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The eternal train  作者: 齋藤翡翠
3/10

A friend in need is a friend indeed.

凄くお待たせしてすみません(汗)


次回も多分長らく投稿できない可能性が…。


御了承ください。


今回は長い長いお話になってしまったので、ご勘弁のほどを。


では、第3話をどうぞお楽しみください。

リンゴの実は、魅惑の実であり、禁忌の実であり、知性の実であり、そしてーーー




「クッソ…」


後藤史穏(ごとうしおん)は、弱々しく苦し紛れに、女子らしくない汚ならしい言葉を吐き出した。

ううーっと呻きながら、男子と見間違われる短髪をかきむしる。


「何でこんなことになったんだろ…」


今は病院の屋上にいる。あたしはそれがイヤなんだ。なぜ、病院にいるかって?それはー…



それはつい2週間前のこと、あたしは部活のバスケの練習をしていた。うちの学校はバスケの強豪高校で、あたしはそんなバスケ部のエースだった。

そう、エースのはずだった。その2週間前、事件は起きた。



キュッ、キュキュキュッ。

体育館にシューズを走らせる音が響く。


パスッ、ガコォーーーン。


誰かの投げたシュートが入り、他の誰かのシュートは外れた。


「また、負けたぁ~!」

「まだまだだなぁ、早織(さおり)。」


ガクーンと頭を垂れた少女・早織がシュートを決めて偉そうぶる史穏を睨む。

そんな早織を史穏はニヒヒとにやけながら、手の平を見せる。


「今日も奢りなー。」


「何か、腹立つゎ~!そのニヒルな笑みやめろ!悪い性格が出てるぞっ。」


そう言う早織は悔しそうだが、どことなく嬉しそうでもあった。


「史穏はほんと、強いなー。私もそれぐらい強かったらなぁ。」


また早織はそんなことを言う。

史穏はそんな弱音を言ってると、よくないぞぉー。と思いつつ、早織を慰める。


「早織は初心者から始めたのに、強豪の練習ついてきてここまで強くなったじゃん。」


そんな慰めも嫌みにしか聞こえない早織は、ブスぅっとした顔をさらに不細工にする。


「そんなの普通だよ、上手くなったと言っても、部員の中では下らへんだしー」


そう言った膨らんだ頬が少し赤い。

早織は美人だ。ボブの緩い巻き髪がとても似合う女の子、というイメージが私の第一印象だった。


そんなイメージが部に入った当初はこべりついていて、バスケ部の部員たちは早織に偏見を持っていた。



可愛らしい女の子というイメージは、どうせ運動出来ない運動音痴な子だ、という誤解を一緒に早織に貼り付けた。だから、バスケ部員は裏で物凄い早織の陰口を叩いた。


「あの子、何でうちの高校のバスケ部入ったわけ?」

「バスケ部なめてんじゃない?」

「それって、遠回しに私たちのことバカにしてるよね!」



早織もさすがにそのことに気づいていた。いつもシュート練習をさせてもらえず、密かに泣きながら走らされているのを、私だけが知っていた。

私だけが見ていた。



シュート練を部活が終わった後に早織がしていたのも知ってる。


そして初めてシュートが決まったとき、私はその感動をつい、声に漏らしてしまった。



ーパスッ。

「…っやっ」


「やったぁー!」


やったー!と言いかけて違う声が歓声をあげたので、早織は酷く驚いていた。

見つかってしまった。と言う気持ちと、ただ単純に声にびっくりした気持ちとが複雑な表情に出ていたのを今でも覚えている。


私はしまった。と思ったが、この機会を逃すまいと慌てて帰ろうとする早織に話しかけていた。


私たちが打ち解けるのに、そう長い時間はかからなかった。

早織が私と一緒にいれば、嫌なことを言われることも減るだろうという気持ちがあったが、それ以上に早織を知りたいとも思った。


今では、心を通い会える親友だと私はおもってる。



思っていたのにー…。




「じゃあ、帰ろうか。」


そう言って、バスケットボール入れに2個のボールを投げ入れて片付けた。


二人ともそれぞれのバッグを持って体育館を出た。


「あ、ジュース忘れてた!」

と早織が奢りのことを思い出した。


「体育館のところが一番近いのにー」


もう、私たちは自転車置き場まで来てしまっていた。


「ここから近い場所なら、食堂が一番近くない?」


「そーだなぁ。じゃ、私買ってくるから、何がいい?」


早織の質問に「マッチ」と答えると、駆け足で早織は買いに行った。


すると、自転車置き場に近づいてくる足音がする。

早織かな?と思ったが、話し声が聞こえたので、すぐに違うと察した。


「ーでさ、史穏は早織に使われてるんだと思うんだよねぇー」


「史穏もいい子ぶっちゃってさぁ、お互い様じゃね?」


酷い言葉だった。


気づいたらその声の主と向かい合っていた。

三人組だった。しかもバスケ部のメンバーで全員同僚だ。


「あ、噂してたらその人に会っちゃうって、ホントなんだなぁ〜」


多分話の主格であろう、バスケ部の中では2番目に強い紀伊智(きいち)は、大胆に話しかけてきた。


「あ〜ぁ、もしかしなくても聞かれちゃってたぁ?」


吐いた言葉と同じくらい酷い歪んだ顔をしている、と史穏は紀伊智を見て思った。


「でもぶっちゃけ、薄々は感じてたはずだよねぇー、あの史穏があんなヤツの肩持つなんてさぁ!」


紀伊智のバックに付いてる二人も相づちを打つ。


「あんなヤツの何が良いの?どう見たって、『自分頑張ってます~、だから構ってください~』的なイタイ子じゃん!」


「そうよ、どうせ猫かぶりのぶりっ子じゃん」


相手にするのもいけないと思っていたが、とうとう史穏の堪忍袋の緒が切れた。


「それはあんたたちの思い込みであって、早織は何も悪くなんかない!」

凄む史穏に二人はたじろいた。


しかし、紀伊智はなおも史穏の怒りを煽り続ける。


「また、そんなこと言っちゃってさぁ。どうせ史穏も早織のこと嫌だったんでしょ?」


「そんなことない!」

「そんなことない!なんてよく言いきれるよね。クラスの子から聞いたけど、たまに『早織と一緒にいると辛い』とか言ってたくせに。」


「!それは…」

みるみる史穏の顔から血の気が引いていくのがわかった。


「ほら!そうですって顔に書いてるじゃん!」

紀伊智の嘲笑は止まない。


「しかも、知ってたぁ?早織も史穏のこといやだって言ってたんだよ?」


「…嘘だ。」


「本当だよ、残念だけどね。」


フッと笑った紀伊智の言葉には心にもないものだと声の温度でわかる。


不幸にも紀伊智が言った言葉のすぐ後に、早織が買ってきたジュースを手に戻ってきていた。


どうやら、少し話を聞いていたようで、青ざめた顔で立っていた。


「あらぁ〜?早織いたんだ?ね、話聞いてたんなら自分から言っちゃいなよ。本当のことをさ。」


背中を押され、よろめきながら早織は史穏の前に立った。


「…嫌なんかじゃないよ」


「あんたも嘘っぱちだねぇ、史穏に近づいてあわよくば、エースの座狙うなんて言ってたくせに!」


「違うっ」


「何が違うのかなぁ?史穏がケガさえしてくれればって言ってたのは誰?」


「やめてよ!」


気づけば早織は泣き叫んでいた。

手で顔を覆い隠して震えている。買ってきていたジュースのボトルは落ちて、汗をかいていた表面には砂利が汚ならしく付いていた。


史穏はただ茫然としていた。

何をすればいいのか、紀伊智に言い返してしまえばいいのに、何を言えばいいのかわからなかった。

だけど、無意識に言ってしまった。


「…本当なの?」


「…え」

早織がふっと顔を上げて史穏を見上げた。


「そう言ったの?」


「…」


早織は顔を歪める。下唇を噛んで史穏から目を反らす。


あ、図星なんだな。と史穏は思った。


早織は虚をつかれると下唇を噛む癖がある。

ーだから、これは本当だったんだ。


史穏は黙って自転車のスタンドを外した。


「…史穏?」


「帰る」


そう言いはなって、史穏は自転車に(また)がり自転車置き場を飛び出した。


校門に差し掛かったところで雨が降りだした。

凄く嫌なタイミングだ。


「最悪」


だけど、助かった。


誰にも見せたことのない涙が雨と混じって頬を流れているのを史穏は知っていた。


泣きながら史穏は坂を下っていく。


学校は緩いが少し長い坂の上にある。帰りは下り坂で楽なのだが、生徒があまりにもブレーキをかけず速度を上げて下りるので、気を付けろと先生方が言うほど危険な坂だ。


そう思っていても、史穏は坂をゆっくり下るつもりは更々なかった。

下った先で、スピードの威力で何かがストンと落ちるような、そんな気がしたからだ。


けれど、人の言うことはやはり聞くべきだったのだ。


雨で路面が滑り、史穏はバランスを崩して自転車ごと倒れた。

自転車は自分とは反対側に吹っ飛び、史穏は数秒の間、転がり続け体を引きずられたような形になった。


体中に激痛が走り、痛みで意識を失った。



ーただ、救急車のサイレンが遠くに聴こえてきたときも、雨は降り続いていたように思う。







夢を見た。

黒髪の女の子がこちらを見ている。

その子は真顔でニコリともしない。

ただ、


「また今度」


と一言言って目が覚めるのだが、なぜだろう。


何だか不気味に思えて身震いをして起きたー。



「いっつー」


「あ、起きた。」


白い病室で目覚めた史穏に幼い妹・架暖(かのん)は驚きもせず、母親を呼ぶ。


「ママー!おねえちゃん起きた!」


即座に呼ばれた母親が来た。


怒られるだろうなぁ、と思ったが全く怒られず、どうしたのだと史穏は思った。


でもそれも後になってわかった。


史穏の右足は骨折していた。


これでは、高校最後の夏の大会には出られない。

それを察して母は怒れなかったのだろう。



史穏は大切なものをあの坂で落としてしまった。

それは自分の部活のキャリアを崩すモノだった。


…ー今、どうにもならない気持ちで病院の屋上にいる。


空を見上げた。


気持ちがいいくらい晴れ渡っている。



でもその青い空は史穏には悲しく見えた。


「ほんと、何やってんだろ、私。」


早織が本気で思ってたかは定かではないが、紀伊智が言っていたことがそのまんまになってしまった。


当然、紀伊智にも早織にも会いたくはない。


今はこの様が一生の恥のようにしか思えなくて、誰にも構って欲しくはなかった。


この2週間で何人か学校関係の人は来たが、バスケ部の者は一人として来なかった。


いや、私が面会を拒否したのだ。


一度だけバスケ部の人が来ていると母に言われ、会いたくないと告げた。それから知らず知らずのうちに、母が面会を断っているのもあるのだろう。

何だか屋上の空気が薄く冷たく感じて嫌になってきて、私は病院内にある併設された公園に行きたくなった。



看護婦さんに許可を取って、一人慣れない車椅子をゆっくり自分の手で押して行く。


公園に着くと、やはり屋上とは違い穏やかな風景が広がる。


スプリンクラーで少し濡れた芝生、公園の地面の何かをついばむ鳩たち、仲良く歩く老人夫婦。何も考えずにいていい場所の空間がここにはあった。


暖かな太陽の光が私の眠気を誘う。



リハビリで歩く練習をもう少しでできるらしい私の右足は、それでもまだ鈍く痛み、ギブスをはめていなくても重たく感じた。


でもなぜだろう。


ここに来たら、本当に何もかもが軽い。


足も、心もー。



うとうとしていると後ろから声をかけられた。


「史穏…?」


早織だった。


もしかするとは思っていたが、まさかこんなタイミングで会うわけがないと踏んでいたのに。


「何で来たの。」


さっきまでの落ち着いた気持ちは吹っ飛んだ。『会いたくない』という気持ちが強すぎて、思わずぶっきらぼうに言ってしまった。


「お見舞いだよ。ずっと史穏面会してくれないから、心配したんだよ。」

「…そう。」


「…でも、私がこんなこと言っても、きれいごとにしか聞こえないよね。」


私の心の底から何かふつふつと込み上げるものがあった。

何だか気持ち悪い。


「バスケ部のことはー…言わないでおくね。あと、これ。」


何かわからないが、見舞いの品らしい箱を私の膝にそっと置いて、早織は去ろうとした。


その時私はハッとした。早織の手が微かに震えていた。


「早織!」


ビクッとして早織は立ち止まる。


「…ちょっと話そう。」


私たちは近くの木陰に移動した。


「私、別に怒ってないから、早織のことは。」


「…うん。」


「不釣り合いな仲に見えるのもわかってる。だからこそ、心の掛け違いがあるのもおかしくないって思ってたし。」


「…」


「正直辛いけど、私も思ってたことだからお互い様だ。だけどね、」


私は早織の手を握った。

優しく、でも強く強く、握った。


「いなくなるのだけはやめて」

息が詰まる。


早織は黙ったままだった。


「何があったかはわかんないけど、言わなくてもいいけど、それだけはやめて」


あの時、早織が菓子箱を私に渡した一瞬、嫌な予感がした。


あの夢を見て目覚めた時の感覚と同様だった。


「大丈夫だよ、何言ってんの。」


少し俯いていた早織はパッと顔を上げてにっこり笑った。


目元は赤くなっていたが、本当の笑顔をあたしに向けてくれていた。


「そうか、よかった。」


「史穏」


けれど覚悟を決めたように、早織はすぐに真剣な眼差しを私に向けた。


「…何?」


「紀伊智が言っていたのは、史穏のこと知らないときだったの。紀伊智たちに『ここに残りたいなら、史穏を倒せ。』って言われたんだ。」


「そんな前のことを言ってたの?!あいつら!」


知らないわけだ。というか、知らないのが当たり前だ。


「まぁ、そんな前のことだから私も忘れてたんだけど、悪いこと言っちゃったなぁって、今更ながら思うんだ。史穏のこと知らないからって、見た目だけで紀伊智たちと同じ嫌な奴って決めつけて。でも勝てるわけじゃないから、『史穏が怪我して、勝てれたらなぁ』って言っちゃったんだ。」


申し訳なさそうに苦笑する。


「それだけのことだったのかぁー」


裏切られたと思ってたことが、単純なことだったという真実を知って綺麗に消えていく。

「ごめんね、史穏」


「いいよ、別に。」

「うん、でもそれだけじゃなくて…」


「…?他に何かあったの?」


急に複雑な顔をして俯く早織に史穏は動揺した。


「私ねー…」


「後藤史穏さん」


早織が言うのを妨げた声に、史穏は振り返る。


見るとそこには私たちと同い年か少し年下くらいの少女が立っている。


「もういかないと。」


「待って、あと一言だけ。」


この子は誰なんだ? 早織の知り合いなのか?何を話しているんだ?と疑問を頭の中で巡らせていた史穏に早織は急いで言った。


「私はいなくならないから、大丈夫。ありがとう、史穏。」


「え!待って、意味わかんない!早織は?!」


車椅子を慌てて動かそうととするが、少女が行かせまいと早織から遠ざかるように後ろから強引に押す。



「あんた何なの?!私をどこに連れて行く気?!」


パニックっている史穏を横目に泰然自若な振る舞いで少女は応える。


「私はメル。貴女を戻るべき場所まで連れて行きます。」


気がつくと史穏は公園ではなく、白い(もや)がかかった空間にいた。


今さっきまで歩いていた老人夫婦や鳩は全く見当たらない。


メルと名乗った少女は、迷うことなく史穏の車椅子を押して進み続ける。


しばらく進むと、駅が見えてきた。


「ここは…?」


駅以外には白い靄がかかった状態で何も見えない。ただ、不思議と電車の線路だけははっきりと続いて見えた。


ガタン、ガタタタタタ…

キキーキーッ…


やがて軋みながら電車が到着した。


駅に着いてそのまま、電車に乗り込む。


アナウンスがなる。

『次は回送致します。まもなく発車しますので、ドアの開閉にお気をつけくださいー』


メルは史穏を電車に乗せた。


この電車は一体、どこに向かうのだろう?と不思議そうに史穏が首を傾げていると、メルがその心を読んだように話した。


「今さっきも言ったけど、この電車は貴女を戻るべき場所に戻してくれる。」


「戻るべき場所って?早織は?」


史穏は大分落ち着いて聞いた。


「今、貴女は仮死状態にあるわ。と言っても、眠っているだけなのだけど。」


「仮死状態って…!私、何?死にかけてるの?」


落ち着いていたが、さすがに史穏は少し驚いた。


けれど、飄々とした様子で、メルは応える。


「いえ、ただ単に寝ているだけです。ここは確かに亡くなった方が来る場所ですが、たまに貴女のような寝て、魂がこちらに来てしまう人もいるんです。」


「じゃあ、私は仮とは言っても、生き返るわけだ。」


「そういうことになりますね。」


ふーん、と思いながら史穏は妙に嫌な引っ掛かりを覚えた。


「早織は?一緒に帰れないってことは、…死んじゃうの?」


メルは少し黙って、何を思ったか、史穏の後ろで車椅子を持っている状態から、電車の座席に座った。


史穏と目を会わせた形になって、真っ直ぐに史穏を見つめる。


メルの瞳には光がなかった。

けれど、目の奥には何かを知っているような、迷いのない何かが宿っていた。


「彼女は死んでいません、いや死には至らないでしょう。今回も。」


「…今回も?それは、どういう…」


「あまり詳しいことは言えませんが、彼女は以前にも此処に来たことがあります。ただ、以前とは違って今回は長い期間此処にいることになるでしょうね。」


「…?言っている意味がわからないんだけど。」


「さっきも言いましたが、詳しいことは言えません。まぁ、彼女も貴女と同じように"眠った状態"で、少し長い眠りにあると言ったらいいでしょうかね。私も早く返してあげたいのですが、どうしようもないもので。」


『まもなく、回送が終わります。ー』


アナウンスが流れた。


その声は、若い男…と言うより、少年の声だった。

でも、わざとらしく車掌の真似をしているようで、気持ちが悪かった。

正直、少し笑えた。


「さぁ、目を覚まさないと。貴女は意識があるから、余計ここ向きではないわ。」


やっぱり、メルの言葉は理解しがたかったが、メルの放つ声には聞き覚えがあるような気がして、この時史穏は何か引っ掛かりを感じ始めた。


「…ねぇ、あなた前に会ったことある?私と…」


メルの方を見つめた。


メルも史穏の方を向く。


やがて、電車は軋みながら停車した。

軋む音は嫌な音なはずなのに、何故か心地よく聞こえた。


メルは真顔のまま、けれど光のない瞳に暖かなモノを映して、史穏を見つめその言葉を唱えた。


「またのご利用お待ちしております。」


メルは車椅子ごと史穏を電車から押し出す。


史穏の体は電車をすり抜け、外に出た。


外に出た時、外側の日光だろうか、眩い光に包まれて史穏は目をつぶり、意識が遠のくのを感じたー。





ーピチピチピチッ…。


クルッポー、クルッポー…。


次に目覚めると、そこは病院内にある公園だった。


「…夢?」


史穏は眠っていたようだ。

辺りを見ると、眠る前と変わらない風景がそこにあった。


鳩は地面をひたすらつつき、あの老夫婦は未だ公園に居た。


空を見上げると、空が蒼く澄んでいて太陽もほぼ真上近くにある。


それらからして、ここに居始めたのはお昼過ぎなので、それほど時間は経ってないことがわかる。


それにしたって、変だ。あんな長ったらしい夢を見ていたのにー…。


「夢?そういや、何で早織が死ぬ場所にいたんだ?」


史穏は今更になって不思議に思う。



「じゃあ、早織は…!あっ!!」


ハッとして勢いで立ち上がったが、足を怪我していることをすっかり忘れていた。

史穏は倒れた。


「ぅいってー!」


さっきまで、軽かった足は夢のもので、現実では全く変わらず重く痛い。


公園に居た人たちは皆こちらを心配そうに見ていたが、史穏は気にも止めず堂々と自分の身を起こす。

その態度に手を差し伸べようか、していた周囲の人々はその手を引っ込め、何もなかったように方々へと散っていった。


立ち上がった史穏は足元に落ちていた箱に気がつく。


早織が渡した菓子箱だ。


「どこまでが夢で、どこまでが本当なんだか。」


お見舞いの品らしい謎の箱を開けた。

(綺麗にラッピングされているが、菓子箱なら菓子の店ならではあるはずのロゴがないのだ。)


「ん?」


開くと、そこにはお菓子なんて一つも入ってなかった。


代わりに小さな名刺サイズの紙と、一通の少し分厚い封筒が入っていた。


史穏は震えた。

これが、余りにも予期せぬもののように捉えられてならなかった。


恐る恐る、封筒の方の封を切る。


早織からの手紙だった。


結構な枚数書かれていて読み切れそうになかったが、大体このような事が書かれてあった。



ー史穏、ごめん。私色々謝らないといけない。


史穏は全く教えてないから知らないだろうけど、私は幼い頃から持病があるんだ。


高校になって前よりマシになって、余り症状も出なくなって憧れのバスケをし始めてー…。


だけど、ここ最近また症状が出てきてしまって、あまり良くないことが判明。

バスケを辞めろと病院にも親にも言われちゃった。


だけど、弱くても史穏と一緒に最後の大会に出たいって思ったんだ。


無理言ってやってるから、いつ倒れるかわかんない。もしかしたら、死ぬかもしれない。


だけど、私こんな形で謝るのは嫌だから、絶対死なない!だから、もしもの時は、待っててね!ー


「…なんだそれ。」

冗談じゃない。

夢であって欲しかった。

でも、現実だ。

怪我した足の痛みがそれをよく語っている。


病院に戻って母に早織のことを聞くと、母も知っていたがあまりのショックに言えずじまいだったようだ。


「早織ちゃんね、小さい頃から心臓が弱いらしいわ…。この間、あなたが怪我したときにあなたの分の人数が足りなくって、レギュラーとして練習試合に出たみたい。その時、急に発病したみたいでー…」


何でこんなにも不幸なことが続くの、と涙ぐんで母は俯いた。


だから、早織の家族は反対していたのか。


でもあんなに激しい練習に打ち込んでいて、一度も弱音を吐かずついていく早織が、まさかそんな爆弾を抱えていたとは誰も気がつかなかっただろう。


どうして言ってくれなかったのか。


どうして気づいてあげられなかったのか。


今となってはどうにもならない。


ただ、願うだけだ。



「あの子は大丈夫です。死んだりしません。」



あれ?そういや、あのメルって子が死にはしないと言っていた。


でもこんな展開、早織は帰ってこないような気がしてならないのに。


史穏は心の奥底では不思議と、手紙の意味の通りになると確信していた。


「母さん、早織はどこに居るの?」


「え?」


「早織が居るとこに連れてって。」


「どうしたの、急に。」


母は少し驚いたが、史穏が何かを悟っているのを感じて、


「…はぁ、わかったわ。」


承知してくれた。



早織は同じ病院の違う棟に入院していた。


MRCの特別病室で、意識がない状態で眠っていた。


顔は青白く、倒れてからそんなに経っていないのに、少し痩せていた。


それでも、早織は綺麗に見えた。


意識がないだけで、生きているというのがはっきりしていた。


「あなたは、史穏さん?」


早織の母親らしい人が病室に入ってきて、私に恐る恐る問いかけた。


「はい、そうです。」


「そう、早織からいつもあなたのことは聞いてたわ。」


早織の母はやはり美人だが、色々大変な道を進んで来たのか、白髪が多く見えた。


早織の母は自分のことを嫌っているだろうと史穏は思っていたが、そんなことはなく、すごく驚くほど色んな話をしてくれた。


早織が幼い頃。

早織の夢。

友達があまりいなかったこと。

史穏と出会って楽しそうだったこと。


聞いていると、突然早織の母は泣き出した。


「こんな、こんなことになるならって、この子にバスケやるなって言ってしまった…けど、これでよかったのよね?」

悲しいのだろうか、何といえばいいのかわからない気持ちがずっと史穏の中で渦巻いていた。


何かを言わなくちゃ、根拠もないけど早織は大丈夫だと。


でも、これは早織の時間が削られていることなのだ。


早織が眠り続ける間は、早織のときは削られて早織自信の今の記憶は空っぽなんだ。


あぁ、これがメルが言っていた“どうしようもないこと”だったんだ。


泣き続ける早織の母の背中を擦った手は、戦慄で冷えきっていた。





ーあれから、2ヶ月。


バスケ部を引退して、私たちは進路へと進む準備をし始めていた。


早織は未だに眠ったままだ。


週に二度、面会に行っているが、早織は倒れたあのときのままだった。


早く、出来るだけ早く目覚めてほしいと誰もが願っていた。


紀伊智たちを除いてだが。


今日はその面会の日だ。


学校の帰りに寄ることにしている。




放課後になり、急いで自転車を走らせる。


2ヶ月通っているのでもう慣れたものだ。


いつもの病室に入る。

やはり早織は眠っていた。


棚の花瓶に綺麗な花が挿してあった。

一本の綺麗なひまわりの花だった。


そのひまわりを見つめ椅子に座ろうとすると、


ヒラリと何かが落ちた。


「ん?」


床に落ちたそれを拾い上げた。


一枚の名刺みたいな紙だ。


「これ、どこかで見たような…」


ひっくり返してみると、その紙にはこんな言葉が書かれていた。


『最後のご利用お待ちしております』


「何だ、これ。」


不思議そうに紙を眺めていたら、突然病室の窓から風が吹き込んだ。


その風は終わりゆく夏の残り香がした。


突風に少し戸惑いながらも、窓を閉めようとしたその瞬間、史穏は異変に気づいた。


早織が少し目を開いていた。

眩しそうに目蓋をしばたかせる。


「早織…?」


早織はゆっくり史穏の方へ顔を向けて幽かな声で答えた。


「し、おん、ただいま。」


「お帰り。」


二人は嬉し涙を溢しながら、笑ったーーー。





ガタンガタン、ガタンガタン…


『メル~、あの子帰ったの?』


アナウンス越しに黒猫ルアーがメルに話しかける。


「ええ、勿論。」


『そっかー。今度来るときはもう最後になるのかな?』


「…そうかもしれないね。」


『かわいい常連さんだったのになぁ。』


「…」


『まぁ、でもここに長くいるのは良くないもんね。でもなかなかいないよねぇ、常連さん。』


メルは、当たり前だと言うかのように答えた。


「彼女は特別よ。死には至らないにせよ、病を患っていたらあんなケースになりやすい。だから、私たちもすぐには向こうに返せられない。ルアーも知ってるでしょ?」


わかっているけど、とふて腐れた風にルアーは呟く。


『カミサマが決めるんだろ、彼方か此方に逝くのは。だからその判断が決まらない限り、その人はここに留まらなくちゃいけない。』


「わかっているなら、人にそんなに情を移さないこと。」


メルは無感情なまま、ルアーに厳しく言った。


『僕は感情があるから、仕方ないじゃない…メルが感情を持っていたら、きっと同情せざるを得ないと思うよ。』


「ー…。」


メルは黙ったまま、窓際に映る外の景色を眺めた。電車は変わらず走っていく。

永遠に回り続ける輪廻のレールに乗ってーーー。


ーーーー第3話ENDーーーー

お疲れ様でした!

いつもお読みくださっている方、ありがとうございます。

今回が初めての方も読んでいただき光栄です。



後書きはいつも長いのですが、今回は時間が何分ないもので…。

申し訳ない限りです。


この話はまだまだ続く予定です。

もう自分の中では最後の話まで考え済みです。


時間がないのもそうですが、書くのが遅いというのが現実ですね。


期待してくださっている方にはとても申し訳ないですが、次話は何ヵ月か後になりそうです…。


それまで待ってくださる方がいることを願います(笑)


では、今回はこの辺でー。

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