裂けている。
ここで退いたらむしろやばい。俺は赤龍の背中に飛び乗り、左手で鱗を掴んだ。背後にしがみつけば、そう簡単に攻撃できないはず……!
「あ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
熱い熱い熱い熱い!!左手が焼けてる!!
「ぎっ、ぐぁぁっ!!」
赤龍が赤い理由が分かった。こいつの鱗は熱いんだ。龍の頑丈な鱗が赤熱化するレベルで。
俺はなんとか左手を鱗から引き剥がし、即座に魔法で水を創り出し、左手にぶっかける。左手の皮膚が熱で鱗に持っていかれた。激痛だ。が、治療する暇はない。若干涙目になった視界で前を見る。
「っ!」
追撃に尻尾が迫る。それを紙一重で避けて咄嗟に背後に下がると、赤龍は目の前からいなくなっていた。
「……逃げた、のか?」
そんな訳がない。が、一瞬気を抜いてしまった。それがまずかった。
「ーーーーー!!!」
「なっ!?」
暴風を伴った叫び声が聞こえた。すぐ近く、俺の真後ろから。赤龍は俺の認識をすり抜ける速度で背後に回り込み、俺の探知魔法が働かないレベルで気配を殺していたのだ。ほんと、龍ってもっと鈍いイメージあったんだけどな。
「………はは」
体が動かない。龍の叫びをもろに聞いてしまった。
赤龍はまるで俺の恐怖を煽るかのようにゆっくり近づいて来る。くそが。さっさときやがれ。
俺にはまだ策がある。ジルギード先輩にも使った『水刃』。あれの斬れ味を極限まであげて撃ち込んでやる。体が動かなくてもそれぐらいならできる。あいつの鱗が熱いなら、もしかしたら水が弱点の可能性があるしな。
……きた。
「水刃!」
口が普通に動いたことに驚いたが、とにかく最大威力の水刃を撃ち出せた。少しぐらい、傷をつけれたら……。
「……冗談キツイぜ」
水刃は赤龍に届かなかった。届く前に蒸発したからだ。理由は明白。赤龍が大きく息を吸い始めたからだ。それと同時に周囲の気温が急激に上昇し始める。
龍の咆哮。こいつは、赤龍は俺を跡形も無く消し去るつもりだ。
終わった。この世界で出会った人達の顔が思い浮かぶ。ああ、これが走馬灯か。
両親にエルザ、屋敷の使用人達にギル、ランベルツ領の領民にエルドラドまでも。そしてドライアドに……ドライアド?
あ、あれの存在忘れてた。一か八か、やってみるか。
もう体が動く。思っていたより早いが、今はどうでもいい。俺は収納魔法でしまっていた刀、ハクを取り出す。ドライアドからもらった、真っ白に輝く刀だ。
赤龍は口を大きく開け、俺に灼熱の炎を撃ち込んできた。ったく、この鬼畜ドラゴンめ。
「らぁぁぁぁ!!!」
俺はそれに向かってハクを振り下ろす。視界の全てが炎に覆われた。
昨日iPhoneをアップデートしました
めちゃくちゃ使いづらくなりました