第十五話 思ってたのと違った
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裏切られた。俺は裏切られた。なんで、こうなった。俺はただ、本物のーーが欲しかっただけなのに。
走る。
涙は流れない。そんな物、とっくに枯れている。もう何年も流していない。その事を今だけは恨む。せめて、涙を流すことができたら少しでも悲しみを和らげられるかもしれないのに。
俺はどこで間違った。俺はどうすればよかった。分からない。もう、分かっても意味がない。でも、きっと俺は間違ってなかった。そう信じたい。
走る。
なら、なにが悪い。それはきっと世界だ。そうだ。考えるまでもなかった。それは今に始まったことじゃないじゃないか。
あの世界もこの世界も、いつだって俺には厳しい。そんなに悪いことをしたか?そんなに嫌われなければいけないのか?
走る。
もう、何かを恨む気力も残ってない。そもそも、俺は自分の幸福なんて諦めていたはずだ。そうか。結局俺が間違ってたのか。俺が望んでしまったから、ーーを望んでしまったから、こんな事になったんだ。
見慣れた剣が、俺の腹から飛び出した。背中から腹まで貫通している。俺の命が、ドバドバと流れ出した。
もう、走れない。
◇◇◇◇
「……嫌な夢見たな」
体育祭2日目の朝、俺は最悪の気分で目を覚ます。嫌な夢で、変な夢を見た。まるで本当にあったことを追体験するような、妙にリアルな夢。何かを得ようとする誰かが、その誰かの仲間に殺される夢。
「……忘れよう」
のっそりと体を起こし、ベッドから降りる。今日も体育祭だ。
昨日の棒倒しの後は順調だった。パン食い競争を始めとして、昨日の残りの競技は狙い通り2位を獲得したし、1日目終了時には俺の話題も収まりつつあった。なんとか軌道修正はできたみたいだ。
競技場へ向かう。今日はあまり俺の出番はない。が、今日は俺の家族が来る。俺の姿を見るためにわざわざ中央に来てくれるのだ。まだ数ヶ月しか経ってないのに、ありがたいことだ。
「よっ、マナ」
「あ、おはよ」
マナの周りには何人か生徒がいる。彼女にも俺以外の友達ができたのだ。微笑ましいことだが、よく考えれば俺には他に友達と言える友達がいない気がする。微笑んでいる場合ではない。
「今日はウィルの家族が来るんだよね?」
「ああ。遠いのにわざわざ来てくれるんだ。マナの家族は?」
「私の家族は来ないわよ。多分、学内トーナメントの時は来るんじゃないかな?」
マナの家族も獣人の国、テルキアの中でも遠い地に住んでいるらしい。当然ここに来るには時間がかかるし、まだ幼い弟と妹がいるから無理しないようマナが言ったとのことだった。
「ウィルは今日の種目は一個だけ?」
「俺よりマナの方が把握してるだろ?」
「まあね。ウィルは今日一個だけだよ」
今日は障害物競争だけだ。それも一番最初に終わるため、基本は暇。まあ、適当に屋台回りながら観戦でもするとしよう。
「ウーガはどこにいるか分かるか?」
「確か、花壇を見に行くって言ってた」
「分かった。障害物競争が終わったら俺も行ってみるよ」
「頑張ってね」
マナに手を振りながら競技場へ歩く。背後でマナの周りにいた生徒がキャーキャー言ってるが無視だ。とりあえず、障害物競争。
競技場に入ると、そこには100人を超える生徒が既に集まっていた。この時間にここにいるってことは全員障害物競争なのだろうが、こんな大勢でやるのか?
「えー、皆様!お待たせしました!体育祭2日目、最初の競技は障害物競争です!」
拡声器に似た魔道具で大きくなった声が学園の敷地内に響く。朝っぱらから元気だな。頭が痛い。
「障害物競争はここにいる皆様全員に、同時に始めてもらいます!」
いやいや、物理的に無理だろ。流石に競技場を過信しすぎだ。
「では、会場へ転移します!」
……は?
刹那、視界が切り替わった。
◇◇◇◇
まじかよ。体育祭に転移魔法なんて使うのか。転移魔法ってのはそんなお手軽なもんじゃねえぞ?
「会場は学園が用意した特設ステージで行います!選手の皆様、死なない程度に頑張ってください!」
死なない程度に、ねぇ。確かにその表現が適切だろうな。このコースなら。
「マグマって、えげつねえな」
目の前には一面マグマが広がっていた。俺の足元には小さな岩場。似たような岩場がそこらに散りばめられている。これを足場に乗り越えろってことかな。これ、俺が知ってる障害物競争じゃねえわ。
「さて、どうするか」
既に何人かは脱落している。マグマに落ちる直前に魔法の膜で覆われ、来た時と同じように転移で学園へ帰っているみたいだ。
「とりあえず」
さっきから俺に向かって撃ち込まれる魔法の弾幕が鬱陶しい。俺に届く前に霧散してるから実害は無いが、目障りだ。
多分、俺の活躍が目障りだと思ってる連中の仕業だろうな。無視でいいや。
「ほっ、ほっ、とっ」
足場は意外とぐらつく。が、問題はない。マグマ地帯を超えるのにそう時間はかからなかった。余裕だ。
「次は……と」
魔物がいた。それも大量の。
「これ、ありなの?」
低級の魔物だけならまだしも、上級に分類される魔物までいる。鬼畜か。
この競技は恐らく学園側の魔法で観客に見せているはずだ。体育祭の種目だし。なら、ここで魔物共を潰し回る訳にもいかない。……ここらで脱落しとくか。
「よお、ウィリアム。困ってるなら力貸そうか?」
「……ジルギード、先輩?」
背後から俺に声を掛けたのはジルギード先輩だった。彼は魔物を蹴散らしながら俺に近寄ってくる。
「いえ、別に大丈夫ですよ」
「遠慮すんなって。お前、理由は知らないが目立ちたくないんだろ?」
……なんで知ってる?
「そんな怖い顔すんなって。ちょっと考えれば分かる。棒倒しではあんな強かったお前が、その後の種目で異様なほどに大人しくしてたんだ。なら、お前は目立つことを避けてるって推測できる。だろ?」
そういや、ジルギード先輩は俺を一番近くで見てたからな。見てたって言うより戦ってたからな。流石に誤魔化せなかったか。
「安心しろ。誰にもバラしたりしねえよ。それに、俺はお前に感謝してるんだ。新しい目標が出来たからな」
目標、と言うのは俺のことか。でもそれなら、
「この学園には先輩より強い人はいないんですか?」
「いるぞ?でも、全員が強さを誇示する奴らでな。目標にするような奴はいなかった」
「じゃあ、俺は目標にするのに相応しいと?」
「ああ、そういうこった。まあとりあえず、ここは俺が力を貸してやる。お前は本気を出さないんだろ?なら俺のサポートをしてくれたらいい」
……意外と良い人みたいだ。あとでちゃんとお礼を言わないとな。あと、謝罪も。
そこからは順調だった。ジルギード先輩はやはり強く、俺はサポートすることもなくついて行くだけだった。完全に寄生プレイヤーだ。それも長くは続かなかったが。
障害物競争。前世では可愛らしい障害を乗り越えるだけの種目であるそれに、この世界で最強生物とされる龍種が現れたのだ。