Do unto others as you would have them do unto you.
え――間もなく――第9話――第9話に参ります――。
お荷物を忘れず、また足元に荷物を置かないようお願い致します。
それでは――第9話へと出発致します――。
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神というものを想像すると、人は完全さや美しさと言った人間には無いものを求める。
しかし、残念なことに神とはそういうものではなかった。
人間が創ったものなのだから、人間に親い(ちかしい)モノであるのが当たり前だというのに。
人はまだそれを知ろうとはしない。
「久遠十楽。」
先生に名を呼ばれる。
私は少し間を置いて返事をした。
――いや、呆けていたので返事をするのに時間がかかっただけなのだが。
(もう今日で終わりか。)
「この世界にいるのも…。」
「何言ってんだ?お前」
思わず思っていたことをこぼしてしまったら、それを聞いて反応する者が目の前にいた。
朝のHRも終わってしまっていたらしい。
窓際の席で外を眺めていたので、全く気がつかなかった。
「この世界にいるのもって、まるでどっか次元の違う人間が言う言葉だな。もしかして、二次元に現実逃避してた?」
そいつは質問攻めしてきた。
私は内心焦る。
「…違うけど、何。」
だが表面上は冷たくあしらう。
これだから人間と言うものはめんどくさい。
「いやぁ、なんだか物思いにふけっていらっしゃるなぁと思いましてー」
そいつはニヤニヤと不敵な笑みを蓄える。
人間は煩わしいものだが、こいつはとっておきに面倒くさい存在だ。
「自分で言うのもあれだけど、無愛想で奇怪な私なんかに話しかけて、何がいい?」
自分でも解ってる。
私はこの世界では異様な存在。
居てはいけない存在。
本当だったら、こんなやつに話し掛けられることさえもあり得ない。
だって、私はー…。
「久遠ってネガティブなんだな。」
「は?」
質問した答えにならない応えをしてきて、驚き呆れた。
「いやー、確かに久遠は変なやつだし、近寄りがたいって言うか?そんなオーラを出してる感じはするけど、案外そうゆー奇妙なやつは面白そうって言うか?興味があるんだよねぇ~、俺。」
(意味がわからん。)
ともかく、やはり面倒なやつだということは、はっきりわかった。
「てか、久遠って偉そうなイメージがあったけど、自分ではネガティブに思ってんだな。自分の事。」
(色々、応えるタイミング間違ってるぞ、こいつ。)
「見かけ倒しで悪かったな。興味本意でも私にとっては迷惑だから、もう話しかけないで。」
席を立って教室を出ようとする。次はここから遠い教室への移動なので、早めに行かなければ。
こいつとは取っている教科が違うので、離れられる。
正直こいつから逃げれられれば何でもいい。
その思いで教室を出ようとした。
その時
「そのネガティブなの何とかした方が俺はいいと思うぜ。」
あいつは大きく叫んだ。ニシシとはにかんで。
周りの生徒はびっくりして私とあいつの両方を見比べている。
振り向いた私は多分、凄まじい不快な表情を浮かべていただろう。
私を見る周りの目はひきつった表情をしている。
そんな中でお約束通り私は同じく大声で叫び返した。
「余計なお世話!」
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久遠十楽――変なやつだ。
だけど、面白い。
不思議なやつ程、俺は興味を持ちやすいんだ。
え?お前誰だって?
ああ、悪ぃな。自己紹介が遅れた。
俺は笹井篤司。
まぁ、そこらにいる普通の男子高校生さ。
そんな俺の最近の楽しみは、久遠十楽その人だ。
あ、別に恋愛的な意味じゃないぜ?
何か変わってる奴だから、面白半分で遊んでるだけさ。
え?悪趣味だって?
別にいいさ、悪趣味でも。
それが俺の今のイキガイなんだから。
何故、久遠十楽に興味があるかというと、ちょっと引っ掛かる事があんだよ。
あいつ、全く笑わないし、極力他人と接触しないみたいだし、何か変なんだけど……何でそんな風なんだろうかって思うんだ。
後、不思議と誰かを重ねてしまうんだ。
それが誰かは判らないんだ。
久遠とは高校入って初めて同じクラスになった筈なのに、ずっと前から知り合いだったような、いや久遠十楽とはまた別の違う似た誰かと会ったことがある気がするんだ。
だけど、それが何なのか全く判らないんだ。
気のせいなのだろうか。
デジャブってやつ?
そんなことはどうでもいいけど、この胸のざわめきがどうしても押さえきれなくて、俺はあいつに話し掛けてる。
それが何時か判るときは来るのだろうか―――。
*******************
私はこの世界に居てはいけない。
居るべきなのは他でもないあの子。
今は少しだけあの子の代わりにこの世界に居れる、ただそれだけ。
でも、名残惜しいのは人間の悲しい性なのかな。
いけない、いけない。
こんなにも心を持ってしまうと、戻れなくなる。
………でも、本当はもっと居たかったし生きたかったよ――――。
仕様が無いんだけどね、全ては神様が決めた運命。
私が決めたこと。
だから、後悔なんて残らないように人との接触は極力避けて来たんだけど―…
アイツは最後まで絡んで来るんだ。
私の事なんて何も知らずに、厄介な奴だ。
最後の学校、HRが終わって直ぐに私は教室を出て靴箱へ真っ直ぐ向かい、靴を履き替えて颯爽と校門を跨ごうとした。
しかし、それを制する者が現れた。
「おい、久遠。」
今朝聞いたあの声。
嫌に耳の奥へと通り、鳴り響く。
嫌々しく振り返ると、やはり脳裏に浮かんでいた通りの顔のアイツが居た。
笹井篤司―――うちのクラスで一番人気な奴だ。
「なぁ、ちょっと話そうぜ?」
「君と何を話す事があるのか、心当たりが無いんだけど。」
私は何時もの冷淡な口調で軽く返した。
「いや、ちょっとだけだからさ、あ、別にカツアゲとか告白とかじゃないから!」
何を言っているんだか。もしそうじゃなくても、そんな風に言われると逆に怪しい。
「……君は、何故そんなにも私に構う?」
私は学校の敷地から出て歩みを進める。
笹井もそれに続いて歩き始めた。
「何故って――…それは俺も知りたいよ。いや、それを知りたいから久遠と話がしたいんだ。」
学校沿いの道路で、私たちはピタリと足を止めた。
一番乗りで校門を出たので、始めは誰にも見られていなかったが、後ろから段々と下校者がやって来て、立ち止まっている私たちを眺める野次馬が増えてくる。
「それはどういう意味なんだ?……仕方がないから、聞くだけ聞こう。」
周りの視線が気になり、私は急ぎ足で別の場所へと向かった。
向こうも察したのか、少し距離を置いて付いてくる。
「俺さ、久遠に会ったことがある気がするんだ。いや、久遠じゃないかも知れない、でもそっくりな人を知っている気がするんだよ。でもそれがわからなくて、もやもやすんだよ。」
私はそれを聞いて納得した。
ああ、そうかこいつはよく人を見ているんだな。
そして、忘れてはいても血では何かを感じ取っているんだな。
私は悟った。
最後にこいつになら、何かを残してみてもいいものだ、と。
黙ったまま、無表情のまま私は歩む速度を緩めず、後ろからついてくる笹井に返した。
「それは、確かに間違いじゃないかもな。私はその理由を知っている。」
「え」
笹井の口から間抜けた声が溢れたが、気にも止めず私はずんずん前を行く
段々と見慣れた道に辿り着いていく。
馴染みのある場所へと近づいてく。
私はある一軒家の前で立ち止まって、笹井の方へ向き直った。
あいつは少し驚いた顔をして、私を見詰め返す。
「ここは私の家だ。両親と妹と三人暮らし。」
家を見上げてそう説明する。
それを聞いて笹井は何を言ってんだ?と薄く笑った。
「三人暮らしじゃないだろ。お前を含めたら四人暮らしだろ?」
私はそれに対し「いいや」と否定をする。
「以前は……そうだったかもしれない。だけど今は違う、本当は。」
下を俯きながら、私はゆっくりと瞼を閉じる。
瞼の裏に見える記憶。
あの子の思い―――。
「それは……一体どういう意味だ?」
さっきまで笑っていた顔を真剣に変えて、笹井はこちらの様子を伺っていた。
私は再び瞼を開けて、あいつの顔を見た。
「今から話すことは、お伽噺だと思って聞き流していい。―――ある家に、双子の姉妹が生まれた――…」
…――双子の姉妹はそれはもうそっくりだった。
両親はどちらの子どもも凄く可愛がった。
溺愛していた。
ある時、まだ物心もつかない幼いうちに、双子のうちの姉の方が事故で亡くなった。
両親は嘆き哀しんだ。
特に母親の方は心を病んで仕舞うほど、途方に暮れていた。
残された妹は姉の記憶は全く無かったが、姉にそっくりな自分の言動を見てまた嘆く母親から徐々にその存在を察知していった。
自分を見る度に咽び嘆く母親に、妹は淋しさを感じた。
自分は生きる価値が在るのだろうか、と。
母をただ悲しませるだけの存在なら、居ない方がいいのではないか、と――…。
日々の中で生きる価値を見失った妹は、病を患った。
重症化すれば、取り返しのつかない大病だった。
それに最初に気づいた妹は、何も明かさなかった。
両親にも、教師にも、友人にも、誰一人。
謎めいた性格だったのもあり、余り人とは深い関係を築いて無かった彼女は、孤独だった。
友人がいるとしても、どんなに楽しい時でも、心にはぽっかり穴が空いていた。
友人には自分よりもっと仲の良い人が居て、自分は友人にとっては特別な存在ではない。
両親も残った自分より、早くに亡くなった双子の姉の方が良いのだ。
誰にとっても特別な存在ではない、とそんなことを思っていたからだ。
やがて、病魔は彼女の身体を蝕んで覆い尽くしていった。
彼女はそれでいい、と死を望んでいた。
そして、空気も凍る寒い冬にベッドで静かに息を引き取ってしまった――…。
「……それで、その子と久遠が――…何か関係あるのか?」
話終えて黙った私に笹井が問うた。
「その妹は、私の妹。……ホント、馬鹿な子。」
背中を向けて空を仰ぐ。
「信じられないなら信じなくても良いけど、私は死んだあの子の姉。久遠十楽――…いや、本当は天井の天で天。この世とあの世を結ぶ場所を仕切っている、カミサマだよ。」
私は振り返って笹井に微笑み掛ける。
「まだまだ出来損ないのカミサマだけどね。」
私は自らの頭を軽く撫でていく。
すると、茶色っぽい元々色素の薄い髪の色が白く漂白されていく。
その姿を見て、笹井は目を丸くして言った。
「久遠……お前…」
「全く、この世界に何の未練も作らないつもりだったのに……君にだけは敵わないね。……どうか、妹を宜しくね。」
私はピューイと指を噛んで指笛を吹き、あるものを呼んだ。
すると、空から白い鹿が舞い降りて来た。
私はその鹿の頭を撫でると、背に跨がり「行こうか」と声を掛ける。
笹井はあっけらかんとしていたが、はっと我に帰って私を止めようとする。
「おい、待てよ!まだ居てもいいんじゃないか?お前も生きたいんだろ!?本当は…」
私はすかさず魔法を使い、彼の口を閉ざした。
「もう、それ以上は言わなくていい。仕方ないんだ、これは私が決めたこと。そして運命は必然的で変えることは出来ない、許されない。それに、あの子が待っている。行かないと………さよなら。」
白鹿は走り始めた。
白鹿の蹄は宙を掴み、空を掛ける。
不意に私の頬に雨が一滴流れた。
「また会う日まで……ありがとう。」
久遠十楽―――いや天は、天へと消えていった。
*******************
「……っ!」
「どうしたの、メル?」
何時もとは様子が可笑しいメルを見て、ルアーが駆け寄って話し掛ける。
メルは胸を押さえて屈み込んでしまっていた。
「ホントに大丈夫?メル?」
息が荒くなるメルをルアーが心配そうに覗き込む。
「……はぁ、はっ…だ…だいじょ、ぶ……多分、刻が…近いんだわ…」
メルは電車の窓から見える、移り変わる景色を眺めた。
白い霧の中で見えにくいが、メルには見えていた。
向こう側の世界が―…。
「あの子が帰って来る―…」
電車は走ってゆく。
永遠に続くレールに乗って。
少女と猫の行く末はもうすぐやって来る―…。
――――第9話END――――
ご乗車ありがとうございました。
それではお気をつけてお帰り下さいませ。
次で最終線となります――。
皆様、どうか乗り遅れの無いようお気をつけ下さいませ。