Live and learn.
久し振りにこのお話に戻って来ました。
何だか同じような事の繰り返しみたいな話だな、と我ながら思いましたが最後まで書き上げたいです。
前書きと後書きはこれから少なめにしようと思います。
どうぞ、私の始まりの作品宜しくお願いします。
只今から五話発車いたします―――。
聴こえない、何もかも。遠くに追いやってしまったからーーー。
「…ん、ここは―…」
気がつくと、見慣れない駅に倒れていた。
何だか変だと思い駅から出て辺りを見ると、そこには何もない。
駅と電車が走るであろう、線路が果てしなく続いて見えるだけだ。
「どこだよここ―…」
見たことない情景に言葉を失う。
(俺は一体何故こんな所に――?)
辺りをどんなに見渡しても、人っ子一人見当たらない。
ガタンガタン――…
暫くすると線路上を伝って、電車が走って来る音がする。
「電車、通ってんのか?」
あまりにも誰も何も無い場所だったので、廃線の駅だと思っていた男は、これぞ救いだと言わんばかりに停車する電車に近づき乗り込んだ。
しかし、中に乗っても人が居ないことには変わりなかった。
(ま、いっか。乗ってるうちに誰か乗ってくるだろ。)
そう思い、男は座席に座り込む。
その時、隣の車両からこちらの車両へと近づく足音が聞こえた。
突然のことに驚いて男は警戒して身構える。
ガラッと音を立てて開かれた扉の向こうには、黒髪の美しい少女が立っていた。
「な…何だ、女の子じゃねーか」
変に警戒していた男は恥ずかしそうにしながら、座り直した。
真っ白な肌とワンピース。
真っ黒な長い髪の少女は男には目もくれず真っ直ぐに進んでいき、まるでそこが自らの定位置の様に少し離れた席に座った。
「なぁ、嬢ちゃん。嬢ちゃんは何処に行くんだい?」
話し掛けられてやっと男の存在に気づいたかの如く、少女は少し辺りを見回してから静かに応えた。
「……何処にも。」
妙なことを言うので、男は変に思った。
家出少女なのだろうか。
何か良からぬ事情がありそうなので、少女の気に障らないように質問を変えた。
「じゃあ、この先は何処に続いているんだい?初めてこの電車に乗ったからよく分からなくてな。車内にも線路図が無いし。」
普通なら車内の上の方にあるものなのだが、全く見当たらない。
それだけでなく、広告のポスターも一切貼ってない。
電車だというのに可笑しなものだ。
その疑問を少女は軽くあしらった。
「そんなもの必要ないもの。この電車は一つの場所にしか行けないのだから。」
「え?」
(一つの場所にしか行けない?どういう意味だそりゃ。)
少女の言うことに男が「はぁ」と溜め息を吐いて目を伏せ、次に開いた時だった。
「うわっ、何だこれ!」
気付けば男の周りには、顔の見えない人影の様なものが座っていた。
開いた目は驚きで余計見開かれた。
「貴方は稀な方では無いのかしら。」
あら、残念。と言う様に少女は息を吐いた。
(否、溜め息吐いてないでこの状況を説明してくれよ!)
「な、なあ。今さっきまでこんな奴ら居なかったよな?何なんだよ、こいつら!?」
男はうっすら見える影たちを指差して少女に訴える。
指を差された影たちはボソボソと騒ぎ始めた。
(何よあの人、失礼ね。自分も同じ癖に。)
(未だ気づかない振りをしているんだろう。可哀想に。)
「何だよ、何を知っているんだよ!お前らは!」
恐怖と怒りで震えながら叫ぶ男を、少女は冷たい目で眺めていた。
「静かにして貰えないかしら。皆、傷心している身なの。」
落ち着き払って言うが、男は取り乱したままだった。
その時、車内にアナウンスが流れた。
『次は中洲――中洲です』
「ケッ、こんな気味悪い所、直ぐに出てやる!」
そんな悪態を吐いて、男は次に着く駅に降りようとした。
やがて、電車は駅に停車した。
しかし、一向に扉は開かない。
「どうなってんだよ…!出られねぇじゃねぇか!?」
慌てふためく男を涼しげな顔をして、少女は言った。
「寄り道はしないで欲しいわ。」
そのまま扉は開くこと無く、再び電車は動き始めた。
「一体何処に向かってんだよ……」
もう男はすっかり屏息してしまった。
「大丈夫よ、貴方は帰るべき場所に還るだけだから。」
少女は宥めたつもりらしいが、やっぱり言ってることが理解不能である。
男は扉の前でへたり込んだまま、この状況に絶望した。
何処に行くかも分からない電車。
不気味な影たち。
可笑しな物言いをする謎の少女。
男はどうやら、とんでもない所に来たらしい。
それから何回か電車は停車したが、どの時も扉は開くことは無く、そして誰も降りることは無かった。
だがアナウンスが終点の知らせをした時、いつの間にか電車は停まって、影たちはその駅で降りたのか消えていた。
「ねぇ、着いたわよ。」
少女に話し掛けられたが、男はただ茫然とするしかなかった。
「ねぇってば。」
余りにも揺するものだから、無視していた男は少女に意見した。
「何なんだよ、ここは。もっと、ちゃんと、はっきり教えてくれよ!俺が一体何したって言うんだよ!」
「そんなの知らないわよ。ここに来る人は大勢居るのだから、一人一人のことなんて把握出来ない。」
無情にも少女は言い放った。
「そんな酷いこと言わなくたって良いんじゃない、メル?」
少年の声がしたと思うと、少女の足元に黒い猫がひょっこり居座っていた。
「何、ルアー。本当の事を言っただけじゃない。」
「本当でも、オブラートに包む嘘を吐くべき事柄だってあるでしょうに。」
少女と黒猫が言葉を交わしている。
その光景に恐怖は何処へやら吹き飛び、男は耳目を驚かした。
「ね、ねねね猫が喋った!?」
「うわぁ、嬉しいなそのリアクション!」
黒猫は嬉しそうに男の方を向いて返してきた。
「どうでもいいけど、驚いている場合じゃないのよ。刻一刻と時間は迫っているのだから、早くしないと次の乗客に間に合わない。」
少女が焦って男の背を押す。
あの開かない扉に向かって押されていく。
「ちょちょっと待て!この扉開かないだろ?」
「大丈夫、死んだ人ならこの扉を通れるもの。」
「は?死んだひ…いってぇ!」
思い切り突き飛ばされてゴンッと扉にぶつかった。
「あれ、可笑しいな。この人通らないよ。」
「どういう事?」
いよいよ焦りだす少女と黒猫。
(否、それよりこっちが聞きたい。)
「おい、死んだ人ってどういう意味だよ?……今通らなかったってことは、俺は死んでないってことなんだよな?」
沈黙を返す少女と黒猫。
すると黒猫が何かを察知した様に耳をピンと立てて、少女に話し掛けた。
「メル、お客さんが来たみたいだ。」
向こうの車両に居るみたい。と猫が足指す方に少女が歩んでいく。
何となく男もついて行った。
車両の扉を開けると、男は目を丸くした。
何故ならそこには、長い髪を一つ結びにした、男には見覚えのある顔の女性が立っていたからだ。
「全く、あんたはこんな所に来ちまって。何やってんだ。」
「な、永瀬せんせ…?」
目を吊り上げて男を見る彼女は、男が高校生の時に世話になった恩師だった。
「先生、何でこんな所に?」
「それはこっちの台詞だっての!ふざけてんじゃないよ!」
恩師は吊り上げた目を更に吊り上げて激怒する。
「ったく、あんだけ粗相の無いように教えてやったってのに……早くもこんな所に来やがって。何やったんだか。」
「あの……先生、確認しても良いですか?」
ぶつくさ文句を言っている恩師に男は問う。
「何だ。」「先生、亡くなってますよね?」
「あったり前だろ。死んだ奴が生き返るわけがないだろ。」
永瀬という教師は男が高校を卒業した後に不慮の事故で他界していた。
「じゃ、これは化けて出てきた的な?」
「違うわ、バカタレ!」
男はバシンと頭を叩かれた。
高校時代と変わらぬ威力だと彼は思った。
「いって。そんな叩くことないだろ。」
「恩師に向かって失礼な事を言う奴が悪い。」
男とその恩師が話しているところに割って入って、少女が言った。
「この電車は亡くなった方を運ぶもの。貴方は多分死にかけたのね。」
それに続けるように猫が説明した。
「ここ終点はあの世の入り口。他にも幾つかあの世の入り口はあるけれど、ここが最も近い場所だよ。君の恩師は君を止めにここまで来てくれたんだね。」
「まあ、そういうこった。」
それを聞いて男は思い出した。
自分が死にかける、この電車に乗る前の事を。
「俺、仕事上手くいかなくなって……会社の人に『元不良だから』って因縁つけられて、思わず殴り倒して暴れて……。最後にビールを浴びる程飲んでそれから…」
「わかったよ、もういい。」
男が言う先の事を悟ったように、永瀬が遮った。
「永瀬先生……すいません、俺、また失敗…」「五月蝿いな、わかったからもういいっつったろ?」
悔しく思うくらい、男の涙は止まらない。
(女性の前で、それも恩師の永瀬先生の前で泣くなんて……何て情けないんだろう。)
そんな駄目野郎の彼の背中を、永瀬は擦っていた。
「悪いね、このアホんだらを送り返してやってくれ。これでも私の大事な生徒なんだ。」
満更でもない顔をして、永瀬は笑った。
「ええ、わかりました。」
「じゃあ、今から回送だね。僕準備してくるよ!」
黒猫はルンルン気分で電車の奥の方に向かって行った。
「次会う時は『ちゃんと立派な人生送った』って言えよ、服部。」
肩にポンと手を置いて永瀬は言った。
「…はい!」
「良い返事だ。」
にっこりと微笑み彼女は消えた。
「先生!」
服部が彼女を呼んだが現れない。
アナウンスが流れ始める。
『只今からー回送を始めまーす。』
電車はゆっくりと来た線路を戻るように動き始めた。
電車は服部が乗った駅で停車した。
「着いたわ、貴方の帰る場所に。」
少女は服部にそう伝えた。
「俺は戻れるのかな……いや、戻って良いのか?」
服部は不安そうに少女に聞いた。
「そんな弱音、先生は言って欲しくて会いに来た訳じゃないでしょ?」
「そうか、そうだな。」
少女の意見に服部は強く頷いた。
大人しくなった服部をメルは出口の扉まで連れて行く。
「またのご利用、お待ちしております。」
そう呪文を唱えるように言って、メルは今度はそっと服部の背を押した。
「…ありがとう」
服部は自然と目を閉じて意識を手放した。
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目が覚めるとそこは白い病室。
「あ、服部さん気が付きました!先生!」
小柄な会社の後輩が病室のドアに向かって叫んだ。
再び慌てて俺の方へと視線を移す。
「允彦先輩、大丈夫ですか?お酒弱いのにあんなに飲んで……倒れてたの見た時は心臓止まるかと思いましたよ。」
その当時の事情をありありと語る後輩。
ベッドのすぐ横にある机に置いてあった写真を取った。
「その写真をずっと先輩握ってたんですよ。何か思い入れのある物なんですか?」
写真には永瀬先生と俺が並んで写っていた。
「ああ、大事なもんだ。」
ふと、写真の裏に何かが貼り付いているのを見つけた。
名刺くらいの小さな紙。
『最後のご利用お待ちしております。』
あの少女の声が脳裏に蘇るようだった。
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電車はまた大勢の影を乗せて走っていた。
「ね、メルはああいう先生とか居たの?」
運転することをサボっているルアーがメルの側で言った。
「……何、突然。」
「いや、どうだったのかなぁって思って。」
その問いに惑うこと無くメルは答えた。
「居たわよ、先生も友達も。」
「じゃあ、学校に行ったことあるんだ!」
「……」
それ以上、メルはその事について何も話さなかった。
「…彼女は今頃どうしているのかしら。」
電車は走っていく。
少女と猫と影たちと、まだ見えぬ思いを乗せて―――。
――――第5話END――――
ここまでご利用ありがとうございました。
今沢山の作品を抱えてしまっている訳ですが、ちょっとこの作品だけは早めに完結させたいと思います。
四話が凄いグダグダになって、書きづらくなっていたのですがある方の助言で背中を押されました。
その方には感謝でしかありません。
完結まで話を考えてしまっているのですが、些か長い物になりそうなので時間は掛かりますが、頑張りたいです。
ここで余談です。
作品タイトルと一話ずつのサブタイトルを全部英語にしたのは、ちょっとかっこいいなと思った故ですが(笑)、ちゃんとその話の内容に合うように考えてつけています。
サブタイトルの方は幾つかは諺になっています。
時間があれば調べてみてください。
後、話の始まりの一言と登場人物の名前にも少しネタを仕掛けています。
簡単な捻りですが、気づいて貰えると嬉しいです。
では、今回はこれにて。