『迎撃陣地マンダーラ』
第7回です。
……真法収受暦74年24月60日(ケンタウリ入植暦757年人類共通月4月7日)北極上空に浮かぶ静止衛星がサザレ級と思われる反応を捉えた。その数27。我々の宇宙(ヒエイーザ星系)に存在する敵戦略艦のほとんどが集まってきた事実に治政僧院の高僧は大喜びしていたが、味方に絶対の勝算があるとは言い難かった。敵は間違いなくマンダーラの最も弱い部分を知っている。それは想定内ではあるしそれを補う用意もできてはいたが手の内を知られているという事実は決して気持ちの良いものではなく、我々の方こそ策に溺れて敗北への道を歩んでいるという可能性も否定できはしなかった。
「90億の真理の下、全ては無、すなわち空なり。」
私は不吉な未来予想を振り払い大陸僧兵にふさわしい気高さを取り戻すべく真法の一節を唱えた……
(歴史小説『星々の御名』より)
マンダーラ迎撃陣地には今なお多くの謎が残されている。その構成は軍事的合理性よりも宗教哲学の実践を意識していたとも言われているがそれを証明する資料は存在せず、またアルパカ級と同様に建設に必要な予算や技術がどこから出てきたのかが不明確で古代に栄えた非地球起源知的生命体の遺跡を再生したという説さえ唱えられるほどだ。ただひとつ確かなことは民主国宇宙軍がこの要塞に対して全力で臨み、最終的にはその事実上の攻略に成功したことである。
ヒエイーザ3の地理をまずは確認しておこう。この惑星は地表の7割を海洋が占める地球型惑星である。その陸地のほとんどは北半球にひとつの大陸として存在し地形は平坦で気候はやや冷涼かつ均一である。神君国の首都は大陸の中央北寄りにあり、交通網の中心として栄えていた。そしてこれを守るように建設されていたのがマンダーラ迎撃陣地である。首都を中心としたひとつの巨大な円形陣地とそれを取り囲む8つのやや小さい円形陣地によって構成されたそれは宇宙空間から見れば確かに芸術作品のようだったと伝えられている。
その歴史は古く神君国がまだ大陸の一勢力に過ぎなかった時代にはすでに都市計画の理想として構想されていたと言われる。大陸統一以降からは主に対宇宙戦闘を意識して大型レールガンなどの導入がなされ、セトーチ衆の降下略奪を防いだ。この頃にはもう『宇宙の眼』との接触も始まっていたと推測され、その時代ごとの最新技術が取り入れられたと考えられるが詳細は不明である。しかし、757年4月の『赤い月作戦』(民主国による対地精密爆撃作戦)の実行時において北陣地の装備更新が遅れており、その隙をついて爆撃を行おうとする民主国艦隊とそれを妨害しようとする神君国艦隊が北極上空にて対峙、激突することとなる。
戦力比としては民主国艦隊の後期型3隻を含むサザレ級一等戦略艦27隻に補助艦艇を加えた総数74隻に対して、神君国艦隊はアルパカ級宙防艦5隻に補助艦艇を加えても総数38隻と数の上では民主国の優勢であったが神君国は地上の対宙兵器を利用できる地の利があった。
ヒエイーザ戦争における最初で最期の大規模艦隊戦となった北極上空攻防戦は序盤は神君国の優勢で進んだ。サザレ級はステルス性能が劣悪であり、神君国軍の放つ光線や砲弾が次々に命中した。しかし、人工樹脂外骨格構造により小惑星の質量そのものを装甲としたサザレ級はしぶとく航行し続け対地爆撃を敢行。地上の対宙兵器群は次々に沈黙した。そして不利を悟った神君国艦隊は撤退し、最終的な勝利は民主国のものとなったとされている。ただし民主国はこの一戦で補助艦艇のほとんどを喪失し、サザレ級8隻をも失った。それに対して神君国艦隊の被害はアルパカ級2隻と補助艦艇10隻にとどまっており、この戦いの勝敗については結論が出ないというのが正直なところである。
最終的な勝敗を含めて後世の判断に任せる部分が多いことが作家の創作意欲を刺激するのか、北極上空攻防戦は様々な作品で取り上げられている。冒頭で取り上げた歴史小説『星々の御名』のようにマンダーラの装備更新の遅れを計算された罠とする作品も多いがさすがに考え過ぎてあろう。近年公開された資料によると民主国軍は東、または南西から爆撃する案も検討していたらしく、今後はそうした新資料に基づいた新たな作品が制作されることだろう。なおマンダーラ迎撃陣地は終戦の直前に神君国軍により完全に解体されたため、全ての真相が明らかになることは決してない。
『一夜にして消えた巨大要塞・マンダーラの謎』 終
ササガニ宇宙戦闘機の奇襲作戦が成功したのはマンダーラ迎撃陣地が宇宙戦闘機を迎撃する能力に欠けていたから、という設定が一応あります。大型の降下強襲艦から首都を守るのが目的だったと思ってください。
技術差にもよるのでしょうが大気圏外の敵を地上から迎撃するのは大変そうに思いました。