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The eternal train  作者: 齋藤翡翠
10/10

Every cloud has a silver lining.

間もなく――最終線が参ります。


乗り遅れのないよう、お気をつけ下さいませ。


また、お乗りの際は足元に十分注意して下さい。


では――、最終線が発車致します――。




私の帰るべき場所は――――。


あの日からどれくらいの時間が経ったのだろう。


この場所に来て、幾人の人々を送り出して来たのだろう。



感情を無くして良かったことはあっただろうか――?



「……ル……メル………メル!」


「はっ。」


聞き覚えのある少年の声に意識を取り戻して、私は目を見開く。


横になって倒れていた私の顔を、心配そうに見つめる黒猫のルアーが映った。


「よかったぁ、メル!」


猫撫で声を鳴らして、私に擦り寄るルアーの頭を優しく撫でる。


「…ごめん、心配掛けたわね。もう、大丈夫だから。」


身体をゆっくりと起き上がらせて、何もなかったかのように立ち上がる。


「本当に?無理しちゃダメだよ!何か顔色悪いし…」


「…顔色が悪いのは元からよ。」


蒼白な顔は元からだ。

だけど、体調が悪いのは確かだ。


此処に来る直前の時と同じ息苦しさ、胸の鈍い痛みと動悸。


近い、近づいている。

多分、もう直ぐやって来るのだろう。



私の帰る刻が―――。




不意にガタン!と大きな音と、車両が揺れる振動が起きた。


「な、何!?」


ルアーが突然停車した電車に驚き声を上げる。


「……来たわ、彼女が。」


駅に着いた訳でもないのに停車した電車の扉は、ギィィっと軋みながら開いていく。


扉から射し込む白い光。


その中から二つの影が見える。



「御機嫌よう。……いや、お久し振りの方が合ってたかな?」


コツコツと小気味の良い靴音を立てて電車に乗り込むその人は、素敵な笑みを飾らせてやって来た。


真っ白な少し癖っ毛のある、柔らかなウェーブの掛かったボブの髪。


それと同じくらいの白い肌。


それらを際立たせる青と白のセーラー服。


「…え、メルとそっくり……。」



何よりルアーが驚いたのは、その人の顔。


隣に立つメルそっくりなのだ。


「あら、私の事を忘れたの、ルアー?君の名付け親だっていうのに。あ、そうか。私が忘れさせちゃったんだっけ?」


一人でつらつらと話して、勝手に理解し頷く白い少女。


ルアーはただだだ、あっけらかんと眺めていた。


「さて」と再び開口し、白い少女は話をガラリと変えてきた。



「君たちの(とき)が来たよ、待たせたね。」


すると、白い少女の背後からもう一つの影が近付いて来て、その姿を現す。


真っ白な毛に覆われた鹿。


立派なクリーム色の鋭い角が、その美しさを際立たせる。


白い少女はその鹿を隣に来させると、背中を軽く撫でた。


「この子が貴方たちの行く先を導いてくれるわ。」


白い少女が鹿の鼻先に触れるように促すと、ルアーが前に出て来てそれを遮る。


「ね、ちょっと待ってよ!貴女は誰なの?メルの何?」


質問するルアーに、一瞬目を丸くしてから優しく微笑むと、少女はその質問に丁寧に返した。


「ああ、そうだね。改めて自己紹介しておこうか。私はカミサマ。元々この場所を仕切っている。そして―――メルの双子の姉だよ。」


その答えに一驚して、ルアーは暫く言葉が出なかった。


パクパクと開くその口から何とか音を漏らして、言葉を紡ぎ出す。


「…じゃ、じゃあ、メルが言っていたカミサマは……この人?」


側に居るメルを見上げてルアーが訊いた。


「えぇ、そうよ……私の姉、久遠天(くとうそら)。もうずっと昔に亡くなった双子の姉。」


しんどそうだが、相も変わらず表情を変えること無く、メルは淡々と語る。


「え、どういうこと?その…メルのお姉さんは先に亡くなってて、メルはこの世界に居て……」


この状況が上手く理解できず、パニックになるルアーを見かねて、天がルアーの額に手を当てる。


「今から貴方に見せる映像は、全てメルの記憶よ――…」


天が何か呪文のようなものを呟くと、ルアーの頭の中に見たことのない情景が流れ込んでいった。



*******************


ある部屋の扉を薄く開けて、中の様子を伺っている自分がいる。


これは……メルの小さい頃の記憶…?



すると、中で屈み込んで泣き崩れている女性が、傍らにいる男性に何か訴えているのが聞こえてきた――。




「嫌なのよ……あの子を思い出すようで。同じことを言うんですもの…」


"私が何気なく口にした言葉に、母は驚いて悲し気な顔をした。"


「どうして、どうして死んだの……(そら)


"母がたまに出すその子の名前は、始めは誰なのか分からなかった。


だけど何回も聞くに連れて、子供ながらにも薄々気づいた。


その子の名前を口に出す度に、咽び泣く母の姿は忘れられない。"



メルの心の声らしいものが聞こえてくる。

あのいつもの単調な声ではなく、とても悲しげな声。






私の双子の姉は、やっと立ち上がることが出来たかくらいの頃に私と遊んでいて、道路に飛び出し車に跳ねられて亡くなった。


両親は辛いことを思い出したくない、私に知って欲しくないが為に、その事についてはずっと黙っていた。



少し大きくなった時、気になって姉の事を調べた。



目を離した両親も両親だが、何より先に飛び出したのは私だった。



その後を追いかけた姉だけが、轢かれて亡くなった。




「私が居なければ、あの子は生きていた。」


何時しか、私はそう思うようになった。





すると、そこから一気に景色は代わり、寒々しい冬の雨の降る情景が目に入る。





しとしとと、雨が降る日だった。


雨の日は一番しんどい筈なのに、その日は何故か心が晴れるようにすっとしていた。


何となく外に出てみたくて、一本の雨傘を差して川辺をぶらぶら歩いた。


すると、何処からか小さなか弱い鳴き声が聞こえてきた。


それは無造作に段ボール箱に入れられた、捨て猫の鳴き声だった。




(あれは、僕だ……。)




真っ黒で手足と尻尾の先だけが白い仔猫。


幼過ぎて段ボールから這い上がることも出来ず、ずっと取り残されていたようだ。


長雨でぐしょ濡れになってしまい、箱に入っていたタオルも意味を成していなかった。


私はその仔猫を抱き抱えて、家に持ち帰った。



「寒かったでしょ?ほら、飲みな。」


仔猫の体を綺麗に洗って毛が含んだ水分を飛ばすと、仔猫に人肌程のミルクをあげた。


「……お前も、独りだったのね…。」


誰も信じられず、孤独な私にそっくり。

その仔猫を見て、私はそう思った。



雨はまだしとしとと降り続いていた。


灰色の煙が立ち込めたような空。


大嫌いなこの世界の情景を、窓越しに仔猫を抱き抱えて見詰めた。




雨をうざったそうに避けて走っていく人。


隣の住人が喧嘩をしているのか、聞こえてくる怒鳴り声と鳴き声。


皿の割れる音。



蘇ってく憂鬱な記憶。



私を除いて他の人とこっそり遊ぶ友人。


理不尽な部活の顧問。


ずる休みをしても、平気な顔をしてやって来る部活仲間。


「真面目な子ぶってんじゃねぇよ!」と浴びせられた怒号。



そして、母の悲しげな顔と鳴き声。



全部全部はっきりと、この心の奥底に潜んで離れない。



消えない、消せない、深いキズ。


雨雫が落ちて波紋を広げていくように、そのキズは黒々と心に染みを作っていった。


汚い、醜く憐れな世界。






世界はそれでも、醜いようで美しかった。


嫌いなのに、吐き気がする程嫌なのに、この世界は美しく目に映る。



だけど私はその世界を捨てた。

否、自分を捨てた。



そして、仔猫を抱いたまま目を閉ざすと、体が段々動かなくなっていくのを感じた。



次に目が覚めると、私は白い世界の中に居た。


「あーあ、もう来ちゃったの?」


白い髪に白いワンピース。


大きな黒い瞳。筋の通った鼻。白い肌に映える紅い唇。



その顔は私にそっくりだ。



私は驚いた。

全く同じ顔をした人が目の前に立っているなんて、狐にでも化かされている気分だ。


「貴女、は……?」


白い少女はにこりと笑って言った。


「私はこの世とあの世、此方と彼方の世界を結ぶ場所を管理しているカミサマ。そして、貴女の生き別れの双子の姉――久遠天よ。」


「う、そ……じゃあ、私は死んだの?」


少女の言葉に驚愕しながらも、辿々しく質問をする。


「そうね、此処に来ているからにはその可能性が高いわね。元に戻る方法もあるけれど…」


私はそれを聞いた途端、血相を変えて少女に訴えた。


「嫌!私はもう彼処には戻りたくない!もうこのまま流して!」


天はそれを聞いて、少し悲しそうな顔をした。


「この世に未練がないことは良いことだけど、私は貴女にはもう少し(なが)く生きて欲しかったわ。私の分まで…。」


それでも尚、私は帰りたいとは思わなかった。


もう十分、十分だ。


どんなに生きる意味を見出だそうとしても、そんなものは何処にも存在しないのだから―…。



「……そうだね、じゃあ、貴女には罰を与えなければならない。」


何か思い付いたのか、天というカミサマはにんまり顔を作って私に投げ掛けた。


「私は元は人間だったカミサマだ。ここに来てまだ日も浅い。まぁ、所謂見習い神だ。それにこの世に生きていた時間も短いから、この世の知識が未だ乏しい。だから、私たち―――入れ替わりっこしない?」


「え?」


座った姿勢で顎に手をつき、微笑む天。


私は目を丸くしてその顔を見詰める。


「そ、そんな事、出来るの?」


「当たり前よ、出来ないのに提案する人――いや神様なんて可笑しいでしょ?」


含み笑いしながら、「それで、どうするの?」と天は私の答えを待つ。



「わかった。やる、やるわ。ただ、一つだけお願いがあるの。」


「ん、なぁに?」


「私の感情を消して欲しいの。出来ないかしら。」


「出来ないことは無いけど……どうして?」


天は私の願いに対して、素朴な疑問を返す。


「此処は、この世とあの世を繋ぐ場所なんでしょう?なら、悲しみを抱えた人たちが少ないわけないわ。その人たちの気持ちに同情したり、辛い思いを蘇らせたくないの。」


私が言うことに一理あると、天は頷いた。


「確かにそれはそうだね。じゃあ、貴女の感情を―…そうだな、あ。」


何かを見つけたのか、あるものに目を止める天。


私の足元の方を見詰めている。


「可愛らしい付き添いさんだね。」


そう言われて、自分の足元に視線を落とす。


雨の日に拾った黒い仔猫が、ちょこんと座っていた。


「この子、何で……?」


「まぁ、猫はよく此方と彼方を往き来するからね。」


にぃーと仔猫は返事をするように鳴いた。


「よし、憑き獣もちょうど必要だったし、この子にしようか。」


天は仔猫に近づいて、額に手を翳した。


「汝、この者の憑き獣とならん。」


呪文の言葉らしいことを言って、天は私の肩に手を添える。


すると、仔猫の額と私の肩が光を放ち、私の中から何かが抜け出た感覚があった。


「はい、任務完了。貴女の感情をこの子に移したよ。」


仔猫は魔法の力を受けて驚いたのか、眠ってしまった。


「多分、貴女の感情が入ったことでこの猫ちゃんは喋ることが出来るよ。あとは――そうだな、私の力と貴女の立場をそのまま変えるだけだから、多分大丈夫だと思うよ。何もしなくても、此処の仕事の知識は入っていることにしてあるから。あ、そうだ!」


天はつらつらと雑な説明をした後、最後にこう言った。


「今日から貴女の名前は――メルね。で、猫ちゃんはルアー。いい名前でしょ?」




そして、この世界で新しい私が始まった―――。






そこで流れ込んできた記憶は途切れた。

僕は目を覚ました。


メルと天が何やら話をしている。


「どうだった、此方の世界は。楽しめた?」


「まあ、そこそこかな。人間はやはり大変なものだね。」


深い溜め息を吐いて、天が言った。


暫しの沈黙の後、メルは荒い息を整えて天に質問した。



「ねぇ、この世で一番悲しいことって何だと思う?"死"かしら?」


メルの質問に天は静かに、目を閉じて答えた。


「"死"は確かに悲しいものの代表だ。だけど私は思うんだよ。"誰にも必要とされていないと感じること"、"目の前にある幸せに気づかずに不幸だとばかり言って生きていること"の方が、悲しいことだとね。」


「……そうね、私も同感だわ。」



気のせいだろうか、今一瞬メルが笑ったような―――。



「あら、起きた?猫ちゃん。」


僕が目覚めたことにやっと気づいたのか、天がこちらを見て微笑む。


「全部見たよ、貴女が何者でメルがどんな人生を歩んで……僕がその彼女に救われた命だったことも。」


僕が言った言葉に「そう。」とだけ述べて、天は何か遠い場所を見るような目をした。


「さぁ、もう再会の閑談はお仕舞い。君たちの還る番だ。」


話を切り替えて、天は何やら呪文を唱えた。


「獣に移りし叙情よ、戻るべき主の元へ戻り給え。」


呪文を言い終えぬ内に、僕はメルに言った。


もうきっと、僕が喋れる最後の時だと察知したから―――。


「メル、僕を拾ってくれてありがとう。僕は何時も君の傍にいるよ、何時だってついていく―――。」


目映い光が放たれる。






光が消えたとき、もうルアーは喋らなかった。


術を解除して、開口一番に黒猫はにゃーと何とも猫らしい声で鳴いた。



「……私たちはどちらに還るの?」


俯きながらメルは天に言った。


「還るべき場所だよ……。」


わかっているだろう?と言うように、天は呆れ顔をした。


メルはルアーを抱き上げ、黙って車両の出口へと向かう。


天もその後に続く。


「全く、面倒臭いわ、人間って。」


溜め息混じりにメルが呟く。


「―――でも、やっぱり愛しいんだよなぁ―……」


何かがキラリと光って、メルの足元に落ちていった。


「……そうだね。」


寄り添うように、メルの背で天が返した。


「名前、返してなかったね。元気でやるのよ、―――芙海(ふみ)。」


天は妹の背を軽く押した。




「またのご利用、お待ちしております」






*******************


私たちは忘れない。

あの出来事を、彼女と猫を―――。




「ねぇ、パパー!あっちいこーよ!」


「待ちなさい、楓。急がなくても何もなくなりはしないんだから。」



子どもに手を引っ張られ、焦る父親。

だが、とても幸せそうだ。


「繚、楓。こっちこっち!」


男性の妻・子どもの母親だろうか、少し遠くから二人を呼ぶ女性がいた。


「あ、ママー!」


「今行くよ!」


子どもが先に女性の方へ駆け寄り、男性は疲れているのかゆっくりと歩いていく。


その時、すっと隣をある少女が通り過ぎた。


黒い猫がその後をついていく。



男性はボケーッと、終始その黒髪の少女と黒猫を見詰めた。



「繚!早くー!」


「パパー!遅いよー!」



向こう側でふと自分を呼ぶ家族の声が聞こえて、男性ははっと我に帰る。


「あ、ああ!今行く!」


男性が答えて、次に後ろを振り返った時には少女と猫の姿は無かった。






「いらっしゃいませー」


とある花屋の店先で、威勢の良い声がしている。


「お客様、どのお花をお探しですか?」


井口と書かれたネームプレートを付けた女性が、やって来た客にそう話し掛けた。


やって来た客は屈んで俯いたまま言った。


「ピンクのガーベラはあるかしら。」


花屋の店員はにこやかに笑って、その問いに直ぐに答えた。


「ありますよ!ガーベラはあちらの方に置いてあります。」


その客は白百合の花束と菊の花束、そしてピンクのガーベラを一本買って、女性店員に言った。


「これは私からの贈り物です。受け取って下さい。では。」


ピンクのガーベラをカウンターに置いて、客は去って行った。


「あ、ありがとうございましたー」


驚きの出来事に女性店員は戸惑いながらも、その客を見送った。


黒髪の少女を。






「あーやだなぁ、もう私たち卒業かよ。何か寂しくなるな。そうは思わんかね、早織さんや?」


「もう、また変な口調で可笑しなこと言わないでよ、史穏さんや。」


朝の通学時間。

微笑ましいやり取りを、女子高生二人がやっていた。


「あ、見て見て!二年の穂くんじゃない?」


早織と呼ばれた女子の方が、遠くを颯爽と歩く男子を指差して言った。


「ああ、陣内くんか。人気者だもんね、あの子。」


史穏という名の女子が受け答える。


「そういや知ってた?彼リスカして入院してたんだけど、その後自分が女子だったって明かしたんだってー。」


「え!?マジで!?あの子、じょ…むぐっ」


驚きを隠せず思わず大声を上げそうになる史穏の口を、素早く手で覆う早織。


そして、史穏を少し睨み小声で言った。


「ちょっと、声が大きいってば!穂くんに聞こえたらどうするの!」


「ご、ごめん…」


早織の剣幕に気圧されて、史穏は静かになった。


「あの、これ落としましたよ。」


その時、二人の背後から綺麗な声が降ってきた。


振り返ると今話していた陣内穂、まさに本人が小さな紙切れのようなものを差し出して立っていた。


「へ、あ、ありがとう…。」


「あ、あはははは。」


話を聞かれてなかったか、少し不安に思いつつ二人は苦笑して穂に返す。


落としたと思われる物を受け取り、史穏はそれを見る。


「これ、学校の鞄に入れていたっけ?」


それは、名刺程の小さなカード。

カードの中心には、はっきり「最後のご利用、お待ちしております」と書かれてあった。


その時、サァッと清らかな風が吹いた。


冬の冷たい空気に、春の柔らかな匂いが混じったような感じがした。


三人の横脇を長い黒髪の少女が通っていく。


その少女は、三人と同じ学校のセーラー服を来ていた。


「…あんな子見たことないけど、知ってる?」


「いいや、知らない……いやでも、何処かで会ったことがあるような――…」


三人は暫く、茫然と少女の後ろ姿を見詰めていた。






ある道端で、少し人だかりが出来ていた。


その人だかりの先には、沢山の似顔絵を描く似顔絵師が座っている。


「はい、出来ましたよ。お気に召すかどうかはあれですが。」


似顔絵師は笑顔を向けて、注文をした客に描いた絵を渡す。


「わあ、ありがとうございます!そっくりですよ!嬉しい!」


絵を受け取った女性は、はしゃぐ子どものように言った。


「ねぇ、葵翔も描いて貰いなよ!」


女性の彼氏だろうか、彼女に言われて照れながら笑い返す。


「いや、俺はいいよ。光沙(みさ)の誕生祝いなんだからさ。」


そんなカップルを横目に、近くの工事現場で働いているであろう、大工の男が缶コーヒーを啜っていた。


「全く、リア充にはまいるぜ。」



「はい、次のお客さん、どうぞ。」


人だかりの中に待つ次の客を似顔絵師が呼ぶ。


すると、黒猫をつれた少女が姿を現す。


「あの、また今度描いてくれるかしら。今少し時間がなくて……」



「えぇ、良いですよ。ご予約制ですか?」


「そうします。――その時にまた来ます。」


予定の時間を告げると、少女はにこりと笑って去って行った。


「あ、れ?あの顔何処かで――…」


似顔絵師とカップルの男性と、大工の男はその少女を見て釘付けになった。






ある墓地にて――…。


その墓地の管理者が、不思議そうにあるお墓の前で首を傾げていた。


「はて…竜崎由次さんとこの親戚なんて居ただろうか?お花が添えてあるなんてこと、今まで無かったんだが……。」


竜崎家之墓と彫られた墓石の所には、菊の花束が添えられてあった。




そこから少し遠くの墓前で、例の黒髪の少女が屈み込んでいた。


その墓石には、久遠家之墓と刻まれている。


持ってきていた白百合を添えると、少女は立ち上がった。


「私は今を生きるよ、貴女の分まで――。さぁ、ルアー、急ごう。会いに行かなきゃならない人が居る。」



すると、傍に居た黒猫は少女を見詰めた。


「よかったね、芙海。」


刹那、少女に少年のような声が聞こえてきた。


少女は目を見開いて、黒猫を見詰め返した。


「……ルアー、貴方今、喋った?」


少女が黒猫に向かって言うと、黒猫は高い声でにゃーと鳴いた。




*******************

目覚めるとそこは白い部屋。


ツンと鼻を刺すアルコールの匂い。


自分が病室に居るのだということに、暫く時間が掛かった。


「芙海!」


耳元で優しく懐かしい母の声がした。


「お…かあ、さん?」


意識を取り戻した私を見て、目に涙を浮かべる母が映る。


「っ、ごめんね、気づいてあげられなくて……あなたまで居なくなったら私っ…」


次に、泣く母の肩に手を置く父の姿が見えた。


「本当によかった、よかった……。」


人前では泣く姿など見せたことのない父が、泣いていた。


「あ、れ……何で私…。」


二人の姿が段々歪んでいくので何かと思えば、自分も泣いていた。


帰ってきた、この世界に。


醜くも美しい、大好きな人が居る場所に。



数ヶ月後、私は学校に通える程になっていた。


友人とも何年か振りに再開し、私が帰ってきたことに泣いて喜ばれた。


そして、彼とも―――。




「おい、病人。わかんねぇとこありゃ、俺に聞け。」


少し言葉が乱暴だが、クラスの中でも目立つ人気者。


隣の席の笹井って男子生徒。


何かと私に構ってくる。


それが彼なりの優しさなんだろうということは、病気で入院する以前から知っている気がするのは何故だろうか。


もう完治しているのに病人呼ばわりするので、「余計なお世話!」と叫んでやろうかと思ったが、止めにした。



「いつも、ありがとう……。」



きっと、あの子にもこんな風にしてくれていたんだろうから。



「な、別に、困ってそうだったから見せてやろうかと……」


素直に感謝した私に、戸惑ってブツブツ小言を言う彼を少し笑った。




その時、ヒラリと何かが宙を舞った。


それは私の膝に乗るように落ちた。


「何だこれ」と思いながら、取ってみる。


いや、見なくても直ぐにわかった。


それは、あの列車に乗るための切符。


その名刺程の小さな紙には、こう書かれていた。




最後(また)のご利用、お待ちしております―――。

ご利用ありがとうございました。


お降りの際は手荷物などお忘れの無いよう、お願い致します。


本日は――誠にご利用頂きありがとうございました――。



*******************

遂に完結致しました!

この作品、「The eternal train」を最後までお読み頂いた方、誠に感謝申し上げます。


この作品を書き始めまして、約1年程の道のりを経て今に至ります。


書き終えて、何とも晴れやかな気分です。


実のところ、本作がこのサイトで私が書き始めた初の作品でして、途中半ば諦めてしまいお蔵入りになっていました。


ですが、ある方の応援により最後まで書き上げようと思い、何とか完結までに至りました。



これも、応援して下さった方々のお陰です。


この場をお借りして感謝申し上げます。



では、此れにて、

また別のお話で会いましょう。

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