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TOKYOダンジョン  作者: 佐世 保
秋葉原サバイバル
5/29

3月25日 戦う手段が必要です

残酷な描写があります。ご注意下さい。

「おはようございます」

「おはよ~」

「眠いぞぉ」


 夜間に襲撃を受けることもなく夜が明けた。

 涼子たち三人は、寝ていた四階のフィットネスクラブから、司令室に定めた五階の警備会社にやって来た。

 警備会社を司令室に決めたのは小型トランシーバーと親機が置いてあったからだ。トランシーバーはビル内は充分にカバーできる出力があった。トランシーバー子機は各階と各テナントの責任者に渡してあった。


「おはよう、早いな。ま、適当に座ってくれ」


 無線機の前に陣取っていた滝本が片手を挙げて応え、空いている椅子を指した。彼の回りには夜間監視に就いていた若い男たちがいた。どうやら監視の報告を受けていたらしい。


「黛、監視中に確認できたモンスターのリストだ。見るか?」


 滝本が一枚のA4用紙を差し出した。


「拝見します」


 椅子に腰掛けながら、リストを見た涼子が眉をひそめる。

 状況は悪くなる一方だった。徘徊するモンスターは種類も数も増えていた。


「いや~、立て籠って正解だったよ」


 明け方まで監視についていた、大学生三年の倉橋という青年が言った。


「あいつらさ、動く物なら、人だろうが車だろうが見境なしに襲いかかるんだぜ」


 スケルトン、コボルトといったゲームやファンタジー物では馴染みのモンスターの他にも、いくつかリストアップされているモンスターがいた。


「この……牛って何ですか?」

「わかんね。見た目が、まんま牛。ただし、大きさは普通の倍以上。ニトントラックなみ、そいつが八トントラックに体当たりして八トンが当たり負けして横転してた」

「車で逃げるのは無理っぽいな」

 滝本は溜め息をついた。


「とりあえず、コーヒーでもどうぞ」

「あ、すんません阿部さん」


 コーヒーを持ってきてくれたのは、涼子たちを招き入れてくれた警備員のおじさんだった。いつの間にかカオルとアユが手伝っていた。この警備会社の社員だと、阿部が自己紹介した。

 涼子は昨日助けてくれた礼を言っていなかったことに思い当たり、立ち上がって頭を下げた。


「阿部さん、昨日はありがとうございました。お礼を言うのが遅れてしまって申し訳ありません」

「いいの、いいの、気にしないで」


 阿部は照れくさそうに手を振ってみせた。

 阿部は昨日、コンビニに買い物に行き、そこで「通り魔が現れた」という通行人の声を聞いたらしい。あわてて会社に戻り、外に出ないよう非常放送で呼び掛けた後、一階のシャッターを閉めたという。


「おじさん、グッジョブ!」


 カオルが阿部にサムズアップをした。


「いや~おじさんはやめてくれないかなあ、僕はまだ32才だし。あ、でも高校生から見たら32は立派なおじさんかなあ」

「ええーッ!」


 その場にいた全員が驚いた。身長は160㎝位の小太り体型、頭がすっかり残念モードに突入している阿部は、とても32才には見えなかった。


「飛行タイプのモンスターは確認していないんだな」

「あ、ごまかした~」


 さりげなく話を反らそうとした滝本だったが、アユに突っ込まれ、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 それを見て、みんなが笑った。


「司令室!向かい側のビルを見て下さい!」


 突然、無線機から緊迫した声が流れた。

 全員が窓際に駆け寄った。

 通りを挟んだ向かい側のビルにも避難していた人々がいたようだったが、モンスターの侵入を許してしまっていた。通りひとつ挟んでいても、悲鳴が聞こえた。


「見るなッ!」


 滝本は涼子たち三人を遠ざけようとした。

 だが、三人は見てしまった。

 逃げ場を失い屋上から身を投げる女性がいた。通りに引きずり出され生きたまま喰われる男性がいた。そこには地獄の絵図が繰り広げられていた。カオルはトイレに駆け込み、アユは崩れ落ちるように座り込んで泣き出した。阿部が心配そうに声をかけている。


「……見ない方がいい」


 滝本は昨晩も、そのような話が女性や未成年者の目や耳に入らないように配慮していた。ゴツい見た目と違い、心配りができる男のようだった。涼子にも見ないように勧めているのだが、涼子は蒼白になりながらも、目や耳を塞ぐことを拒んだ。


「私は何が起きたのか、きちんと知っておくべきなのです」

「ま、見たいなら見ればいいさ。グロいだけだけどよ」


 そうは言いながらも滝本は、やるせなさ気に頭を掻きむしった。

 掻きむしる手を止め、溜め息をついた滝本は、ブラインドの隙間から空を見上げた。


「何かいるのですか?」


 涼子も同じようにして空を見上げた。


「いや、変だと思わねえか?」

「何がです?」

「ヘリがいねえんだよ」

「ヘリ?」

「ヘリコプターだよ。こんだけの事件が起きてんだ、ヘリの一機や二機飛んでてもおかしくねえはずだ」

「……」

「警察や自衛隊はおろか、マスコミのヘリすらいねえ」

「どういうことでしょう?」

「……最悪の事態を想定しなくちゃいけねえってことさ」


 今一つ要領を得ない様子の涼子に、滝本は説明した。


「すぐに思いつくのは二つ。一つは空を飛べるモンスターがいて、危なっかしいからヘリが飛ばせない場合。飛行タイプはいなかったらしいから、こいつは可能性は低いかな。もう一つは……」


 少し躊躇いを見せて、滝本は言葉を継いだ。


「ヘリを飛ばすどころじゃない状況になっている場合だ」

「援軍を送る余裕がないほど敵が攻めて来ている、ということでしょうか?」

「ま、そういうこった」

「……」


 考え込んでしまった涼子を見て、滝本は苦笑した。


「真面目だな、あんたは」

「え?」

「それに強い。あんたみたいに強い女は見たことがねえよ」

「からかっていますか?」

「いや、尊敬できるってことさ」

「……」


 涼子は顔を伏せ、沈黙が流れた。

 まずいことを言ってしまったか、と滝本が後悔し始めた頃、涼子が顔を上げた。


「戦う……戦う手段が必要です」









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