Constant dripping wears away the stone.
次に――第7話――第7話が参ります。
お乗りの際は、足元に気をつけて――、
駆け込み乗車はなさらないようにお願い致します。
間もなく――第7話、発車――致します。
違いがあるから人は比べる。競う。争う。みんな違うのに何故に完璧さを求めるのか。そんな結果は誰も望んでないのにーーー。
「ああ、駄目。これも駄目。これもこれもこれもこれも!」
女性は頭を抱えて、目の前にある絵に持っていた筆で大きくバツを描いた。
「こんなんじゃ、全然駄目!」
遂に女性はビリリと音を立てて帆布を破いた。
「はぁ…はぁ…」
荒く肩で息をする。
彼女の名は松尾榛架。芸術家だ。
大学時代に中々の功績を残し、芸術家新人賞でトップを取ったルーキーとして少し前までは注目を浴びていた。
そう少し前までは―――。
しかし、それも栄枯盛衰。素晴らしい作品を作り続けなければ、あっという間に地に落ちる。
彼女が新人賞を受賞してから、早五年の月日が過ぎようとしていた。
*******************
「もう……何なのよ………芸術、芸術って…!」
美しいモノを創造し描く、それをずっと繰り返してきた筈なのに、それがもう何なのか分からなくなった。
何度描いても描いても描いても、美しくなろうとするそれは歪んで汚くなっていく。
いや、実際にそうなっているのかは定かではないが、私にはそう見えるのだ。
止めてしまおうか、この職業を。
生活を。
人生を―――。
「はっ!」
何て夢を見ていたんだろう。
成功者の私が挫折して命を投げようだなんて。
ああ、そうよ。あれは全部夢だったんだ。
だって此処には私の沢山の成功を記した賞状が―……。
「…無い。」
私は幻想の賞状やトロフィーに手を伸ばしたが、それは消えて地に手をついた。
「此処……何処よ?」
私が居た場所は真っ白な駅のプラットホーム。
目の前に線路があるが、他は何もない。
家も店も人も、一つも見当たらない。
ただ白い地と青い空の平行線が広がっている。
唖然として、私はその場に座り込んでいた。
ガタンガタン―――…。
遠くから電車の走る音が聞こえてきた。
キィィイイイッ――ふしゅ――…。
機械音と蒸気音を立てながら、やって来た電車は私の目の前に停車した。
青と白のツートンカラーの電車。まるで、この世界の情景のような。
電車の扉は私を招くように開いた。
何だろう、この中に入れば懐かしい何かが待っているような……。
そんな気がして、私は迷わず即座に電車に乗った。
中に入ると扉は待っていたかの如く、直ぐに閉まった。
中には誰も乗っていなかった。
「誰も…居ない」
向こうの車両には居るだろうか?そう思って、隣の車両へと続く扉に手を掛ける。
と、それより先に扉がガラッと開いた。
「わっ!」
そこには黒髪の少女が居た。
肌の色は白く、大きな黒い瞳。
そして、彼女はこの電車をモチーフにしているような、青いリボンを腰に付けた白いワンピースに身を包んでいる。
「あ、あの、ごめんなさい。気づかなくて……。」
ジッと私を見つめて立っている少女に、私は慌てて謝った。
「いいえ、こちらこそ。」
少女は全く動じずに、私の横脇を通り過ぎていき、車両の真ん中の席に静かに座った。
私は隣に移動しようとした足を止め、少女に近づいた。
「あの、この電車は何処に向かうの?」
少女は静かにこちらを向き、囁くように答えた。
「貴女の望む、還るべき場所。」
少女の瞳には光が灯っていなかった。
可笑しなことを言う。
「かえるべき場所」って…一体何処なんだ。それに答えになっていない。
「あなた、何言ってるの?」
怪訝な顔をして私は訊き返すが、少女は黙ってそっぽを向いてしまった。
「着いたみたいね…。」
「え…?」
電車の窓の向こう側を見てそう言う少女に、私もその方向に目を向ける。
電車はゆっくりと停まっていく。
何処かの駅、少し太陽の日射しが明るく眩しい所だった。
そこに一つの人影が立っていた。
「あれは……誰?」
よくよく、目を凝らしてみる。
太陽の光のプリズムで少し視界が霞む。
扉の方に近づいて見る。
そこに佇む一人の男性。
見たことのある面差し。
「おと、う…さん?」
その人は紛れもなく、幼い頃に亡くなった父だった。
「っ!……お父さん。」
扉が開いて、私は彼に近寄る。
優しい笑みを湛えて、彼は私の名を呼んだ。
「榛架。」
広げられた両腕の中に、私は思わず飛び付いた。
「ごめんなさいっ……お父さんっ、お父さん!」
嗚咽が止まらない。
「大きくなったなあ、榛架。」
父は抱き締め返して、温かな大きな手で私の頭を撫でる。
「忘れてた…すっかり、お父さんのこと。」
――父は十五年前に亡くなった。
母は私が小さい頃に既に居なかった。
父から訊いたことには、病気で亡くなったらしい。
それからずっと男手一つで、私を育ててきてくれた。
だけど、父も工場の仕事場で事故に遭い、亡くなってしまった。
それからは、親戚の家に貰われて過ごしていた。
養子と言うだけあって、中々その人たちと打ち解けられず、居心地の狭い思いをした。
昔から絵を描くことが好きだった私は、その実力を発揮し独立した。
だけど直ぐに挫折した。
日々に嫌気が差して、過去の事などすっかり忘れていた。
その事を思い出して、父の胸でずっと泣いていた。
「涙を流したい時は流してもいい。だけど、笑顔が一番だ。」
父は笑っていた。
昔と変わらない笑顔で。
「私、本当に忘れてた……大事なこと……。」
「何だい?」
父は柔らかな微笑みを向けて訊く。
「美しいモノは、作るものじゃない。細やかでも、ほんの一握りでもそこにある幸せが一番美しいんだって――…。」
そうか…。と一瞬淋しそうに呟いて、父は満足そうに笑った。
「気づいたなら、それでいい。ほら、時間だ。行きなさい。」
父は私の肩を掴んで、電車へと導く。
「笑って。」
笑顔のまま、手を振る父。
電車の扉は閉まる。
「お父さぁぁああんっ!!ありがとぉぉおー!!」
私は父に届いたかどうかわからない、感謝の言葉を叫んだ。
そこからは、はっきり記憶がない。
泣き過ぎて忘れてしまった。
また電車が元の場所に戻って、少女が私の背中を押したことだけは覚えてる。
「またのご利用、お待ちしております」
その言葉を呟いて―――。
*******************
気が付くと、目の前は白。
いや、白い天井だった。
白いベッドの上で起きて、病院の先生に色々と説明を受けた。
食事を長い間摂らず、睡眠不足が仇となったようだ。
数日休むと、私は家に戻った。
私はそれからある絵を描いた。
ある人の顔、笑顔。
別に誰かの賞賛を得たいが為に、描いたわけではない。
だが、それを描いている最中に通り掛かった人達に「いいですね」と言われて、「是非、あたしの似顔絵描いて下さい」と懇願され、似顔絵師になるきっかけとなった。
沢山の人の笑顔を今まで描いてきたが、やはり最初に描いた彼の笑顔が最もよく出来たのでは、と自負している。
彼の笑顔は他の誰よりも私にとっては、素晴らしく思える。
「ね、お父さん。」
あの笑顔に話し掛けた。
絵顔は動きはしない。だけど、少し笑い返したように見えた。
その時、部屋の窓からザアッと突風が吹いた。
「うっ!?」
目を細めて見ると、ヒラリと何かが舞う。
それは私の足元に落ちた。
「紙?」
名刺カードのような紙。
何も書かれていないのかと思ったら、拾い上げて裏返すと、一言こう書かれていた。
『最後のご利用、お待ちしております』
*******************
「いいね~、似顔絵。僕も描いて貰いたい!」
黒猫のルアーが羨ましそうに呟いた。
「猫の似顔絵なんか描いてくれるかしら、こんな真っ黒な顔。黒く塗り潰すだけで面白味が無いわ、きっと。」
少女メルは冷たくルアーをあしらう。
「ひっどいなあ!黒にも神秘的な個性があって良いんだいっ!」
プンプンと音が聞こえそうな程、怒ってルアーは言い返した。
「そう言うメルの方が、描いて欲しいんじゃないの?」
嫌な笑みを向けて、ルアーが訊く。
「いいえ、私の顔なんか描いてもらうようなものじゃないわ。ルアーより要らない。」
「そーだね―…メルは笑えないもんね―…。」
ルアーは「あ、しまった。」とついつい溢した言葉を慌てて訂正しようとするが、メルは何も気にしてないようだった。
「大丈夫よ、そんなの気にしてない。ごもっともだし、私には感情が無いのだから――。」
窓越しの景色を遠い目で眺め、メルは黙ってしまった。
「僕は、メルがいつか笑える日が来る時を願ってるよ。」
メルに聞こえるか聞こえないかの微かな声で、ルアーは呟いた。
「………。」
電車はまた走っていく。
永遠に回り続けるレールに乗って。
最後の駅は何処になるのか――少女は未だ知らない。
――――第7話END――――
間が空きすぎました。
すいません。
中々書くのに時間がかかってしまいました(汗)
もう、この話も降板に差し掛かってきまして、「ああ、書いてしまったら、終わってしまうのかぁ」とつくづく寂しさを覚えます。
それでも、書き上げるのが本望。
メルとルアーの正体、そして永遠の電車に乗って来た人々の未来。
それぞれがこの話のエンディングを飾ります。
繋がっていく過去と今、果たしてメルは此方と彼方、それとも狭間のどの世界に居るべきなのか。
そして行くのか。
そろそろ、その話へと入ろうと思います。
では、また次のお話で。