Honesty is the best policy.
間もなく――第6話が発車―致します。
お乗りの際は、足元に気をつけてお乗り下さい。
只今より発車――します。
見えるもの、見えないもの。そんなの誰だって気づいてた。そこにあるようで、無いんだってーーー。
この世界は嘘で出来ている。
俺はそう思う。
勉強をまともにやらず、遊び呆けている奴。
真面目ぶって先生に胡麻擂ってる奴。
苛められるのが怖くて、苛める奴に荷担して苛められてる奴を傍観してる劣弱な奴。
皆皆、下らない。
嘘で成り立っているこの日々は、実に憐れな事だ。
俺は上手くそんな嘘だらけの世界を生きている。
「穂君、凄いね!」
「陣内、ここ教えてくれないか?」
クラスメイトの受け答えに応じ、先生にもそれなりに親しくしている。
勉学は上々、運動も抜群、芸術面もそれなりに出来る。
自分に出来ないことは、余すこと無く出来るように励んだ。
努力の賜物だ。
でも俺は日常に満足していなかった。
どんなに楽しい時でも、俺の心にはポッカリ穴が空いていた。
その穴を埋める物は何一つ無かった。
否、無いことは無いのだ。
だが、それはきっと願っても叶わないことだから。
その無駄な思いに蓋をした。
*******************
「…何処だよ、ここ。」
気がつくと知らない場所に居た。
抽象的に言うと真っ白な空間。
具体的に言うと、真っ白な霧の中にあるこれまた白い駅に俺は居る。
何か違和感を覚えて、俺は駅の外に出た。
そこには想像もし得なかった景色が広がっていた。
無いのだ、何も。
家も店も人も、犬一匹さえも。
ある筈の街並みは全く見当たらない。
霧が深くて見えないのもあるかも知れないが、それでも見える範囲の何処にも何も無いのは可笑しい。
再び駅の方に入る。
「!?」
いつの間にか、フシューと蒸気音を立てて電車が停車していた。
青と白のツートンカラーの電車。
ガタタンと電車の扉が開く。
まるで、俺を待っていたかのようだった。
それに引き寄せられるように、俺は電車に乗った。
わかっている罠に、自ら嵌まりに行ったような気分だった。
俺が乗ったのを悟って、電車の扉は閉まり走り出す。
「あれ……何で俺はこの電車に乗ったんだ…?」
「それは貴方が望んだからよ。」
誰も乗っていなかったと思ったのだが、直ぐ後ろの席に黒髪の少女が座っていた。
独り言ちたつもりが、返事が返ってきたので驚き振り返る。
「!?……君は?」
「私はこの電車の管理人。」
自分とは変わらないくらいだろうか。
でも、少し大人っぽいその少女は静かに答えた。
「今日は分かりやすい人が来たわ。」
「は?分かりやすい?」
訳のわからない事を口にする少女に戸惑いながら、隣の席に座る。
「君は可笑しな事を言うんだね。変わった人だ。『分かりやすい人』なんて初めて言われたよ。」
今までの不思議な出来事を忘れて、少女と話始めた。
「貴方、学生さんね。その学ラン見たことあるわ。確か有名な中学校で、入るのが難しい所。」
興味深そうに俺を見てから少女はそう言った。
「ああ、まあね。それ程凄いことでもないよ。上にはもっと上が居るし。」
自慢することは無い。
そういうのは嫌いだし、したくない。
「ねぇ、その腕の傷は?」
少女は俺の左腕を指差して不思議そうに言った。
不思議そうと言っても、表情は何一つ変わってなかったが。
俺は虚を衝かれて、すかさず包帯を巻いている腕を隠すように右手で押さえた。
「これは……ちょっと怪我してさ…。そんなに深い傷じゃないから大したものじゃないよ。」
冷や汗をひっそりと流しながら、俺はこれ以上言及されないように振る舞った。
「そう……」
聞かれずに済んで、一先ず心の中で胸を撫で下ろす。
一息吐いて、疑問を少女に打ち明けた。
「この電車は何処に向かっているの?」
俺の方を向いていた少女は、正面を見てポソリと呟いた。
「……還るべき場所。」
「かえるべき……場所?」
鸚鵡返しする俺に、少女は続けて話した。
「嘘を吐くべきでは無いわ。他人には勿論だけど、自分自身にもね…。」
電車が突然急停車した。
そして扉が開くことなく、進んでいた方向とは逆向きに走り出した。
「なっ!どうなってんだ!」
『えー只今からぁー、回送致します。』
アナウンスが鳴って、回送の知らせを伝える。
「貴方は気づいているんでしょう?自分がしたこと。覚えているでしょう?自分が何者なのか。」
少女は問い質すようにまた訊いた。
「貴方の名前は?その腕は何をして怪我をしたの?」
「……」
暫く黙っていたが、俺は話始めた。
「俺は陣内穂。この傷は……自分で傷つけた。」
包帯をシュルシュルとほどいていく。
見るに耐えない無数の切り傷の痕が現れる。
自虐行為だ。
「何でこんなことを?」
「もう疲れたんだよ、全てに。嫌気が差したんだ。」
毎日毎日、褒められるように取り繕って両親や大人たちの良いように動いた。
そうすれば、あの世界で上手く生きていられるから。
皆笑ってくれるから。
そう思って、自分が出来ることをやり尽くした。
だけどそれはただの虚栄でしかなかった。
逆に、息が出来ないくらいの不快感を生み出す物でしかなかった。
何時しか隠していた自分が、心の奥底で叫び始めていた。
こんなのは自分では無い、と。
そして生きる実感が湧かなくなった時、俺はカッターを手にしていた。
刃を皮膚に当てて滲み出す赤い液体を見る度、痛みを感じる度に自分が「生きている」という確認をした。
だけど、それだけでは留まらなかった。
俺は思い切り腕を掻っ切った。
そこで記憶はあの白い駅に飛んだ。
それを思い出すと、腕の比較的新しい一番大きな傷から血が溢れだした。
「あ……ああああ!!」
「落ち着いて、それは貴方の記憶が見せている幻像。直ぐに収まる。」
少女は何とも無さそうに教えた。
落ち着いてみると、傷から溢れ出す血は消えた。
鎮まった俺を感知して、少女は話に戻った。
「…そんなに自分を傷つけて、何が良いの?」
「違う、俺を駄目にしたのはあいつらだ。汚い大人たちだ。」
嘘の世界で永遠に仮面を被り続けて、作った笑みを湛えるあいつらは、卑怯で憐れだ。
「大人は時に汚い。確かにそうだわ。だけど本当にそれだけ?」
少女は光の無い瞳で、鋭く俺の心を見透かすように見つめる。
そうだ、彼女の言う通り原因はもっと別の根底にあった。
一番憐れなのは俺だった。
誰かが言う優等生な俺を演じて仮面を被っていたのは、俺自身だった。
本当は羊頭狗肉なのに……誰もそんな俺を認めてくれなかった。
「認めてくれなかったんじゃ無くて、そう決めつけたんじゃないの、貴方が。」
「五月蝿い!俺を責めるな!俺は悪くない、間違ってなんか……」
「『決める』に『つける』は要らない。決断には『諦め』じゃなくて『覚悟』が必要なの。」
少女は否定する俺の言葉を遮って言った。
そして始めから悟っていたかの如く、驚愕の事を口にした。
「貴方、本当は女子なんでしょ?」
俺は目を見開いた。
まさか、バレてるなんて思いもしなかった。
今までずっと隠してきたことを。
「な…んで、分かって……」
「始めに言ったでしょう。"分かりやすい人"だって。」
さらりと沈着に言うので、俺はポカンとするしかなかった。
「貴女は…私を見ているようで嫌になるわ。」
「え?」
「私に似てるから、分かりやすくて焦れったい。」
「俺が……君に?」
この少女がどんな人間かは分からない。
第一印象は真顔で何を考えているか分からない、凄く冷徹な感じだった。
だけど、何だろう。
光の無い瞳にも何か温かみがあるような……何かを知っているような、今はそんな気がする。
そんな少女と俺が似ているだなんて。
「君は……何を知っているの?…本当に……何者なんだ?」
「……」
少女は何も言わなかった。
それは禁忌だと言うように。
「…もうすぐ着くわ、貴女の還るべき場所に。」
聞こえるか聞こえないかくらいの声で、少女は囁いた。
すると、電車は俺が乗った時の駅に停車した。
「きっと、やり直せる。今度は自分を大切に、自分らしく生きればいい。」
少女は俺を扉のところまで押した。
「な、何!?」
思わず後ろに押し返すが、案外少女の力は強くびくともしない。
「……さよならの前に、この傷は消すべきね。」
扉と後十センチというところで、少女は押すのを止め、そっと俺の腕の傷に触れた。
「っ!?」
触れた所がパアッと光ったと思うと、傷痕は綺麗さっぱり消えていた。
「傷が、無い……」
その事に驚異している隙をついて、少女は背中を押した。
「またのご利用、お待ちしております」
「うあ!」
俺の体は電車の扉を通り過ぎた。
「今度は遅くに来てね。」
足元から少年のような声が聞こえた。
あのアナウンスの声が。
そこで記憶は途絶えた。
*******************
次に瞼を開けた時、見えたのは白い天井。
そして、アルコールと薬っぽい独特の匂いが鼻を通る。
「穂?穂!目が覚めたのね!?」
側で母が手を握り話し掛けた。
「母さん……」
「穂!どうしたのよ、貴方。貴方は陣内家の大事な跡取りなんだから、こんな……傷をつけちゃダメよ…って、あら?」
腕にはもう傷痕は無かった。
うっすらとではあるが、よく見ないと分からない程度になっている。
「さっき運ばれた時にはあったのに……お医者様が綺麗に治して下さったのかしら…いや、でも……」
もごもご言う母に、俺は切り出した。
「母さん、お……私、もう男子の振りはやめる。」
「え?……どうしたの、急に。陣内家の跡取りになるには、男子の子じゃないといけないって…貴方分かって言ってるの?」
母は信じられないといった風に首を横に振る。
「何を考えてるか分からないけれど、止めなさい、馬鹿な考えは……」
「母さんには"馬鹿な考え"かも知れないけど、私には今までが苦痛だったんだよ。もう決めたんだ。『自分には嘘を吐かない』って。」
「……」
母は開いた口が塞がらないって顔をして、私を見つめていた。
「跡取りのことは一応考えるから。もう少し私に選択肢をくれないかな。」
暫く難しい顔をして沈黙を放った後、母は観念したように答えた。
「悪かったわ、貴女をここまで追い詰めているとは思ってなかった。跡取りの事なんか本当はどうだっていいの。貴女の意見が第一ですもの。貴女のしたいように、好きにしなさい。」
意外な母の言葉に思わず喉が詰まる。
「……ありがとう。」
「や、やだ。穂、泣いてるの?ほら、拭いて。」
母の手からハンカチを受け取り、溢れる涙を拭った。
その時、ひらりと何かが落ちた。
『最後のご利用、お待ちしております』
それは、小さな名刺程の紙。
いつかまた、あの電車に乗るために必要なもの。
*******************
「メル、あの子女の子だったんだね。何で分かったの?」
ルアーがメルに訊いた。
「……女の勘。」
「何それ、何かカッコいいんですけど。」
ルアーが横目で羨ましそうに言った。
「メルはさ、あの子と自分が似てるって言ってたけど……メルはどんな子だったの?」
「……さあ。」
生返事を返しただけで何も教えないメルに、嫌気が差してふて腐れるルアー。
「どうせ、僕はダメ猫だーい。」
「一つだけ……」
メルが呟いた。
「一つだけ言えるとしたら、つまらない人間だったわ。」
「つまらない、人間……?」
ルアーはこてっと首を傾げる。
「それだけ?」
「それだけよ。」
すると、ルアーは純粋な気持ちでメルにこう言った。
「僕はそんなこと無いと思うけどな―」
「そんなこと言ったって、何も出ないわよ。」
「本心ですので。」
「……そう」と返すメルの目は少し揺れていた。
「それにしても、何時になったら僕たちは還れるのかなぁ。」
ルアーの独り言は宙に舞って消えた。
電車は走り続ける。終わりの無い線路の上を。
果てない願いを乗せて。
――――第6話END――――
ご乗車ありがとうございました。
端的に話がパッパッと書けているので、いい感じ!と自己満足しています。
このお話も大分最後の方に差し掛かってきました。
早く終わらせたい。
もう最後が見えている私的には、早く終わらせたい!
長々とした話なので、読むのが大変だとは思いますが、最後までついてきてくれると幸いです。
では、また次話で!