『クオリア極秘暗号』
第8回です。
「両生類が池に飛び込んだ音」
上の短文を読んであなたはどんな情景を思い浮かべただろうか。人それぞれであるとしか言えないが、もしあなたがワビサビ民主国の方であるならば国歌のメロディ、あるいは国歌の歌詞を基にした絵画『ある池の波紋』などの芸術作品が頭に浮かんだのではないだろうか。このように文化を同じくする人々の間ではごく短い文章で複雑かつ具体的な情報を交換できる場合がある。これを利用したのが神君国が開発した『クオリア極秘暗号』である。
たびたび語られているように神君国では遺伝子工学の研究が盛んに行われていた。これは軍事的な理由もあったが究極には『全てが平等な国民』を作り出すという宗教的理想の実現を目指したものだった。これは後のクロイツ正統枢軸国にも影響を与えたとされる政治哲学思想であるがヒエイーザ戦争の敗戦と同時に放棄され、神君国においては実現することはなかった。けれど、そのサンプルとなる『超人』はかなりの人数が生み出され『生まれながらの兵士』として神君国寺院軍を支えた。特に有名なものでは民主国のササガニ航宙隊と死闘を繰り広げた超人宇宙戦闘機部隊『梵天鉄騎隊』などがある。彼ら彼女らは陸上勤務の大陸僧兵に対抗して自らを星僧兵と称し、終戦後も祖国を離れて傭兵となり活躍した。ひと昔前に銀河各国で大ヒットしたアポロン自由星系同盟の長編アニメシリーズ『俺たちスターボンズ』の主人公のモデルであるといえば分かりやすいだろう。あれは傭兵業を美化し過ぎてはいるものの、列強大戦前の銀河各国の描写に関しては他の追随を許さない傑作であった。
話がやや逸れてしまったが、そのようにして生み出された超人たちの中に『究極双子』と名付けられた者がいた。通常の双子は例え遺伝子が同じでも成長する過程での経験の違いから体格にも精神にも違いが出てくるものであるが、『究極双子』はその違いを最小限に抑えることを目的に遺伝子設計が行われたとされる。ある意味では最終目標である『全てが平等な国民』に最も近かった彼ら(彼女らだったという説や男性と女性で1ペアずつ存在したという説もある)ではあるが頭脳も肉体も理想の国民の水準には足りなかったと伝えられている。
理想の国民の水準がはたしてどの程度のものであったのかは今となっては不明だが、そんなことは大した問題ではない。重要なのはこの双子がクオリアをほぼ完全に共有していたらしいということだ。クイズを出せば同時に解答を思いつき、同じ部分でミスをする。しりとりや連想ゲームでも完全に均一な発想パターンを行う。詩を見せてその情景を描かせたなら同じ絵を描く。これに気がついた神君国はすぐさま軍事利用を検討し始めた。時に戦争末期。彼らはコヨルシャウキ契約国で行われた和平交渉における全権大使と本国との最低限の通信に利用された。その詳細は不明だが、当時民主国の暗号傍受に携わっていた人物の証言によれば和平交渉の期間中に不思議な詩のような短文がいくつか傍受されたそうである。
戦後、彼らは民主国によって保護された。民主国政府の公式発表によれば彼らの均一性は研究施設の非人道的な環境とある種の薬物投与によって維持されていたもので保護した後は通常の双子と同様に異なる個性を持った存在に成長し、更生プログラムをへて社会復帰したそうである。だがプライバシー保護を理由に未公開情報が多く、今でも民主国政府はクオリア極秘暗号を使用しているなどという都市伝説が絶えないのだ。
『超人計画・治政僧院の野望』 終
クオリアが何なのかよく分からないまま書いたのでかなりいい加減な話です。ただ、これぞ超技術って感じにはなったので個人的には満足です。『究極双子』はツーカーの果てにある超能力だと考えていただけると分かりやすい?