『防宙潜水艦ヴァルダナ』『宇宙船改造航空母艦ウミサチヤマ』
第6回です。
北極上空軌道での戦いまでに各地で様々な戦闘が行われたがなかでも珍しいのが『地蔵岩沖海戦』である。
人類が宇宙に進出してからというもの海戦はほとんどに起きなかった。軍艦であれ民間船であれ軌道上からのミサイル攻撃に抵抗することは困難であり海軍の整備は割に合わなかったのである。しかしワビサビ民主国では惑星統一の際に海軍が重要な役割を果たした歴史からヒエイーザの租借港においても小規模な水上戦力を配備していた。そして、それとは関係なく神君国でも海上戦力が整備されていたのである。
惑星ヒエイーザ3の赤道近くにあるトオウミ島と名付けられた環礁、それが民主国海軍ヒエイーザ3艦隊の拠点であった。軌道エレベータからも神君国本土からも遠く離れた島であり、租借時の協定によって長距離ミサイルなどの戦略兵器の持ち込みも禁じられていたことからレセップス作戦の際も攻撃対象にされず開戦から数週間両国から忘れられていた。そして戦況が落ち着いたところで神君国は軌道エレベータ制圧に用いられた部隊をトオウミ島攻略に向けようとしたのだが無理だった。宇宙艦艇の数で勝る民主国がトオウミ島上空軌道の制宙優勢を維持していたためである。神君国は本土と軌道エレベータ、そしてそれを結ぶ水上航路の上空の制宙優勢を守るのに大忙しだった。せめて港湾施設だけでも破壊したいが長距離ミサイルも制宙優勢を得られぬままでは効果は薄い。そこで比較的余裕のあった海軍の潜水艦を使用することになったのだ。
防宙潜水艦ヴァルダナは典型的な防宙潜水艦で開戦からしばらくは上空40000㎞まで届く対宙ミサイルの移動発射台として本土防宙の補助を行なっていた。だが3回行われた実戦でのミサイル発射は全て迎撃され失敗。ミサイルの補充のために寄港したところトオウミ島攻撃を命じられ巡航ミサイルを装備して出撃した。
これを迎え撃ったのが哨戒作戦中の航空母艦ウミサチヤマ。ヒエイーザ3に造船所を作るほどの余裕がなかった民主国海軍が旧式大気圏内外往還輸送艦トユ8を現地改造したのが本艦である。とはいえ租借時の協定によって大型攻撃機の搭載が禁じられており、4機の垂直離着陸機が搭載されているだけだった。
ウミサチヤマの艦載機が引き潮の時だけ海面に現れる島・地蔵岩の近くで潜水艦を発見したのは夕方のことだった。対水上部隊の訓練に乏しいヴァルダナは完全に油断しており水面で空気の入れ替えをしていた。しかし、ウミサチヤマ艦載機の方も哨戒距離を伸ばすために武装を外すというミスを犯しており、この時は何事もなく終わった。この件に関しては後に軍法会議が開かれる騒ぎになったが、そもそも武装を外すという無理をしていなければヴァルダナを発見すること自体が不可能であっただろうということで不問とされた。その判断が正しかったかどうかについては今なお議論されているが、ともかく要請を受けて武装した別の艦載機が地蔵岩近海に到着したときにはヴァルダナはすでに潜行しており、トオウミ島の艦隊司令部はミサイル攻撃に備えざるを得なくなった。
だが翌朝、今度はウミサチヤマの艦載ソナーが潜水艦のものと思われる反応を捉えた。まったく運の悪いことにヴァルダナは知らぬ間にウミサチヤマに接近し過ぎてしまったのである。ウミサチヤマは哨戒中の2機を呼び戻したうえ、予備機までフルに展開してヴァルダナを攻撃した。これもまた『状況の変化に備えて予備機を確保せよ』との民主国海軍の軍規に背いていたので問題になったが艦長が「ちょっとタイミングが合わなかっただけだ」と言い張ったため不問とされた。しかし、そんな決断の末に行われた猛攻にも関わらずヴァルダナは沈まなかった。深く潜ることで攻撃を避けたのである。
だが、ヴァルダナもまた決断を迫られていた。トオウミ島へはまだ遠いというのに早くも攻撃を受けている。しかも敵の空母は事前情報より艦載機が多いらしい(ヴァルダナ艦長はウミサチヤマの艦載機を予備機含めて8機と推測していた)。作戦を中止して帰還するべきではないか。命令書には曖昧な指示しか書かれておらず非常に悩んだと艦長は後に語っている。これは神君国の惑星統一が陸軍主導で行われ、海軍はほとんど実戦経験を持たなかったために起きた問題であった。
最終的にヴァルダナは巡航ミサイルをウミサチヤマに対して発射し、一目散に逃走した。ウミサチヤマはといえば全機甲板にて発進準備中という無防備な状態で絶体絶命のピンチとなったが、巡航ミサイルが対地攻撃用であったため1発も命中せず事なきを得た。さすがにこの件は非難され、ウミサチヤマ艦長は減給された。この程度で済んでしまったのは海軍が予算獲得のために艦長を英雄に祭り上げたかったためと言われている。良識ある人々はこの腐敗に怒り、戦後の海軍は改革により航空宇宙軍水上部隊として再編された。しかし当のウミサチヤマ艦長はさっさと引退して年金暮らしを楽しんだそうである。
そしてヴァルダナの方はというと作戦の失敗は特に非難されず、再び当たらないミサイルを宇宙に向けて撃つ任務に戻った。ヴァルダナはこの戦争の期間中ついに1発の命中弾も出せず、また1発の被弾もしなかった。しかし、今なお少なくない全銀河の海軍好きからはある意味での幸運艦として愛され、語られ続けている。戦争という狂気の中で殺さず殺されず、それでいて軍艦としての義務を果たせたことほどの幸運はないのである。
『ヒエイーザの海・知られざる戦火』 終
追記・神君国海軍の防宙水上艦はほとんど戦果を挙げられなかったが、その存在は民主国宇宙艦隊の使用軌道の決定に大きな影響を与えたと言われている。ある民主国の宇宙艦隊参謀は『最大の脅威はアルパカ級でもマンダーラ迎撃陣地でもなく、神出鬼没の防宙潜水艦だった』とまで語っている。今なお海軍が人類文明において歴史上の存在となっていないのにはそれなりの理由があるのである。
海戦の知識が第二次大戦で止まっているままで書いたのでかなり変な話になった気がします。星系間戦争の時代にお飾りでない海軍を存在させてみたいという気持ちを感じてもらえたなら幸いです。