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The eternal train  作者: 齋藤翡翠
8/10

Out of sight,out of mind.

次は――第8話―第8話でございます――。


お間違えの無いよう、お気をつけ下さいませ――。



では、発車――致します――。


変なこと、可笑しなこと。それらは馬鹿馬鹿しいことでも、無くしたときに気づく。かけがえのない大切なものだということにーーー。




真っ暗闇の中、ただ一つだけ幽かな光が射したのを感じる。


ーあぁ、千鶴さんが迎えに来たのか…。


私は光に向かって手を伸ばす。


ぼんやりとだが、彼女が光の中に見える。


今までは写真でしか見れなかった優しいその微笑みが、何十年ぶりに見れたことだろうか。

彼女は私に手を伸ばす。


私も微笑みながら彼女の手を取ろうとした。


だが彼女は淡く消え、光をよく見ると、部屋の窓から漏れた朝日だと気づく。


「今日も生きてしまったか。」

うまく動かなくなった体を起こしながら、はぁ、と溜め息をこぼす。


この年になると、生きるのが苦痛になる。

特に生涯の伴侶に先立たれると余計にそう感じる。


長生きはするもんじゃないと最近思う。


退職して老年期シニアになれば、趣味に没頭すればよいものの、それも尽きてしまえば人生にやりがいを感じなくなってしまう。


しかし、彼女がいなくなってしまうまでは、そんなことはなかったのだ。


「あぁ、千鶴さん。もう迎えに来てくれたっていいんじゃないのかい?」


病気で二十八で亡くなった妻は、とても心優しい女性だった。



頑固な爺さんの私が言うのもアレだが、それはそれは愛らしい女性(ひと)だった。



彼女は自分の余命が無いことを知って、私に新しい伴侶を()取るべきだと言ったが、私はそんな気更々な程彼女に惚れ込んでいた。


勿論再婚はせず、今も一人で生活している。


だけど、やはり寂しさは痺れるように犇々(ひしひし)と流れる。



毎日毎日、眠る時に「次に目覚める時は彼女の居る天国に―…」と願う。


だが人間年を取れど、中々死ねない。


もどかしい日々が続く。


何時だったか、ふと幼き日に私の担任の先生が語った話を思い出す。



『先生はね、亡くなるなら自分の好物のメロンを食べて、眠ってたらポックリ逝ってた、っていうのがいいな。と思うんだよ』


小学生の自分達にそんな縁起でもない話をした先生の事を少し笑ってしまうが、確かにそれは良い死に方だ。


事故や病気で亡くなるよりはより良い。


何時しかそんな死に方を望むようになっていた。



つまらない日々に嫌気が差して、二度目を閉じる。


所謂二度寝。


身体も怠いので、起こすのが面倒に思ってまた眠りにつく。



すると、可笑しな夢が見えてきた。



「――ここは……。」


瞼を上げると、そこは真っ白な駅のプラットホーム。


はて、私は眠る前はこんな所には居なかったぞ。と不思議に思っていると、目の前にある線路を伝って電車が車輪を走らせる音が響いてきた。


やがて、音の根源である電車がやって来る。


青と白のツートンカラーの電車。


目の前に停車すると、直ぐに入り口の扉が開く。


ああ、これはきっと夢なのだ。夢ならば少し旅に出ても良いじゃないか。


そんなことを思って、その電車に乗り込む。


私が乗り込むと、それを察知したように軋む音を立てて扉は閉まった。


車両には沢山の人が乗っていた。

ただ気になることに、皆うっすらと透けていた。


私の頭は中々の夢を見させてくれている。


結構リアルだ。



座る席は無いだろうか、と辺りを見渡す。


すると、一人に目が行く。


他の透明な人達とは違い、はっきりとした輪郭を持っている人物。



黒髪の少女。


白い肌に華奢な四肢。


白いワンピースに青い襟とくびれのリボン。


その姿はまるで、お(そら)に遣う幻想の存在を思わせる。


「君は、天使(あまつか)いさんかい?」


ゆっくりおぼつかない足取りで近づき話し掛けると、少女は静かに此方を向いて答えた。


「いいえ、私はそんな尊い存在ではないわ。似たようなものだけど、貴方たちを導くこの電車の管理人。」


「そうかい。この電車は面白いものだ。いや、この夢が中々面白いのかもしれない。」


私が我ながら可笑くなって笑っていると、少女は悲しそうな声色で私に告げる。


「まだ、この場所が何なのか気づいていないのですね。これは夢ではありませんよ。」


少女は悲しい声色で話すのに、顔の表情はピクリとも動かず真顔のままだった。


「それはどういう……?」


「この電車は生界と死界を結ぶ交通機関。此方と彼方の世界どちらかにしか行けない。今は彼方の世界へ進んでいるの。」


まさかのこれは夢ではないのか。


ではこのまま行けば、彼女に逢えるのでは……。


「貴方は風邪を(こじ)らせたようですね。でも、戻ろうと思えば戻れる…」


少女は生界へと戻ることを勧めようとした。


だが、私はそんなことを望んでいない。


「もう待つのは嫌なんだ!早く彼女に逢いたい!」


私は必死で訴えた。

これで良いのだ。これが私の願いだったのだから。


『終点――終点です――、お降りの際は足元にお気をつけて――…』


ふと、電車のアナウンスが鳴る。


「でも、貴方はまだ生きれるのですよ?此方の世界に悔いは無いのですか?」


少女は念押しするように、厳しく問う。


「いいんだ……もう、私は十分生きた…。」


どこもかしこもガタがきた身体、疲れた精神(こころ)を癒してくれるのは彼女の存在だけだ。


「お願いだ、もう休ませてくれ!」




「もう少し生きていて欲しかったのだけれど……しょうがないわね。よく頑張ったわ、あなた。」


背中で優しい綺麗な声が聞こえた。


恐る恐る振り向くと、長い間逢いたがっていた彼女が居た。


「千鶴……本当に千鶴さんなのか?」



「他に誰だって思うの?」


彼女は可笑しそうに笑って返す。


近づいてよく見てみる。

亡くなったあの頃と一つも変わっていない。彼女だった。


「ホント、あなたは寂しがり屋で素直じゃないんだから。」


「寂しがり屋で何が悪い。人間とはそういう生き物だろう。」


「……まあ、偏屈な人。」


ふふふ、と含み笑いをする彼女はあの頃と何も変わってない。


「良いのか、私で。」


「何が?」


「いや、その……もうこんなにヨボヨボの爺さんになってしまって、若い姿の君とは釣り合わないと思ってだな…」


彼女は一瞬目を丸くして、プッと吹き出したかと思うと腹を抱えて笑い出した。



「な、何が可笑しい!」


「はぁー、だってそんなこと気にしているあなたは変ですもの。そんな風な人に見えないから余計、ふふふ、可笑しくって。」

笑い泣きして出てきた涙を指先で拭いながら、彼女は少しづつ笑いを収めていく。


「でも、大丈夫ですよ。私はあなたと出逢った時から、どんな姿になってもあなたに着いていくと決めていたんですから。」


彼女は嫁いで来た時のような真剣な顔で、私に言った。


「それに今も十分カッコいいですよ?」と彼女が付け加えると、私の姿はみるみる昔の若かりし頃に変わった。



「いきましょうか。」


彼女の手を取り、光の中へと吸い込まれていく。



『ご利用、ありがとうございました』



背後からあの少女の声が聞こえた。


「ありがとう。」


涙を流しながら、私は微笑んだ。




白い光は一層目映く、二人を包んだ。



*******************

「いっちゃったね。」


「……ええ。」



メルとルアーは、終点のあの世の入り口を少し眺めた。



「この先がどんな場所かは僕らにはわからないけれど、きっといい場所なんだろうねぇ。」


白い光を見つめながらルアーが言った。


「そうね、此方の世界では『カンテラの街』って言われている場所だそうよ。」


「メルはよく知っているね。行ったことあるの?」


ルアーの頓珍漢な物言いに、メルは呆れて返す。


「行っているならこんな所には居ないわ。でももうじきどちらにいくのか分かるかもしれないわね。」


何処か遠くを見つめてメルが言った。


「そうなの?じゃあ、メルはどっちにいきたい?」


ルアーの質問に「さぁ、どちらでも」と適当なことを述べてメルは静かにルアーの頭を撫でた。



「ルアー、そろそろ発車させないと。」


「うん、わかったよ。」



そして、また電車は走り出す。


永遠に続く輪廻は留まらない。

世界に命在る限り―――。



――――第8話END――――

ご乗車ありがとうございました。


出口は彼方にごさいます。

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