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Whear is she? -3-

 数時間の飛行のあと、ようやく姉の手紙の受け取り印を押した街、アルトプロトへとたどり着いた。ベルゼンを出てから約3日半。蒸気機関車と扇空船せんくうせんを乗り継いでの旅を経た久々の大地に、カインは肺を空気でいっぱいに満たすように深呼吸を繰り返す。

 扇空船の乗降場には降りた客と、新たに乗る客とその見送りの人々であふれかえっていた。扇空船の乗船手続きを行なった世界一の連絡港といわれるカレンドフープよりは規模が小さいながらも、当然ベルゼンとは比べ物にならない都会に見とれながらカインはまず町の入口へと向かう。


 国の入り口となるゲートでは、ピシッとした制服に身を包んだ男性が数人、扇空船から降りてくる人々の身分証を確認していた。カインもここ数日で何度も提示し、少し皺が寄り始めている身分証を提示する。

 アルトローズ人によくみられる赤みの強い茶色の髪をかっちりとオールバックに固め、役人の証である薄紫色の帽子を浅く被った男が、髪とはうって変わった薄いグレーの瞳でカインの証明書を流し見る。


 氏名、生年月日、性別、出身地に、各発行所の印と証明割り印が押されている簡易なものではあるが、これが世界共通の身分証だ。この紙切れ1枚が無ければ、他国への入国はもちろん、扇空船の利用、長距離蒸気機関車の利用、はたまた宿泊施設の利用もできない。もちろん、偽造したものや他人の物を使用していると、刑罰が与えられるのだ。

 役人の男――名札を見れば、ドミニクと書いてあった――は一通り証明書を見た後、その様子をじっと見つめているカインに視線を戻した。


「ベルゼンから? またずいぶん遠くから来たんだな……何の用で? ああ、気を悪くするなよ、一応確認する決まりなんだ」

「いえ、気にしてません。人探しです、姉を探しに来ました」

「お姉さん……?」


 ドミニクが言葉に詰まり、カインをゆっくり頭の先からつま先まで眺める。そして小さく漏らした。


「……もしかして、銀髪赤目の?」

「はい、そうです! 知ってるんですか!」

「ここを通ったときに、俺がチェックした。ベルゼンからなんて初めてだった上に銀色に赤い目、なんて奇抜な見た目をしてたからな。印象に残ったよ」

「どこに行くとか、言ってませんでしたか?」


 食いつくように質問を投げかけると、髪と同じ色の口ひげをざりざりと撫でながら、思い返すようにドミニクは少しくうを見だ。

 カインはここにきてまた姉を知る人物に出会えた奇跡とあまりのうまい展開に、手のひらへじっとりと汗をかいていた。期待を込めた目で見ていたものの、ドミニクの眉が申し訳なさげに下がったのを見て、胸に膨らんだ期待がしぼんでいくのが分かった。


「悪いな、どこへ行くかまでは聞いてない。ただ、『なんとなくここに来た。仕事をしながら世界を旅してる』って、言ってたな」

「そう、ですか……」


 そこまで簡単に手がかりが見つかってくれるとは思っていなかったが、落ち込んでしまったのはドミニクにも伝わったらしく、「すまないな……」と申し訳なさげな声が降ってきた。カインは顔をあげて小さく頭を振る。


「いえ、そう簡単に見つかるとは思っていません。それよりも、本当に姉がここに来た事実を知れてよかったです。ありがとうございます」

「いや、力になれなくてすまない。ああ、そうだ……この街に情報屋がいるんだ。そいつらに聞いてみたらわかるかもしれない」

「そいつら……ってことは大きなお店なんですか」

「いや、小さいバーだよ。そこにいろんな情報屋のスペシャリストが集まってるって話だ。俺は行ったことが無いけどな」


 ドミニクがその場にあるペンと紙に手を伸ばし、さらさらと住所と店名を書く。それを受け取りながら、逆にカインは先ほどクリスタに書いてもらった香水店の紙を渡した。


「このお店、知っていますか?」

「ああ、有名だからな。女どもが大勢群がっているからすぐわかるさ。詳しい場所はわからんが、トンネルを抜けたら目の前はアルサンラ通りになってる。その通りに店があるからすぐわかると思うぞ」


 よほど人気の店らしい。ドミニクの奥さん――彼が結婚しているかは首にかかるネックレスのリングを見ればすぐにわかる。結婚するとリングの通ったネックレスをお互いがつける、というのが一般的だからだ――もその香水店にハマっているのだろう。少しうんざりとした顔でドミニクが答えてくれた。


「あの店は男には理解できない。まあ、いい匂いのする女って言うのはいいがな、あの店は頭が痛くなる……なにがいいんだか。おっと、だいぶ引き留めちまったな。次の停船が来るからもう行きな。お姉さん見つかればいいな」


 ドミニクに言われてあたりを見渡すと、同じタイミングで下船したほかの人々はすでにゲートを抜けて街に向かってしまったらしい。辺りにはほかのゲート職員とドミニク、カイン以外はいなかった。


「すみません、すっかり話し込んでしまって。いろいろありがとうございました」


 一礼をして歩き出す。


 ゲートの構成はベルゼンのような田舎の小国以外だいたいどこの国も共通となっているのだが、ゲートを通過した先は短いトンネルになっている。トンネルといっても明かりも一切ないが、本当に短くトンネルの先の光が入ってくるため明るさはほぼ変わらない。

 だが、そのトンネルに一歩踏み込んだ瞬間、カインの身体を冷たい風が切るように通り過ぎていった。今はそんな冷気が通り抜けるような季節ではない。不思議に思い、レンガ造りの小さなトンネルを見回すが特に何も変わりなかった。

 何もないことを確認して歩みを進めるものの、足が泥の中を進んでいるように重たく、持ち上げるごとに増していく。


「な、なんだよこれ……すごく、体が重たい」


 ようやくトンネルの出口に来た時、むっと血の匂いが鼻の奥までまとわりつくようについた。思わず吐き気がこみ上げ、トンネルの壁に手をつく。めまいをおこし、視界がゆっくりと回転する中、不意に誰かに手を掴まれた。反射的に手を引いたと同時にその手を手前に引かれ、あんなに鈍く重たくなっていた足は軽々と宙に浮き、街の中へ踏み込んでいた。


「なーにやってんのさ、そんなところで。他のお客さんそろそろ降りてくるし、邪魔になるんじゃない?」

「血の……匂いが、して……あれ?」


 顔をあげると鼻の奥に残っていた血の匂いも、体の重みもきれいに消えていた。ごとごとと不安定な音を立てながら馬車が走っていく。その視点をもっと前に合わせると、腰までの茶髪を通過した風にかき乱された青年が立っていた。ぱっと見ただけでは男女の判別がつかない。猫のように切れ長の目をきゅっとさらに細めて笑いかけている。着崩した白いワイシャツに薄手のグレーのジャケット、黒のパンツスタイルが細身で足の長いスタイルの良さを強調している。

 だが、カインの口から「血の匂い」という単語が出た瞬間、糸のように細められていた目が開き、深い緑の目がカインをしっかりととらえ、心配そうに眉が垂れた。


「血の匂い? 体調悪いんじゃない? 僕が病院に案内してあげようか」

「いや、もう大丈夫……」


 「そう?」とおどけたように言うなり、今まで掴んでいた手がようやく離れていった。そのあと、その長身の腰を折ってカインの目を覗き込む。相手の目に自分が映っているのがわかり、なんとなくむず痒い気分に目をそらすと、その青年は小さくつぶやいた。


「待ってたよ……白うさぎ」


 「え?」と聞き直す前に、すっとまた背をまっすぐに戻し、青年は張り付いたような笑みをまた浮かべた。その笑顔に一瞬拒絶の色を感じ取り、カインが言葉に詰まったときにはその青年は歩き出していた。


「じゃあ、僕はもう行くよ。次ぼーっと立つなら、人の往来のないところをお勧めするよ、カイン」


 ざわつく人ごみの中に溶けていくようにすぐにその姿消えてしまった。どこかで会ったような、そんな違和感だけがカインの中に残り、しばらく唸っていると背後からざわめきが聞こえた。振り返ると、次の停船から降りてきた人々がトンネルをくぐってくるところだった。


『じゃあ、僕はもう行くよ。次ぼーっと立つなら、人の往来のないところをお勧めするよ、カイン』


 先ほどの言葉を思い出して、人の邪魔にならないところへと歩きながらふと、心に疑念が浮かぶ。


「あれ、俺……名乗ってない、よな」


 慌てて人込みをかき分けるように走るも、やはりもうあの青年の姿はどこにも見当たらなかった。

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