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Awakening of Jabberwock -1-

 ようやく物語のカギを手に入れたが、カインにはそれをどうすればいいのかまではわからなかった。

 

 一応図書館で調べてはみたものの、「ユレシュテ」という花は見つかったものの、覚醒作用のある非常に危険な毒性の花らしく、おそらく関係はないだろう、とカインは思った。

 それ以外に「ユレシティア」という言葉、それに近い単語はどこにもなかった。となると、この言葉が何を示すのか、それを知るにはひたすら見聞を広めるほかはない。


 チェシャ猫のおかげで、カインは再び自由を手に入れることができたため、最近ではよく出かけるようになっていた。このままアジトにいてもおそらく答えは出ない。ハンナは警戒心が強いため、おそらくアジトにはこれ以上ヒントは置いていないように思えてならなかったのだ。


 この先はカインの推測に過ぎないが、ハンナはおそらくアジトにいる誰かをひどく警戒していたように思う。親しく信頼していたいもむしに何も言わずに消えてしまったこともそうだが、チェシャ猫に渡した物語のカギを得る方法も、ひどく回りくどかった。それこそカインでないとわからなかっただろう。


 つまりハンナは、アジトの面々ではなく探しに来るであろうカインにだけわかるようにこの痕跡を残していたのだ。


「つまり、アジトになにか秘密があるとか……なにかそういう理由があるんだろうなあ、きっと」


 物語のカギを教えてもらってから、チェシャ猫も全面的な協力はしてくれなさそうな雰囲気だった。というのも、あの後からチェシャ猫はカインを避けているようにも見える。それだけでなく、最近ではチェシャ猫がカインについてくることも少なくなったのだ。ひとりでゆっくりと過ごせる時間を久々に手に入れたのは、今のカインにとっては都合がよかったのだが。


 のんびりとアルスロー通りの裏に広がる住宅街を歩くのがカインの日課になりつつあった。緩やかな丘になっており、上へ行くほど大きな家が増えてくる。そんな道をぼんやりと歩くのは、時の流れを感じることもなく、頭がすっきりとクリアになるようだ。


 そんなカインの耳元で秒針を刻む音が、突然はっきりと聞こえ始めた。時計など、どこにもなくカインも持ち歩いていないはずだったが、確実に耳元では秒針の音が聞こえている。


(……白うさぎの、能力……?)


 白うさぎの能力を使ったと思われたあの時に、感覚が似ている。うねるように秒針がカインの耳元で鳴り、視界が少しずつ揺れていくのがわかった。このままじゃまずい、ととっさにぎゅっと目を閉じて歩き出した瞬間、秒針の音がぴたりと止まった。


「あれ……」


 訳が分からず、困惑したように立ち止まったカインに、か細い声が問いかけた。


「どうかなさったの?」

「え……あ、あの……」


 声の主はすぐに見つかった。


 カインが今立ち止まっている家の窓から女性が心配そうに見つめていた。色白の肌に、優しい蜂蜜色の目、少しかさついた唇。健康とはとても言えない風貌だったが、それを押しのける美しさが備わっている。


 惹かれるようにカインがその窓際へ向かうと、女性は優しくカインの髪をかき上げて額へ手を当てる。昔熱を出した時に、母親がよくやってくれていたことを思い出し、カインはされるがままに女性を見つめていた。


 その女性の顔や手にある痛々しいあざを見つけたが、カインは何も言えず黙っているしかなかった。


「熱は……ないようね。でも倒れたら大変だわ、よければ休んでいってくださいな」

「え、あの……」

「いいのよ……よければ私の話し相手になって頂戴。ばあや、お客様をご案内して」


 良家なのだろう。立派な門構えに、大きな家。カインの見た中で一番の大きさだった。その扉が開き、背丈の低い初老の女性が出てきた。品のあるお辞儀に、カインもぎこちなく礼を返す。


「リアナ様のご招待です。もしお時間が許されるのでしたら、どうぞ」


 一瞬ためらったものの、カインは厚意に甘えて家の中へと入っていった。


 長く続く廊下、そして並ぶいくつもの扉があったが、家に入ってすぐ左の部屋へとカインは案内された。広い部屋の大きな窓際にベッドがひとつ。洋服箪笥がひとつ、そしてあとは何もない。シンプルすぎる部屋に妙な違和感を覚えた。


 その部屋のベッドから、先ほど窓越し話した女性が手を振った。その笑顔につられるように、カインはその女性へと近づいて行った。


「さあ、座って。ゆっくり休憩なさって?」

「ありがとうございます。あの、俺……じゃなくて、僕はカインです。突然の、お招きありがとうございます」


 かしこまった礼など学校の授業でしか習ったことがなかったカインが、噛みそうになりながらもそういうと、その女性――リアナが面白がるように笑った。


「そんなにかしこまらないで。休憩所だと思って、ゆっくりしていってくださいな」

「ありがとうございます」

「私はリアナというの。どうぞ、よろしく」


 その女性、リアナはそういってカインの手を優しく握った。


 痩せて骨ばった手指、そしてうっすら見える痣、どこか怯えた表情に、カインはいたたまれない気持ちでその手を軽く握り返した。


 その日から、カインはリアナのもとへと通うようになっていた。なぜか放っておけないという気持ちにかられたということと、彼女の家の近くに来ると決まって耳元で秒針の音がする。そして彼女の家に着くとその音が消えるのだ。


 これが白うさぎの能力というならば、おそらくこの家にアリスが潜んでいる可能性がある。これは調査なんだ、と言い聞かせながらもカインは日が経つにつれ自身の足取りが軽くなっていることには気づかなかった。


 リアナは久々の来訪だったのか、カインにいろいろと話をしてくれた。

 生まれた時から体が弱く、よく病に臥せっているそうだ。幸いにも、この家の大きさの通り金持ちの良家であったがために、治療はできていたもののなかなか進まない医療にだんだんと体が追い付いていかなくなっているらしい。

 一応マグナス・ロベルトバーグという婚約者(フィアンセ)がいるらしいが、自分の家族に申し訳がない、とリアナは悲し気に眉尻を下げた。


「最近は、寝たきりが多いんですの。ばあやにも迷惑をかけているし、マグナス様にも迷惑をかけているわ……でもこればっかりは、私にもどうしようもないことなのよ」


 そういって笑った顔が、ハンナの表情と被り、カインは胸がギュッと締め付けられるようだった。


「今度はあなたのことを教えてくれるかしら、カイン」


 そういわれてカインは、アリスとQueenのことは伏せながらも、姉を探しにここにきていることを説明した。


「まあ、お姉さまを……。まだ見つかっていないのね」

「ええ……姉が残してくれたのは手紙と、ユレシティアという言葉だけなんですよね」


 そういった瞬間、何かを思い返すようにリアナが遠くを見つめた。


「ユレシティア……私、どこかでその言葉を聞きましたわ」

「……?! 本当ですか!」


 思わぬ収穫に、カインは身を乗り出しそうなところを何とかこらえた。


(もしかして、秒針はアリスの気配じゃなくて……姉さんの痕跡?)


「んー……思い出せないわ。でも聞いたことがあるのよ……あなたのお姉さんとはたぶん面識はなさそうだけど、いったいどこで聞いたのかしら」


 不思議そうに首をかしげるリアナを急かすことなく、カインは深呼吸を繰り返した。


「思い出したらでかまいません。それまでは、こうしてお話していましょう、リアナ様」


 そういうと、少し気が楽になったのかリアナは花のような柔らかな笑顔を浮かべた。

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