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永瀬遼は、突き指のせいで部活を休んでいた。
本人は、部活に出ようとしていたが顧問に止められてしばらく部活を休むらしい。
その間なぜかバスケットボールを抱えながら保健室に来ていたのだ。
といっても、校庭のバスケゴールでシュート練習をしている合間に校庭の方からこちらの窓を叩いて会話をするだけだ。
私はどっちにしろ会話には入らないし暇なので、読書をしている。
5日間のうち3日は保健室にいないといけないのはそれなりの頻度で、永瀬とはそれなりに顔を合わせていた。
彼は私に挨拶をしてくれる。でも私は返事をしない。
かんなと2人でいつも楽しそうな話をしているが、私はソファーに座って読書をするのがいつものことだ。
今日は金曜日。永瀬も明日から部活に参加できると楽しそうにかんなと話していた。
やっぱり永瀬と話す時のかんなの顔は少しだけ違う気がする。
……私の勘違いじゃなければ。
まあどちらにせよ、私にはどうでもいいことである。
本を開いて半分まで読み進んだ物語の続きを読み始めると、向こうから生温い風か入ってくる。
彼が校庭から話しかけているため、夏のぬるい風がこちらまで入ってくるのである。
少しだけ額に汗が垂れている気がして、私はため息をついた。
だからといって窓をしめてくれ、なんて言うわけでもなく、黙々と読書を続けている。
小さくため息をついて本を閉じる。
こんなところで読書は出来たものじゃないと、私は本を閉じて保健室から出ていこうとドアまで歩いた。
「……はるちゃん?どこか行くの?」
「お手洗い」
不思議そうに尋ねてきたかんなを少しだけ見て私は保健室から出る。
いつもはここまで気持ちがむしゃくしゃすることは無いのに、何でだろうか。
トイレに行きたいわけではなかったので、私はとりあえず体を冷やそうと自動販売機のところまで歩いた。
自販機のところは冷房が効いているわけではないけど、ここならまだ読書ができそうだった。
適当に冷たい飲み物を買い、それを一口飲んだ後にベンチに腰を下ろし、読書を再開した。
さすがに悪いかと思ったが、かんな的には永瀬と2人きりで会話できて嬉しいに違いない。
何だか手助けをしているみたいで、いまいち腑に落ちなかったがまあいいだろうと読書に没頭した。
しようとした。
「……お手洗いじゃなかったの?」
ふと聞こえた声に私は顔を上げた。
少し遠くに立っていた永瀬の顔を見て、私はゲッ、と苦い顔をした。
本を閉じて、私はベンチから立ち上がる。
保健室に戻ろうとすると、永瀬は首を振った。
「保健室に戻そうとしてるわけじゃないよ。まあ、当番をサボるのは良くないことだと思うけどね?」
クスクスと笑って永瀬は私の横まで来た。
「なんか、申し訳ないことしちゃったよね」
何が言いたいのかと首を傾げると、永瀬は斜め下を見て、申し訳なさそうにする。
「あの場所にいたくなかったから嘘ついてまでここに来たんだよね。やっぱ邪魔だったか」
否定も、肯定もしない私の顔。
この顔を見て彼はどう思っただろうか。
そこまで私はひどい考えを持っていないが、わざわざ否定しようとするまでもなかった。
別に、私の世界に入ってこなければ、誰がどこで何をしようと関係ないのだから。
「……別に」
私はそうとだけ呟いて、保健室に戻った。