『蜘蛛型宇宙戦闘機ササガニ』
第5回です。
レセップス作戦によっていくつかの拠点を失った民主国であったがその艦隊はほとんど無傷だった。そのためレインボーミサイル搭載艦がまだ本国にいたにもかかわらず現地の艦隊司令官は攻勢にでることを決断した。神君国のアルパカ級は各地に分散しており、限定攻勢であれば従来のサザレ級を用いた攻勢でも成功する見込みがあったのだ。大胆にも目標は神君国首都上空に浮かぶ軍事コロニー『ネオ・ナガシマ』である。
開戦前に策定された『プランR』によると当時の民主国軍はヒエイーザ戦争が単純な艦隊決戦では終わらないと理解していたようだ。それは神君国側も同じであったらしく、『プランR』は『レセップス作戦』とよく似ていた。すなわち、敵にとって重要な基地を速やかに制圧することで艦隊決戦を未然に防ぎ敵の戦意を挫くという思想に基づいている。軌道エレベータ3号塔のハシダテやビシャモン基地の防宙陣地を無力化する手段を神君国が研究していたように、民主国もネオ・ナガシマを攻略する秘密兵器を有していた。それが『蜘蛛型宇宙戦闘機ササガニ』である。
宇宙戦闘機は非常に高価な兵器だ。開発にも搭乗員の育成にも莫大な費用がかかる。だから通常は大気圏内用の戦闘機の設計を流用することでコストを抑える。しかし技術力で列強に劣る民主国はあえて宇宙専用機の開発に着手し、列強に追いつこうとした。そしてたどり着いた答えが蜘蛛型である。
ササガニは同時代の他国宇宙戦闘機とは似ても似つかない形状をしている。球形の本体から8本のアームが伸び、その先端に推進器が搭載されているのだ。これにより従来の宇宙戦闘機にはできなかった複雑な姿勢制御を可能とし、軍事コロニーの弾幕をかいくぐってのミサイル攻撃を実行できる見込みだった。しかし、民主国は工業小国である。そう何でも上手くいくはずがなかった。
蜘蛛型宇宙戦闘機がなぜ他国で配備されなかったかといえば、ステルス性能で劣ることに加え惑星軌道上での制御が困難で当時のコンピュータでは性能を活かしきれなかったからである。『ネオ・ナガシマ空襲』でもこの問題が発生した。母艦仕様のサザレ級から発進したササガニ部隊は編隊を組むことすらままならず、惑星重力の影響を受けてふらつき、作戦に参加した26機のうち18機が未帰還となる大損害を受けた。通常の宇宙戦闘機であれば単純に速度を活かした一撃離脱を行うことで被害を抑えられただろう。しかし、それでは歴史的大戦果もまたなかったかもしれない。
結論を述べる。ネオ・ナガシマ空襲は民主国の勝利に終わった。コンピュータの性能不足を手動操作と気合と強運で補った2機のササガニがコロニー中枢を狙撃することに成功したのである。これは神君国宇宙艦隊の大規模作戦を数ヶ月にわたり阻害したのみならず、列強の宇宙戦闘機開発にも影響を及ぼした。後の列強大戦で使用される星型宇宙戦闘機の多くはササガニなくしては生まれ得なかっただろう。もちろん、それらの星型宇宙戦闘機にはそれにふさわしい高性能コンピュータとレーダー妨害装置が搭載されていたが。
それはともかく、両国がお互いの拠点に被害を与えたことで数ヶ月にわたるにらみ合いと小競り合いが続くことになった。次に大きな戦いが行われたのは翌年の人類共通月4月、ヒエイーザ3北極上空軌道においてである。
『蛮勇の技術史・宇宙専用機の起源』 終
やはり宇宙戦闘機は柔軟な発想のもとに設計された奇妙な形をしていてほしいと思うのです。でも、空力学に縛られない宇宙の方がむしろ予算やら先入観やらの影響で飛行機の延長にある機体になってしまうのかもしれません。