5
「……君、大丈夫?」
うつむいた視界からかすかにローファーが見えて、ふと顔を上げる。
目の前に立っていた男子生徒は、どこかで見覚えのある顔だった。
少し長めの髪は校則にひっかかりそうだったが、片方は耳元に髪をかけていて少しだけ制服を着崩していた。
「……」
なんて言えばいいのかわからず、黙って顔を見あげていると彼の方が急に「あっ」と声を上げた。
「前に、俺とぶつかった人だよね?雨の日に」
そう言われて、私の記憶も呼び戻された。
あのとき傘を拾って私に渡した人だ。友達数人と一緒に歩いていたあの人だ。
「あ……はい」
汗も止まって、息も整ってきた。だけど、彼と会って少しの焦りが出来た。
「……こんな時間に1人でどうしたの?うつむいてたけど、体調悪い?」
私は首を横に振る。もう普通に帰れるし、大丈夫だろう。
ベンチから立ち上がって、彼のことを一瞥しながら公園を出ていこうと歩き出した。
今は、あんなこともあって人とはあまり絡みたくない。
いや、いつも思っていることではあるけど、いつも以上に一人になりたかった。
「もう暗いし、送っていこうか?」
彼は少しの間あの場所に立っていたけれど、私が歩き出すと後ろからついてきた。
無視したまま公園から出る。これが私にとって拒否しているということだった。
わざわざ言うこともないだろう、と思っていたのに、彼は横に立ったまま歩いている。
何を話しているわけでもない。
ただ、ポケットに手を入れたまま私の横を歩いていた。
「……1人で、いいです」
言わないとわからないのか、と呆れながら呟くと彼は微笑した。
「こんな時間に女の子1人じゃ危ないでしょ。変な人に絡まれるかもしれないじゃん」
ピクッ、とその言葉に少しだけ反応してしまった。
さっき絡まれたばかりだ、と心の中で呟きつつ、無視して歩く。
もう、家までついてしまった。
結局彼は私の家までついてきた。付き添い、という言葉が1番似合うだろう。
家を知られるのは良くなかったが、何を言っても横を歩いているから、もう私も諦めたのである。
横を歩いている時も、とくに会話はなかった。
私の歩くペースに彼が合わせて、そのままだ。
薫みたいにまたいろいろ独り言のように呟くのかと思っていたから、そこは少し意外だった。
何で私を家まで送るのか、疑問で尋ねてみたかったけど、あまり会話をしたくなかったからその質問はぐっと飲み込んだ。
「ここが君の家?」
一つの家の前で止まったから彼はその家を見上げた。
詳しくいえば、ここは私の家ではない。兄夫婦の家だ。
私の家はここから遠いところにあって、今頃は別の家族が住んでいるだろう。
首を縦にも横にも振ることなく、私は目線を逸らす。
「そういえば、君の名前知らなかった。朝日奈っていうんだね」
家の表札を見て彼はにっと笑った。
「俺は永瀬遼。好きに呼んでいいから」
まず呼ぶことがないだろうな、と心の中で思って、私は家の門を開けた。
最後に振り返ると、永瀬と名乗った彼は「またな」といって自分の家の方への帰ってしまう。
変な人だな、と首を傾げて、私は門を閉めた。