Why was she crying? -2-
ついたのはパーティ会場を出て少し歩いた小部屋だった。小部屋と言っても大人が30人以上は余裕で入れる規模のものだが。豪華なシャンデリアが飾られたわけでもなく、至って質素な部屋だ。その中に、お茶会に来ている子供たちが十数人、集まって入ってきたエリシアとシャリーンに目を向ける。
彼らはエリシアがリーダーとなって街の調査や、大人たちの隠し事を暴くためにひそかに活動している子供会、「エルシューステ」のメンバーだ。この世界の始まりを作った花の女神の名前からとっているこの会には、お茶会に参加している子供たちがほぼ参加している。といっても中には半強制的に入れられている子もいるようだが、シャリーンのように。
「エリシア様、シャリーン様もお待ちしてましたわ」
「お待たせしてごめんなさい。みんないないと思っていたらこんなところにいたのね」
シャリーンはこの会で最も年上であり、リーダーであるエリシアの暴走を唯一止められる人間として、この会の中でも慕われており、頼りにもされている。シャリーンとしても、知ってて見ぬふりはできないため、一応責任をもってこの会を見守っていることもあり、実質リーダーのエリシアよりも権力があるのは確かだ。
エリシアは危険よりも己の好奇心を満たすことを優先しがちなため、シャリーンが時々ストップをかけなければならないのだ。でなければみんな彼女の圧倒的な存在感と威圧感に、あれよという間に危険なところへついていきかねない。一度それで会の子供たちが何人か危ない目にあったのだが、それはグレイスの取り計らいでうまく丸められた。
それ以来、シャリーンはグレイスからひそかに何かあった時にエリシアを止めるよう、頼まれているのだ。
「それでエリシア、自警団はアテにならないってどういうことなの? 自警団はこの街を守る警備団よ。メンバーもスワロウ家をはじめとする腕利きの方々ばかりなのはあなたも知っているでしょう?」
「ええ、もちろんよ、シャリーン姉様。でもその自警団は今回動かないの。というより、動けないのよ」
含みのある言い方に全員が息をのんでエリシアの次の言葉を待つ。さすが、というべきだろうかシャリーンは迷うところもあるが、これもエリシアの才能の一つなのだ。噂は人を引き付けるが、エリシアはそれを決して誇張せず、話術で人の興味関心を引く。その言い方や話し方に囚われて、いつの間にか子供たちは指示を待つ犬のようにじっと見つめてエリシアの言葉を楽しみにしている。
これは年齢の若い子供たちに特に効果的で、ロランドをはじめとする幼い子供たちは興味津々、といった表情だ。
エリシアの持つ一種のカリスマ性が、まだ10歳になったばかりの彼女をリーダーという立場に収めているのだ。
それで?と先を促すと、タイミングを崩されたエリシアがかわいらしく頬を少し膨らませて、もう……と文句を言う。だが、シャリーンにはそんな態度は効果がないとわかっているエリシアはわざとらしく咳ばらいをしてから続きを話し始めた。
「今回の事の発端は、マージ家のジュ―ロ様が行方不明になられたこと。実は、ジュ―ロ様は発見されたとき正気を失っていたのよ」
何人かが息をのむのがわかった。その気持ちはシャリーンもよくわかる。マージ家のジュ―ロといえば、この街でもかなり腕の立つ人物なのだ。自警団を率いるスワロウ家の右腕として、噂へ積極的に耳を傾けないシャリーンでさえもその活躍ぶりは情報として入ってきていた。
そんな人間が、行方不明になりあまつさえ正気を失っていたとなれば、大人たちが動揺するのも少しはわかる。
「どうして……そのようなことに……」
「ジュ―ロ様は昨夜お亡くなりになりましたわ。おそらく本日中に街中に葬儀の案内が行くでしょう。
問題は……ジュ―ロ様がなぜ行方不明になって、正気を失ってしまったのか……なんですけど」
今や全員が静かにエリシアの言葉を待っていた。その全員の真剣で、かつ少し恐怖の滲んだ表情にエリシアが少し満足げな笑みを浮かべ、また口を開く。
「呼ばれたのよ」
「呼ばれた?」
「ええ。ジュ―ロ様は、丘の上にあるお屋敷に呼ばれたの」
丘の上の屋敷といえばこの辺りでも有名な幽霊屋敷だ。ずいぶん前に惨殺事件があったと聞いているが、詳しいことはだれもわからない。ただ、丘の上にぽつんとたたずむ時の流れから切り離されたようなその屋敷が、そういう噂を付けて街に広まっただけかもしれない。ただ、夜になると女の子のすすり泣く声が聞こえたり、異臭がしたりと何かにつけて気味の悪い話を聞くのも確かだった。
だからといってあんなに腕っ節もいい人間が、幽霊に慄いて狂気したなどという話、さすがのシャリーンも拍子抜けだった。そんなことに大人が怯えているとは到底信じられなかったのだ。
「エリシア……いくらなんでもその話は少し、突飛すぎないかしら。それにもちろんジューロ様が見つかった後、そのお屋敷は自警団がお調べになったのでしょう」
「ええ。でも戻ってきた者はみんな正気を失っていたのよ。その中で唯一正気だったのは、15歳の少年だけ。しかもその少年は、屋敷に入ったところまでは覚えていたものの、そのあとからは何の記憶もないそうなの」
予想していなかった言葉にその場にいる全員が黙り込んだ。
街の誇りでもある自警団が幽霊屋敷に尻込みした。ここにいる子供たちにはそう取れたのだ。大人はそんなことでこうも怯えた顔をしているのか、と。
丘の上の幽霊屋敷は、街の子供であれば1度は必ず近くまで行ったことのある場所だ。大人はこぞって近づくなと言うが、子供たちの間では一種の肝試しのようなものだったからだ。かくいうシャリーンはそういう霊だとかオカルトだとかいう非現実的なものは一切信じていない人間であるため、くだらないと一蹴し興味すら抱いたことがなかった。
大人が本当にそんなものに怯えているのか、と考え込んでいると、エリシアの目が次第に好奇心に輝いていくのが見えた。シャリーンがまずい、と思った時にはすでに遅し。エリシアは子供たちに呼びかけを始めていたのだ。
「自警団は何回かその屋敷に調査を送っているけども、成果はないそうよ。それは彼らがみんな影響を受けてしまう大人だから。だから大人は怯えているの。つまり私たち子供であれば影響はないということ。今こそ私たちエルシューステの力を発揮するときよ!」
子供たちの目が次第に輝いていくのがわかった。大人のできないことをやり遂げる。それは大人に早く認められたい子供たちが何よりもやりたくてうずうずすることなのだ。それをやろう、と言い切るエリシアが今の彼らには何よりもかっこよく見えてしまうのだ。
中には怖がっている子もいたが、このままではエリシアに言葉巧に丸め込まれ、無理に連れていかれてしまうだろう。
「エリシア、お待ちなさい。何があるかわからないところにみんなで行くのは危険よ。怖がっている子もいるわ」
「それは承知の上です、姉様。怖いと思う子は今回参加しなくて結構よ。これはただの肝試し。勇気のあるものだけが参加してちょうだい」
にっこりと笑いかけるエリシアに、シャリーンは心の中で深くため息をついた。この言い方と笑顔で、今何人の子供が行かなければ、と思ったかをエリシアはたぶんわかっていないのだろう。
「私も霊などという非現実的なものは信じていませんが、怖い者は断ることも勇気です。本当に行きたい者だけここに残り、行きたくない者はこの部屋を出ても構いません。それは恥ずべきことではないわ。あと近くまで行くのは仕方がないので許可しましょう。ただし中には入らないこと、いい?」
最後の言葉に即、エリシアから「え~」という不満の声が聞こえたが、すっぱりと無視を決め込む。そこで反抗せず、素直に従うのがエリシアのいいところではあった。
シャリーンの言葉に1人が部屋を出ると、それに続くように何人かが行かない意思を見せて退場していく。エリシアが不服そうに声をあげようとしたのを視線で黙らせると、立ち去っていくエルシューステのメンバーを温かい笑みで見送った。
「さて……」
去る者たちが去り、残ったのはシャリーンとロランド、エリシアを含めて8人といったところか。そのメンバーはいずれもエリシアと同い年くらいの子供たちで、毎度エリシアの好奇心について回って非日常を楽しんでいる肝の据わった面々だ。シャリーンが残るだろうと予想していた顔ぶれそのものである。ただ1人を除いて。
「ロランド、あなたも部屋を出るのよ。お母様のところで少し待っていなさい」
そういうと、ロランドが小さく頭を振る。驚いて目を丸くしたシャリーンを押しのけるようにして、エリシアがロランドの視線に合わせるように前にしゃがんで頭を撫でた。
「偉いわ、ロランド。すごい勇気よ!」
「馬鹿言わないで。ロランド、お母様のところへ戻りなさい。危ないところへは連れていけないわ」
「ぼくもいっしょに行く。姉さまと、行く!」
断固として動かない意思を見せるようにシャリーンの手をしっかりと握って離さない。普段はここまで頑固ではないのだが、今回はなぜここまでこだわるのか。説得を試みようとロランドの視線までしゃがむと、横からエリシアが割って入った。
「男が勇気を振り絞り、行くと申し出ているのに、姉様はそのお気持ちを無碍に扱うつもりなの?
大丈夫よ、中まで入らないって約束しましたし……ねえ、ロランド」
エリシアに促されるままに小さく頭を上下に動かす。シャリーンはやはりお茶会になど連れてくるべきじゃなかった、と心から後悔した。
「では、私が行かないといえばロランドも行かないのかしら」
「まあ、そんなのだめ! 行くわよね、ロランド」
「エリシア、あなたはお黙りなさい。ロランド、遊びではないのよ。危険があるかもしれないの、分かるでしょう」
「それでも行きたいんだ、姉さま。ぼくも行く」
まっすぐ見つめてくる目が、エリシアでもシャリーンでもない、自分の意思で言葉を紡いでいるのだとはっきりわかり、シャリーンはかなり驚いていた。そして逆に興味を持った。ここまで頑なに意思を示したロランドを見るのが初めてだったからだろう。
しばらく黙り込んだ後、シャリーンは小さく肩を竦めて、ロランドが同行することを認めた。完全にロランドの強い意志の勝利だった。
大人達が過敏になっているだろう、ということで向かうのは明日の夜、ということとなった。亡くなったジューロの葬儀が恐らく今晩と明日の晩に行われる。その際、大人は全員マージ家の墓地に集まる。そう夜も更けていない上に大人が出払う日などその日くらいしか思い浮かばなかったのだ。少々不謹慎だが、少し見て帰ってくるだけ、という驕りが全員の中にあった。
「では明日、ママ達が出かけたら私の家に集合ね」
そう言ってエリシアが部屋の扉を開ける。全員がぞろぞろとお茶会の会場へ戻ると、丁度解散するところだった。
エルシューステのメンバーが親に連れられて、シャリーンたちの横を通って去っていく。小さい会釈をお互いに交わしながら、グロリアの元へ戻れば、帰る用意をするように言われた。
軽くエリシアと視線を絡ませて、明日の夜にまた、と意思疎通をするとシャリーンはロランドを連れてそのまま迎えに来ていた馬車へと乗り込んだ。




