第十一話 ギャップ萌え作戦
◇◇◇◇
「ウィリアム君……でいいんだよね?」
俺が中央に来て1週間が経った頃、俺は1人の男に呼び出された。魔人族の男だ。低めに見積もっても体格は俺の2倍はあり、腕も俺の2倍ある。見た目で人を判断するのは良くないと分かってはいるが、顔も凶悪そのもので正直怖い。俺、校舎裏とかでボコられんのかな。
ウーガ・ゴライアス。それがこの男の名前だ。何故知ってるのかというと、この男が俺と同じクラスだから。
ウーガは休み時間になるといつもどこかへ行く。そして全身を泥まみれにして帰ってくるのだ。その姿を見てクラスメイトは『ウーガは休み時間、いつも誰かと喧嘩しているのではないか説』を提唱し始めた。この噂の支持率は驚異の9割以上。クラス発足1週間でこんな結果が出たのは本人に少し申し訳ないが、しかし俺もその噂の支持者である以上、申し訳ないと思うのはただの偽善だろう。
……本当に校舎裏来ちゃったよ。
「ここなんだけど」
なんだ?やるか?やるのか?
「これ、見て欲しいんだ」
そう言ってウーガが指差したのは、校舎裏にポツンとある縦1メートル、横3メートル程度の花壇だった。なんだ?まさか
『これはテメエを埋めるための花壇だァ!ヒャッハー!』
みたいな展開じゃないだろうな。まじ勘弁。
「ここの花を育てたいから、手伝って欲しいんだ」
……『ここの花を育てたいから、肥料になってくれ』?
「ほら、僕は見ての通りの図体だからさ、細かい作業が苦手で」
あ、ああ、『ここの花を育てたいから、手伝ってくれ』か。
俺が1人で馬鹿なことを考えていると、突然花壇が破裂した。正確に言い直すならば花壇の土が破裂した。そしてより正確に言い直すならば、ウーガが花壇に触れた瞬間に土が破裂した。飛び跳ねた土が俺の顔に張り付く。
「……なにを?」
「僕はただ、苗を植えようとしただけなんだけどね……」
「いや、それは力強すぎないか?加減できないの?」
「僕、昔から力加減が苦手でさ。そんなつもりがなくても何かを破壊してしまったり、誰かを傷つけてしまったりで」
ふむふむ。
「花は好きなんだ。綺麗で、見ていて癒される。それに僕から逃げたりしないし。だから自分で育てたいんだけど、どうにも上手くいかなくて」
それで俺に頼んだってことか。
「でも、それならなんで俺なんだ?」
「君はきっと、良い人だから。それに、他種族とも関わりたいって言ってたから、魔人族の僕でも大丈夫かなって」
なるほど。
魔人族は敬遠されている。歯に衣を着せない言い方をすれば、全体的に嫌われている。恐れられているのだ。その上ウーガは自分の力を制御できない。
「嫌だったら、全然断ってくれていいんだ」
断る?馬鹿な。
「いや、いいぞ手伝ってやる。その代わり、条件がある」
「じょ、条件?富も名声もあげれないよ?」
いらねえよ。
「そのギャップを活かして、ウーガ人気作戦をたてよう」
俺はニヤリと笑った。
作戦内容は簡単だ。まず、ウーガと俺で綺麗な花を育てる。そしてその花をウーガが育てたと周りにアピールするのだ。前述した通り、ウーガは恐れられている。しかしそのウーガが一生懸命花を育てていたらどうだろう?『ヤンキーが雨の日に犬を拾ってるとなんか良い奴に見える』作戦だ。実際、ウーガは良い奴だ。ちょっと力加減が下手くそなだけだ。
「そんな事で上手くいくのかな?」
「案外、簡単なもんだよ。それにまだ学園生活は始まったばかり。周りからのイメージが完全に定着してる訳じゃない。むしろ今しかチャンスはないって考えた方がいい」
「……分かった。頑張ってみるよ」
この日から、俺はウーガと共に花を育て始めた。休み時間になると毎回だ。泥まみれになって帰ってくる俺たちを見て、クラスメイト達が俺とウーガが喧嘩仲間だと噂するようになるまで、そう時間はかからなかった。
◇◇◇◇
「ねえ、最近なにしてるの?」
ある日、マナが俺に聞いてきた。
「もしかして、ウーガをボコってるの?」
「……なぁ、それ本気で言ってる?」
「もう、冗談よ」
良かった。本気でそう思われてたら首吊ってたかも。
「でも、最近私に構ってくれないじゃない?ちょっと寂しいのよ。ほら、私寂しいと死んじゃうから」
マナが頰を膨らませる。可愛いなぁ。
「それは悪かったって」
とりあえず、ウーガとの計画をマナにも明かした。マナは最初は胡散臭げな表情をしていたが、話を聞くにつれて納得顔に変わっていった。
「それ、いいじゃない。私も手伝うわ」
「いいのか?」
「いいわよ。それに、独りで教室にいるのも寂しいもの」
そんな訳でウーガにマナを紹介したのだが、
「ヒッ!!」
と、マナを見るなりウーガは怯えてしまった。その怯えてる姿に俺が怯えたいのだが、それはまあいいとしよう。
「おい、ウーガ。せっかく俺たちを手伝ってくれるってのに、その態度は無いんじゃないか?」
「だ、だって……マナさんは入学初日に1人で3年生2人をボコボコにしたんだよ!?」
スッとマナを見ると、マナもスッと視線を逸らした。俺はじっとマナを見続ける。マナは冷や汗をかきながら視線を逸らし続けた。
「マナ、説明を」
「……だって、あいつらがナンパしてきたから」
「ナンパしてきたからって普通ボコるか?流石に相手が可哀想だろ。ボコるのはカツアゲされたときにしろよ」
でも、そうか。納得した。クラスでマナが避けられている理由。ウーガと同じで恐れられているんだ。
「大丈夫だウーガ。マナは良い奴だよ。ちょっとキレやすいけど」
「……ウィル君がそう言うなら、信じるけど」
「なによ、不服そうね」
「ヒィッ!すいません!」
……これは先が長そうだな。
しかしこの後、2人が結ばれることになるとは。この時の俺には想像することすらできなかった。
「なに変なナレーション入れてんのよ」
「ヒィッ!すいません!」
バレた!?
ウィル君がふざけただけなので、恐らくこの2人が結ばれることはありません。今のところは。