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立場上兄である薫が帰ってくると、階下は一気に騒がしくなる。
元々が静かすぎてうるさく感じるだけかもしれないが、リビングでは料理を作ったりする音が2階まで届くのだ。
兄夫婦が帰ってくるのは遅いので、それまでに2人で夕食を済ましてしまうのがいつものこと。
この間に私はいつも宿題をしたり、自主勉強をしたりなど1人の時間を満喫するのである。
携帯は一応持ってはいるけど、あまり使う必要が無いので依存症なんて私とは無縁の存在だろう。
2階までかすかに届く夕食の匂い。
薫が料理上手なのは、今に始まったことではない。
両親が共働きということもあって、夕食を自分で作り始めたところハマってしまい、今では両親の分まで作ってしまうらしい。
私は料理とかそういうものは得意ではないけれど、勉強面では薫には負けない自信がある。
もちろん学年という差を除いてだが。
しばらく経って、階段をのぼってくる音と、自分の部屋をノックする音が聞こえるのも、もう慣れたことだ。
「はるひ、ご飯出来たから降りてきて」
料理が上手くいった時は少し弾んだ声になるのが特徴だ。
特に返事をするわけでもなく、私は部屋から出る。
出てきた私の顔を見て薫はホッとしたように笑い、自分から階下に行くのだ。
リビングにつくと、もう夕食は綺麗に並べられている。
薫の正面に私が座って、ご飯を食べる。
「……いただきます……」
今日家で発した最初の言葉。
大体がこうだ。会話なんてしないから、言葉を発する理由もない。
黙々と食べ進めていく私を見ると、薫は必ず満足そうに笑うのだ。
食べ進めていくのが、皆の“美味しい”の代わりだと思っているらしい。
あながち嘘ではないが、そこまであっているというわけでもない。
薫はどちらかと言うとよく喋る方だ。
私が全く話さないのを知っていながらも、学校でのことを話したり、自分の趣味のことを話してくる。
たまに私が目線を上げて、目が合うと薫は調子に乗ってこれまた喋り出すのだ。
私にとってはどうでもいい話ばかり。他人に興味の無い私には知らなくてもいいことだらけ。
内容もくだらないものばかりで、何でそこまでして私に話しかけようとするのかが不思議だった。
私は皆みたいに笑ったり、相づちを打ったり、そこから発展して会話もできない。
そんな私に話しかけて薫には何のメリットがあるのだろう。
しかも薫の口から愚痴と分類されるものを聞いたことがない。
1日にたまった愚痴を聞いて欲しくて話しているなら私もまだ理解ができる。
だけど、口から出てくるのは楽しい話ばかり。
そんなものを私なんかに話して、薫は何をしたいのかがわからない。
「ごちそうさまでした……」
一通り出されたものを食べて、食器をシンクに置くと私はいつも自分の部屋に戻る。
それがいつものこと。
「あ、そうだ。はるひ」
いつもなら食器を洗い出す薫が、珍しく私を呼び止めた。
半身で振り返ると、薫はカレンダーを見ながら話す。
「そろそろはるひの誕生日だろ?何か欲しいものはある?」
そろそろ、なんて言葉はまだふさわしくない気もする。
私の誕生日は7月だし、欲しいものなんてない。
「……要らない」
そう呟いて、私は今度こそリビングから出ていった。