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今日は、少しだけ遅刻してしまった。
朝、いつも通りに登校しようとしたところ、急に吐き気に襲われてしまったのだ。
慌ててトイレに駆け込んだ。
薫がそれを察して学校に連絡は入れてくれたらしいけれど、私はそれどころではなかった。
お腹の底が掻き回されるような不快感。
喉元まで何かが迫ってきているのに、それを口から出すことが出来ない苛立ち。
トイレに駆け込んでも、口から何かが出ることは無かった。
嘔吐した訳では無いので、その後は学校に遅れて向かった。
少し落ち着いてから家を出たからいつもより1時間は遅れてしまったと思う。
そのせいか、周りに同じ制服を着た高校生はいないし、通勤通学でこの道を通る人はほとんどいなかった。
会うとすれば、スーツを着たサラリーマンくらいだ。
それでも、慌てることなく、焦ることなく、ゆっくり歩いていく。
実をいうと、この体験は初めてではなかった。
月に三回くらいは来るのである。
なんで来るのかはよく分からない。
いつからこんなことになり始めたのかも今はもう覚えていない。
薫達はこのことに気付いていて、毎回心配してくれるが、薫以外は仕事に行かなくてはならないのでいつも薫がギリギリまで私の側にいてくれた。
イヤホンを耳にはめつつ、音漏れしそうなくらいに大きな音で脳内から余計なものを消す。
思い出したくもない思い出を思い出すから、こんなふうに体調が悪くなるんだ。
考えなければいいのに、考えているつもりは無いのに、勝手に頭のどこかで両親のことを考えている。
こんなにも大きな音で音楽を流しているのに、頭の中に音楽は全く流れていない気がした。
変なことばかり頭に残る。
三年前に見た画面越しの飛行機が炎上している映像が頭から離れない。
どんなにお気に入りのテレビでも、少なくともどこかしら映像に欠けている部分はあるだろう。
なのに、あの飛行機炎上の映像だけは脳内から消えなかった。
無意識に考えているのだろう。
もう三年も経ったのに、まるで立ち直れていない。
遺族として故人のことを考えて悲しむのは当然だと思うけれど、ここまで頭にまとわりつかれると日常生活に支障が出てしまう。
実際、こういう謎の吐き気として症状が出ているのだから。
このせいで、私の皆勤賞はなくなる。
無遅刻無欠席、というノルマは達成できなくなる。
今更、それを狙っているわけでもないから構わないけれど。
ただ、その事故のせいで自分がどれだけ悲しんでいるのか、怒っているのか、日常生活にどれだけの支障を来たしているか。
そんなくだらないことを、自分の心の中で証明したかったのだ。
イヤホンから流れる爆音なんてなんのその。
音が漏れていることすら気付かずに、ましてや音楽が流れていることすらも忘れかけて。
顔を上げた先に見えるのは、授業が既に始まっている静かな高校。