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「“永瀬”は、俺の母さんの名字だから。“若狭”は……親父の名字」
なんでそんなことを私に話すのだろうか。
私が聞いても聞かなくても彼には何の関係もないはずなのに。
むしろ、なんだか無理やり家庭環境を教えられたみたいで不愉快でもあった。
聞いてて楽しいような話を聞かされたわけでもないし、だからといって私に何かリアクションを求めているようにも見えなかった。
視線を逸らして両親の墓に向き直る。
とくに話したいことなんてなかった。
永瀬と話すことなんてない。
複雑なのかわからないが、そんな家庭環境の話をされたところで私がどうするというわけでもない。
ほんとに、何がしたいのかわからない。
「……まさか、こんなところで朝日奈に会うなんて思ってなかったよ」
話の内容を急に変えてきて、永瀬は気まずそうに笑った。
「無理に、会話する必要無いと思う」
ぽつり、と無意識に口から出た言葉だった。
話したくないなら話さなければいい。
気を遣って、気まずい空気をどうにかしたくて話しかけるくらいなら、会話なんてしない方がマシだ。
「朝日奈の声も、最近ちゃんと聞けてなかった」
少し、ほんの少しだけ心がざわついた。
私の声なんて、聞かなくてもいいのに。
そんなことを考えられてたのかと思うと、どうも上手く話すことが出来なくなってしまいそうだった。
顔を逸らすと、永瀬の歯を見せた笑顔が目に入る。
墓参りに来てるんじゃなかったのか。
「……墓参り、しないの」
できるだけ短く、声の音量を下げて話しかけた。
まだ掃除もお供えもなにもしていないのに、私と話す時間なんてないはずだ。
私もそろそろ帰ろうと思っていたところだし、お互い足を止めている必要なんてなかった。
「あぁ、するする。朝日奈に会ったのが衝撃的でちょっと忘れかけてた」
多分冗談だと思うが、そんなことを墓の前で言うのは不謹慎な気もする。
忘れかけてた、など失礼ではないか。
とくに指摘をすることは無かったが、私はくるりと背を向けて木のバケツを持った。
「もう行くの?」
帰りの支度をしているのを見て永瀬に問いかけられる。
声をわざわざ出してまで否定することではないと思い、私は小さく頷いた。
「そっか。……じゃあまた学校でな」
手のひらを私に見せて、最後に笑うとそのまま墓の方を向いてしまった。
様子がおかしいようにも見えなくもなかったが、私にはどうでもいいことなのでそのまま両親の墓から離れていった。
家に帰ってくると、薫は執拗に私のことを心配してきた。
まだ両親のことで私がいろいろと悩んでいると思っているのだろう。
こんなにも質問されると、さすがの私も嫌になってくる。
「……大丈夫だってば」
すぐにでも部屋に戻ろうと思っていたのに、こんなことになるなら無視してでも部屋に戻ればよかった。
「ほんとに、心配とか……もう、やめて」
薫の言葉を遮って私は鋭い目で睨みつける。
両親のことを忘れたいわけじゃない。
だけど、誰かに両親のことを言われると……両親のことを思い出して胸がいたくなるのだ。
こうなるとわかっているから、誰かと両親のことを話すのは嫌だ。
薫であろうが、誰であろうが。
目の端で映る薫を見ていないふりをして、私は部屋にかけこんだ。