第九話 狙い目
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中央学園のすぐ隣にある学生寮。それが俺が学園に通う間住むことになる場所だ。507号室。それが俺の部屋だ。
この中央学園、想像の数倍はでかいし広い。ほとんど街だ。敷地内には校舎や寮、競技場の他にも飲食店や服屋などがたくさんある。充分ここで生きていけるレベルだ。
「これからここに住むのか〜」
部屋にあったベッドに倒れ込む。意外と旅路に疲れていたらしい。肉体的には余裕もいいところだが、精神的に疲労を感じていたようだ。
「ふぅ」
眠い。
この部屋に来るまでに誰かと出会うことはなかった。気配を探りながら誰にも会わないように隠れながら部屋まで来た、と言うのが本当のところだが。ここに来る前は遅れてもいいと思っていたが、いざ学園に着くとかなり気まずい。正直、後悔している。走ってこれば良かった。
とりあえず、荷物を整理して寝ることにした。
翌日は放送に叩き起こされた。スピーカーのような魔道具が廊下に設置されており、大音量で響くから部屋まで聞こえてくるのだ。めちゃくちゃうるさい。次からは少し聴覚を遮断することにしよう。
寮には食堂があり、そこで朝昼晩の食事を食べることができる。が、とりあえず今日の朝は行かない。だって気まずいもの。
『誰だあいつ?まさか遅れて来たのか?』
みたいな感じでコソコソされたらたまったもんじゃない。まだ入学式とクラス発表だけしかされてないと思っていたのだが、既に授業も始まってるらしい。とは言ってもまだ1日しか経ってないから大丈夫だとは思うけど、なんか気持ち的に、な?
学校ってのは恐ろしい場所だ。新入生は分からないだろうが、前世で一度経験している俺には分かる。
まず、入学してすぐにグループが出来る。そしてそのグループで生き抜くために彼らは自らの有用性をアピールしなければならない。勉強を教え、笑いを取り、格好良さや可愛さを見せつけて、時には馬鹿を演じて。そうしなければたちまちグループから追放され、独りになってしまう。そんな恐ろしい施設が学校だ。
俺はそれが嫌いだ。でも独りは寂しい。だから仲の良い友人を数人作りたい。そしてその計画も立てた。
狙い目はズバリ、既に独りの奴だ。つまり、ぼっちだ。
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「私の名前はウィリアム・ランベルツ。親しい者はウィルと呼びます。人間の国、シーシェルの南端に位置するランベルツ領の領主の息子です。この学園には見聞を広めるために来ました。様々な種族の方と関わりたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします」
俺のクラスは1のC。1年次のクラスはランダムで、偏りがない。2年次からは実力と学力でクラス分けが行われ、優秀なクラスとそうでないクラスがハッキリとすることになる。まあ、今が一番気楽だ。
さて、なぜ俺が自己紹介しているのかと言うとだが、説明すると少し長くなる。するけど。
俺は最初に職員室へ行った。そこで自分のクラスを聞き、担任の先生と対面。1のCを担当するロー・キラーという物騒な名前の男の教師は熱血系らしく、俺を見るなりなぜ遅れたのかと詰め寄ってきた。俺は正直に答えようと思ったが、以前ドライアドにエルドラドとの関係は他人にはあまり言わない方がいいと言われていたため、『人には言えないのですが、少し面倒ごとに巻き込まれて……』と申し訳なく答えてみたところ、親が死んだとでも思ったのか、ロー先生は泣きながら俺を強く抱き締めた。そして、少しでも早くクラスに馴染めるように自己紹介をする時間をくれたのだ。
正直、迷惑極まりない。まあ良い先生なのだとは思うが。
クラスメイトの無難な拍手を受けながら、俺は指定された席、つまり廊下側から2列目で後ろから3番目の席に座った。周りから好奇の視線を感じる。居心地が悪い。
「では、授業を始めよう」
科目は栄養学色々と突っ込みたいが、この学園では栄養学は必修らしい。
この学園では年に2回、学内トーナメントが行われる。3学年合同のトーナメント戦で、武器でも魔法でも何でもありだ。たまに死人が出ることもある。これは場合によっては国際問題に発展しかねないのではないかと思うのだが、事前に同意を得ているから問題はないらしい。それに、基本的には死人が出る前に試験官が止めるので、そこまで心配もないということだ。
教室を見渡す。妖精族以外の種族が入り混じっている。妖精族はドライアドのように、基本的には自分が定めた土地に住み着くため、この学園にはほとんどいないらしい。
俺を含む人間族、動物の特徴を持つ獣人族、エルフやドワーフなどの亜人族、天使のような翼を持つ翼人族、魔物のような特徴を持つ魔人族。この中でも特に亜人族と魔人族はそのくくりが大きい。
それにしても他者族がたくさんいる学園か。これからどんな経験が出来るのか、楽しみだ。
◇◇◇◇
休み時間になった。と同時に、仲の良いグループが集まりだす。当然、俺の周りには誰も来ない。悲しいよ。
ふと、1人の獣人が視界に入った。ウサミミを生やした女の子だ。白い肌に、真っ赤な髪がよく合ってるな。可愛らしい見た目をしているが、俺以上に避けられているのが分かる。しかも、鉛筆を足で握って何かを書いている。スカートの中に短パンを履いてるからパンツは見えないが、しかしスカートの中が見えているのは事実だ。恥ずかしくないのか?
それにあの避けられよう、初日に何かやらかしたのかもしれない。まあ、とりあえず突撃だ。
「やあ、初めまして。俺はウィリアム・ランベルツっていうんだ。ウィルでいいよ。よろしく」
ウサミミ少女の席前まで行ってまず挨拶。我ながらめちゃくちゃ胡散臭い。
「………」
返ってきたのは鋭い眼光。思いっきり睨まれました。目つき怖っ!
「あの〜、俺なんかした?」
よく考えろウィル。今の俺、普通に考えたらうざいだろ。
「………」
ダメだ。何も言ってくれない。しかも周りからは物凄い視線を感じる。多分、どうなるのか気になるんだろうな。勘弁して欲しい。でも、ここまできたら引き下がれない。
「あのさ、俺と仲良くしてくれない?俺、友達いないんだよ」
ピクリとウサミミ少女が反応した。お?もう一押しか?
「だから俺と友達になってくれよ」
「ーーい」
「え?」
やっと反応が……!
「うざい」
彼女は、そんな辛辣な言葉と共に俺の顎を蹴り上げた。その綺麗な足は俺の顎にクリーンヒットし、俺は力なく崩れ落ちることとなった。
◇◇◇◇
「おー起きたか?顎は痛むか?意識はハッキリしてるか?ここがどこか分かるか?自分の名前は分かるか?童貞か?」
「……いきなりそんなに質問されても答えられません。とりあえず童貞です」
目を覚ますと、見知らぬ天井が目の前に広がっていた。背中には柔らかい感触。要するに、保健室のベッドに寝かされていた。
「へー」
おいなんだその反応。人がせっかく答えたってのに。
「状況説明をお願いしていいですか?」
ベッドから起き上がる。俺に質問をしていたのは保健室の主だ。白衣に身を包む翼人族の女性。真っ白な羽に艶のある黒髪がよく似合っている。ただ、目は怠そうな半開きだ。
「お前はセクハラをして、その被害者に蹴られて気絶した。以上だ」
セクハラ!?そういうことになってんの!?
「私はニーナ・カスト。医者だ。一応この学園で保健医をしている。が、基本女の味方で男の敵だ。だからセクハラ野郎は殺す」
そう言うと同時に、物凄い密度の魔力が保健室に渦巻き始めた。
「ちょ、ちょっとタンマ!俺はセクハラなんてしてないって!」
「女がセクハラと言えばそれはセクハラだ」
「暴論だぁ!」
魔力がいよいよ殺意を持ち始める。翼人族と言えば、魔法のスペシャリスト。このままじゃ殺られる。
「……え?」
ニーナ先生が呆気ない声を出した。
「お、お前、何をした!?」
「何って、この通りですが」
「だから!何が起きたのか理解できないって言ってるんだ!私が集めていた魔力が急に制御を失った!なのに魔力は霧散せずに留まり続けている!何が起きてるんだ!?」
翼人族の彼女にとって、そもそも魔法が不発に終わることが初めてだろう。そして、不発したにも関わらず魔力が留まり続けていることが理解できない、と。
「こういうことですよ」
俺は手のひらを上向きにかざし、そこにニーナ先生が制御していた魔力を集めた。
「な……!」
支配。相手の魔力、または魔法の支配権を奪う俺の魔法。この様子だと翼人族には存在しない魔法らしい。はっはっは。
「お前……何者だ?」
「俺はウィリアム・ランベルツ。ウィルでいいですよ?」
敢えて、求めていない情報を口にする。答えるつもりは無いという意思表示だ。
「さて、ニーナ先生。今、先生の魔力は俺の制御下にあります。まだやりますか?」
「……やる訳ないだろう。まったく、試したつもりがなんてザマだ」
……試した?
「それはどういう……」
そこでガチャリと、保健室の扉が開けられた。そして1人の少女が入ってくる。俺を蹴り上げた、あのウサミミ少女だ。
明日からは一話投稿になると思います。