第十話 ウサギは寂しいと死ぬ
◇◇◇◇
「あ〜あはは、やあ、こんにちは」
「……もう夜だけど」
え、そうなの?
「どうでした先生?」
「お前の言った通り、いや、それ以上だった」
なんだなんだ?ウサミミ少女と先生は何を話してるんだ?
「ねえ、あなた。ウィリアムだっけ?」
「ああ。君は?」
「……私はマナ・ブラント」
ウサミミ少女はマナという名前らしい。良い名前だ。
「ウィリアム、あなた」
「ウィルでいいよ」
「………」
おおう。話を遮ったらまた睨まれた。怖い怖い。
「ウィリアム、あなたわざと私の蹴りを受けたでしょ」
「……いや?」
その通りです。
当たり前だろ?俺はエルドラドの元で修行してたんだぞ?途中から普通の攻撃なら辛うじてだが避けれるようにまでなったんだ。そんな俺が12歳の少女の蹴りを受ける訳がない。
ただ、マナの蹴りは年齢の割には早かった。異常なほどに。やはりウサギの獣人だからなのか、めちゃくちゃ早かった。だから受けることにした。まだ今は目立ちたくないし。
「ふっ!」
マナは何も言わず、またも俺に蹴りを放ってきた。昼受けたやつよりも早い。この子凄いな。
「……やっぱり」
マナは複雑な表情を浮かべる。それもそうだろう。恐らく彼女の本気の蹴りを、得体の知れない男が片手で受け止めたのだから。得体の知れない男、つまり俺。
彼女は真実を求めていた。なら、変に誤魔化すのも悪いだろう。別にそんな義理はないが、彼女とは友達になりたいのだ。少しの情報開示は必要と判断した。
「もう一度聞く。お前、何者だ?マナの蹴りを片手で受け止めるなんて、私でも出来ないぞ?」
「ウィリアム・ランベルツです」
「次、そう答えたら殺す」
「……へえ、殺せるんですか?この俺を?」
少し凄んでみた。やはり、ニーナ先生は何も言い返せない。当たり前だ。つい先程格の違いを見せつけたのだから。
「私からお願いするわ。あなた、その、私と友達になりたいんでしょ?なら、何者なのか教えてくれない?」
う、そう言われると断りづらい。マナもちょっと恥ずかしいのか、若干頰を染めている。
「……誰にも言わないって、約束するか?」
「ああ、約束しよう」
「そもそも、言う相手がいないわ」
うう、その答えは寂しすぎるよマナ。
「……はあ、分かったよ。って言っても、本当に何者でもないぞ?シーシェルのランベルツ領の領主の息子で、4年前にエルドラドに攫われただけだ。んで4年間、エルドラドの元で修行してた」
「……エルドラド?エルドラドって、あのエルドラドか?」
「どのエルドラドか分かりませんが、世界最強の男を指しているならそのエルドラドです」
ニーナ先生とマナは息を飲んだ。まあ、何を考えているかはだいたい分かる。
「エルドラド・ジニーウォークスの弟子が生きているということは、まさかお前は現在の世界最強なのか?」
やっぱりな。
「違いますよ」
とりあえず誤解を解く。エルドラドの修行は確かに厳しいし、気を抜いたらぽっくり逝ってしまうが、なんとかならない訳でもない。そして、最後に挑まなければ殺されることもない。実際、俺のような弟子は何人もいるらしい。そう説明した。
「……確かに、エルドラド・ジニーウォークスの弟子ならばそのデタラメな強さも理解できる」
「いやいや、エルドラドなんてこれ以上ですよ?理不尽の権化。力そのもの。そんな感じの化け物です。ほんと、さっさと寿命で死んじまえばいいのに」
「め、めちゃくちゃに言うな……」
おっと、あの日々を思い出すとついつい。
「世界最強の弟子で、実際そんな強いのに、全然驕らないのね」
マナは不思議そうに聞いてきた。マナが普通に話してくれる。感動だ。
「まあ、いきなり攫われていきなり鍛えられただけだしな。それに、俺の人生の目標は強くなることじゃない。別に今の自分はまだまだ弱いって謙遜はしないけど、強いとも思ってない。強ければ強いほど目標に近付くだけだ」
「もう人生の目標なんて考えてるの?」
そりゃそうだ。俺は二度目の人生だしな。幸せと自由。この二つを手に入れること。
「まあな」
流石にそれは教えない。恥ずかしいし。
「……ぷっ、変な人なのね、ウィルって」
いつの間にかウィルだって。なんか嬉しい。
「改めまして、私はマナ・ブラント。これからよろしくね」
「お、友達になってくれるのか?」
「ええ、むしろお願いするわ。あなたといたら楽しそうだし。それに、実は私寂しがりなの。知ってる?ウサギって寂しいと死んじゃうのよ?」
それって事実だったの!?
「だから、仲良くしてね?」
「ああ、こちらこそ。また蹴ったりしないでくれよ?」
「避けれるでしょ」
「でも避けないよ」
マナは楽しそうに笑う。良かった。早速友達ができた。
「……おい。青春してるのはいいが、私のことを忘れてるんじゃないだろうな?」
「忘れてました」
「殺すぞ」
「殺せるんですか?」
もういいよこの流れ。飽きたから。
「……ばらすぞ?」
「すいませんでしたぁぁぁぁ!!」
必殺・土下座!!!
「お前、分かりやすいなぁ」
学園生活1日目、早速秘密がバレました。
◇◇◇◇
「ウィル、おはよ」
「おはようマナ」
翌日、教師の前で会ったマナと挨拶をする。清々しい朝だ。
マナは昔、ある男と戦った際に両腕を負傷した。その後遺症で腕がほとんど使い物にならなくなり、鉛筆を足で掴んでいるらしい。食事はなんとかなるが、食器を持つと震えるほどだ。だからひたすら足技を鍛えた。結果、今の強力な蹴りを手に入れたらしい。とりあえずその男、ぶっ潰す。
「ウッドフォード・バラッド。それがあの男の名前。この学園の5年生よ」
「ふむ、殴り込みに行くか」
「やめてったら。別に恨んだりはしてないから。お互いが同意した闘いだったし」
曰く、ウッドフォード・バラッドはこの学園最強と言われているらしい。マナでも全然歯が立たなかったようだ。俺よりも強いかもしれないらしい。流石にそれはないだろうな。……ついつい潰すとか言っちゃったけど、やっぱり撤回しよう。
それにしてもマナのやつ、気にしてないのは嘘だな。顔が無理をしてる。きっと、自分で無念を晴らしたいんだろう。それなら俺は何も言わないし何もしないべきか。
などと考えながらマナと一緒に教室に入ると、案の定ざわめき出した。ったく、俺らは見せ物じゃねえっての。
「……おい」
隣のマナが少し殺気立つのを宥める。こいつ、短気なのは素か。
まあ、周りとはゆっくり仲良くなっていければいいだろ。