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Mock Turtle dreams -4-

「今日も二手に分かれて行動する。俺とネズミは南側の調査、あとの三人は北側の調査を進めてくれ。住民は事件のせいで引きこもりがちだが、なるべく話を聞き出して多くの情報を掴んできてほしい。

 ほしい情報は、ロッシュ祭でいつも優勝できない子たちで最近おかしな言動の子供がいないか、そして事件の詳細だ」


 朝食を終えた一行は、早々に謡うウミガメ亭を出て街の中心へ向かっていた。その道すがら三月ウサギが今日の目標を説明する。チェシャ猫以外が真剣に聞く中、カインは朝食の席で見かけなかった男の子のことが頭によぎった。昨日道ですれ違ってから、今まで見かけていない。昨日の朝食の時はその場にいたはずなのに……。なぜか、胸がざわついている。嫌な汗が体を伝い、カインは歩いてきた道を振り返った。


「どうしたの、カイン」

「いや……」

「気になることは話してみろ、少しの情報もアリスにつながっているかもしれない」

「昨日、道ですれ違った男の子……今日は朝食の給仕の時にいなかったな、と思って」

「朝食の当番じゃなかったってだけじゃないのぉ?」

「そうかもしれないけど……なんか、胸の中がざわざわするんだよ」


 不安げな声でつぶやくと、その気持ちを汲んだかのようにネズミが優しく肩に触れた。


「探しましょう、心配なら……私たちも見かけたら声をかけるようにするわ」

「ありがとう……」

「時間も惜しいし、もう行くわね。見つけたら、必ず声をかけるわ」


 念押しするように、声をかけて三月ウサギと去っていく姿を見て、カインは少しばかり安心感が生まれたのがわかった。ネズミの気遣いと、優しさには脱帽するばかりだ。


「俺たちも、探しに行こう」



 日も傾きかけてくると、揺れる波が宝石で装飾したかのように、キラリキラリと輝く。その淡いオレンジ色の水面を見つめながら、途方に暮れたカインたちは座り込んでいた。

 時間になっても、手掛かりは何一つとして出てこなかった。というのも、街の人々は事件の話題やロッシュ祭の大会の話題を振ると、逃げるように立ち去ってしまうのだ。

 あきらめかけた時、港のすぐそばにある花壇から悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴にカインと帽子屋、そして少々けだるげなチェシャ猫が駆け寄っていく。


 すでに花壇の周りには人が大勢いたが、すすり泣く人、怯えた声を上げる人、顔を苦し気にゆがめている人など、さすがにとてもじゃないが喜ばしいことではないことがわかる。


「どうしたんですか」

「ああ、旅の人かい? 見ないほうがいいよ」


 男がそっとそむけるように視線を逸らす。カインが人だかりの中心をのぞき込むと、そこには一人の少年の死体が鎮座していた。全身海から上がってきたかのように濡れており、恐怖にひきつった顔で空を見つめている。その目からはすでに生気は失われており、蒼白くなった肌が蝋人形の様だった。何となく察した、これはアリスの仕業なのだと。


 思わず、反射的に目をそらしたカインに、先ほどの男が小さく頭を振る。


「だから見ないほうがいいって言ったんだ、せっかくロッシュタルトに来てくれたってのに嫌な思い出になっちまったな。……これで街一番の泳ぎ手はジョンだけになっちまったよ……」

「ジョン……?」

「ああ、去年のロッシュ祭大会での優勝者だよ。まるで魚のように泳いで、他の者たちを圧倒した。その見事な泳ぎっぷりに、あいつは海から生まれたんだろうって噂がたつほどだったよ」


 今生き残っている街の泳ぎ手はジョンだけ。となると、次に狙われるのはその、ジョンだろう。カインと帽子屋は視線を合わせると、小さく頷いて意思確認を取る。


「そのジョンから話を聞きたいんだけど、どこにいるかしってる?」

「ああ、坊主。ジョンは謡うウミガメ亭で給仕の仕事をしてるから、おそらく今は買い物に行ってると思うぞ」


 その男性の言葉を聞いた瞬間、カインの脳裏にあの少年が浮かんだ。帽子屋も同時にその少年を思い浮かべたのか、カインを食い入るように見つめる。


「おじさん、ありがとう。いこう、帽子屋」

「うん」


 カインと帽子屋は、めんどくさげなチェシャ猫の服を引っ張りながら、半ば無理やりその場を後にした。


 来た道を戻るように、3人は走りながらジョンを捜し歩いたが、すれ違うことなく、謡うウミガメ亭に戻ってきてしまった。


「道中にはいなかった……もう戻ってきてるのかもしれないよ」

「ああ、中で聞いてみるか」


 そういって謡うウミガメ亭へ入ろうとした瞬間、「ねェ」という間延びしたチェシャ猫の声が2人を引き留める。


「どうかしたのか」

「あれじゃない、ジョンって」


 チェシャ猫が指差したその先、謡うウミガメ亭の庭に生えている一本の樹の下に、男の子が座り込んでいた。陰になっていてよく見えなかったが、みた瞬間にカインはその人影に向かって走り出していた。嫌な予感がしたのだ、もしかしたらもうすでに、という考えが頭をよぎった。


「ジョン!」


 とっさに名前を呼ぶと、人影がびくっと跳ねて顔を上げる。そこにいたのは確かに、昨日すれ違った少年だった。怯えたようなジョンのそばには、買い物に行った帰りなのかかごが倒れており、中からリンゴやいくつかの野菜が転がり出ていた。


「お客さん……どうして僕の名前を」

「人から聞いたんだ。その、また1人……」

「……! カッシュが、もしかして死んだの?」

「カッシュっていう子なのかはわからないけど、男の子が死んでた。次は、ジョン……君の番かもしれないと思って、探しに来たんだよ。だから君は怯えていたんだろう」


 カインが優しく肩に手を置き、真剣なまなざしで確認すると、ジョンは小さく頷いた。そして、がたがたと体を震わせながら縋り付くようにカインの服を握りしめた。


「この街の大人は信用できないんだ……誰かが毎週ロッシュ祭の大会で勝った子供を殺してる……! 去年はカッシュが2位で僕が1位だった……。カッシュが死んでしまったなら、きっと次は僕だよ!」

「大丈夫、俺たちが君を守るから。だから教えてくれ……ロッシュ祭でいつも最下位になっていたのは誰だ?」

「……フ、フランツだよ。フランツ・アルベール。この街の市長の子供なんだ……」


 ようやくたどり着いた名前に、カインはジョンをぎゅっと強く抱きしめた。そして同時に、必ずこの子をアリスの手から守ってやらなければという強く思った。


「市長のところなら、昨日ウサギたちがいってたはずだよ。まずはウサギたちと合流するのがいいと思う」


 帽子屋の言葉にカインは頷くと、ひとまずジョンの手を握って引っ張り上げた。力なくも立ち上がったジョンは不安げにカインを見つめる。


「フランツに会いたいんだ。だから、市長のところへ連れて行ってくれるかい? その道中で仲間を探したい」

「わ、わかった……!」


 ジョンの案内で市長の家に向かいながら、カインたちはウサギを探していた。ただ、だいたいの目星はついている。おそらくあの事件現場にいるのだろう、ということだ。


 ちょうど市長の家に行く通り道だったため、まだざわざわと人が集まっている事件現場の近くに来ると、ジョンから離れられないカインの代わりに帽子屋が人込みをかき分けて探しに入った。


 数分後、やはり事件現場にいたらしいウサギとネズミが、カインたちに合流した。あらかたの説明は帽子屋がしてくれたらしく、合流するなりウサギはジョンの目線までしゃがむと、ぐっと肩を掴んだ。


「絶対守ってやる。大丈夫だ、心配するな」


 その強い言葉に、ジョンは不安げな表情を浮かべながらもこくりとひとつ頷いた。

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