第十四話 やっちゃったよ
◇◇◇◇
競技場にはジルギードコールが響いている。完全に俺は悪役だ。ちょっと泣いちゃいそう。あと、この理不尽さにイライラしてきた。
「いくぞ、ウィリアム・ランベルツ!」
ジルギードは歓声を受けてテンションが上がったのだろうか。さっきよりも興奮した様子だ。炎の渦が俺を囲み出した。おいこれ、完全に殺す気だろ。
「審判!これ止めねえの!?」
「………」
おい!無視すんじゃねえ!あのクソ審判!あとでぶっ潰してやる!
「どうしたウィリアム・ランベルツ!流石にどうしようもねえか!?降参したら助けてやらねえこともねえぞ!?」
はぁ?
「うっせえ!この程度で調子乗ってんじゃねえぞボケクラァ!!」
俺は地面を思いっきり踏みつけた。その衝撃で炎は吹き飛ぶ。もう許さん。怒ったぞ、俺は。
「ぶっ!?」
ジルギードの顔面に足裏をめり込ませる。あ?もう終わりか?簡単に倒れやがって。
「うぉらぁぁぁぁぁぁ!!」
走る走る。一瞬で相手の陣地内まで侵入して、親指で中指を抑えた。デコピンの構えだ。
「死ねクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
デコピン。その名は本来、人体の額、つまりデコに指をピンと当てることを由来としている。いや、知らんけど。
とにかく、俺のデコピンはただのデコピンに留まらない。少し強くデコピンを撃ってやれば、ソニックブームを発生させるほどの衝撃波を撃ち出すことができる。
だが、本気では撃たない。と言うより撃てない。エルドラド曰く、
『今のテメエは実力に体の成長が追いついてねェ。成長しきる前に全力を出せばテメエの体はぶっ壊れるから、気をつけるこったなァ』
とのことだ。だから俺は本気は出さない。壊れるとか怖いもん。
まぁとにかく、俺のデコピン衝撃波は敵味方関係なく悲鳴を上げさせ、審判を巻き込みつつ棒と共に競技場の端まで吹き飛ばした。
◇◇◇◇
「死にたいのか?」
「……すいません」
保健室で正座させられながらニーナ先生の説教。怒られるのも当たり前だ。俺は棒倒しで総勢20人以上をベッド送りにしたのだから。だが結果は俺たちの勝ち。魔法はありだし責任自体は止めなかった審判にあるからな。まぁ、俺のデコピンは魔法でもなんでもないけど。
「お前、なにをしたんだ?」
「ただのデコピンです」
「次ふざけたら殺す」
「いやいや!ほんとにただのデコピンですって!」
正直、反省してる。ちょっとやり過ぎた。でも俺、結構火がつきやすいんだよ。すぐ白熱しちゃうんだよな。
「……お前、そこまでデタラメ人間だったのか」
ニーナ先生が呆れたようにため息を吐いた。ほんと、仕事を増やしてしまって申し訳ない。
「それでどうするんだ?これでお前の実力はバレたんじゃないか?」
「ああ、それは大丈夫ですよ。デコピンするタイミングで周りからの認識を狂わせましたから。先生も俺がなにしたか分かってなかったでしょう?」
「確かに、見てたはずなのに何したのか分からなかったな……。お前、化け物じゃねえか」
「いや、ほんとすいませんでした」
謝るしかない。
「それでもお前が目立ったのは確かだな。なんせ、あのジルギードを倒したんだから」
「あの人有名なんですか?」
「Aクラスの生徒はだいたい有名だ。特に、ジルギードはその中でもより人気があった。既に5年生のAクラスに匹敵する実力を持っていたからな。それに、イケメンだし。そのジルギードを倒した1年のお前は、一体何者だってなるだろうなぁ。くく、面白いことになりそうだ」
……ニーナ先生よ、生徒の不幸を楽しむのは先生としてどうなんだ?
「で?これからどうするんだ?」
「……これからは大人しくしますよ」
元々はそのつもりだった。波風立たないよう、静かな学園生活を送る。簡単だ。多分。
「とりあえず、ジルギードさんに謝らないと」
「負けた相手に謝られるってかなりの屈辱だと思わないのか?しかも年下だぞ?」
「いやいや、そのことに関しては謝りませんし悪いとも思ってませんよ。俺が言ってるのは態度の話です。俺、普通にボケとか言っちゃいましたし」
さっきはほとんど勢いだけだったからな。
「お前、バランスがおかしくないか?言葉遣いには気をつけようとするのに、傷つけることに関してはなんとも思わないなんて」
「………」
言われてみれば、その通りかもしれない。俺は昔、とは言ってもこっちの世界での話だが、エルドラドに攫われる前まで自分は誰かを傷つけることができるのか分からなかった。だが、実際は何の抵抗もなく傷つけられる。最初からだ。初めて魔物を相手にした時も、初めて山賊を捕縛した時も、俺は躊躇せず力を振るった。
もちろん、何もしていない相手に攻撃するのは抵抗を感じるだろうが、理由がある相手ならば当然だと思ってしまう。
「まあ、そこまでおかしな事でもないけどな」
ニーナ先生はそう言って怪我人の手当てに戻っていったが、俺にはどうも引っかかる。
俺は普通ではない。前世の記憶があるのだから。だから、俺の元からの性格というのは前世での性格に起因するはずだ。俺は前世でもこんな奴だったか?そんなに荒れていたか?答えは否だ。前世の俺は暴力を心底嫌っていた。両親からしょっちゅう暴行を受けていたからな。
ならば血か?この世界での両親、レクト・ランベルツとオリヴィア・ランベルツからの遺伝か?いや、それも違うはずだ。あの2人がそんな人間には見えない。
でも、ならなんだ?なんで俺はこうなった?
「ウィル?」
「……マナか」
いつの間にか、隣にマナが座っていた。俺の顔を覗き込んでるのにも気がつかなかった。いかんいかん。
「どうかしたか?」
「ううん。なんか、ウィルがボーっとしてるの珍しいと思っただけ」
「そうか?俺は基本、いつもボーってしてるぞ?」
「……やっちゃったね」
「……やっちゃったよ」
あれだけマナに言ったのに、当の本人である俺が最初の出場種目で暴れてしまった。全く、情けなすぎて反吐が出る。
「そんなことないよ。重要なとこは隠し通してたし、格好良かったし」
「そう?格好良かった?ならいっか」
いや、やっぱ良くねえわ。なんなら全生徒に洗脳魔法使ったらいいのかもしれないけど、そうすれば学外の観客にも使わなければならない。流石にその規模では無理だし、そもそも洗脳魔法はそこまで得意ではないから効かない奴もいると思う。
「ウーガも頑張ってたけど、ウィルが全部持っていっちゃった。クラス内ではウィルの話で盛り上がってるみたい」
「うっ」
マナは俺を慰めたいのか虐めたいのかどっちなんだ?
「……やっちゃったね」
「……やっちゃったよ」
とりあえず、心を落ち着けるためにマナの耳を撫でた。顎を蹴り上げられた。