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TOKYOダンジョン  作者: 佐世 保
秋葉原サバイバル
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3月24日 (2) 無理するとこだろ

 三人が逃げ込んだのは雑居ビルの一つだった。


 なるべく駅前広場から離れようとしたが、ふらついている涼子を連れていては早く走ることも、遠くに逃げることもできなかった。

 とあるビルの前を通りかかった時、半開きになったシャッターの前で警備員のおじさんが手招きしていた。


「君たち!早くこっちに!」


 三人はビルに駆け込んだ。三人が入ると素早くシャッターが下ろされた。警備員のおじさんはシャッターのポスト口から外の様子を伺っている。聞けば、こうやって逃げて来る人を見かけては招き入れているそうだ。

 三人は三階の空き事務所に通された。

 そこには避難してきた人や、外の情報が欲しいテナントの人たちが集まっていた。


「大丈夫ですか?」


 荒い息をついている三人にミネラルウォーターのペットボトルが差し出された。カオルは水をくれた中年の女性に礼を言って受け取った。


「ありがとうございます」

「気にしないで。それより、あなたたち駅前の方から逃げて来たのよね。一体何が起きてるの?」

「人を襲うゴブ…モンスターが現れたんです」

「モンスター?」

「ええ、それもたくさん」

「……嘘でしょ」


 中年女性は信じられないという風に首を振った。


「いや、俺も見た。ありゃゴブリンだった」

「ああ、ゲームのザコキャラのゴブのまんまだった」

「実物はキモかったな」


 ビル内に逃げ込んでいた若い男性たちが口々に証言した。それでも中年女性は信じられなかったようだった。


「通り魔じゃなかったの?」

「通り魔があんなに何十匹もいるかよ!」

「モンスターだなんて信じられないわよ!テロリストの集団の方がまだ信じられるわ!」

「じゃあ自分で見てこいよッ、ババア!」

「ちょっと!失礼でしょ、アナタッ!」


 若い男性の一人と中年女性が口論を始めてしまった。それは次第にエスカレートし、現実にあの光景を目撃した者と、状況把握できないまま避難した者に分かれて言い争うようになってしまった。


「止めて下さい!」


 喧騒に負けない、凛とした声が争いを止めた。その声には威風が備わり、聞いた者を従わせる力を持っていた。

 カオルは親友を見た。

 さっきまで顔面蒼白で震えていた涼子が立ち上っていた。


「ここで人間同士が争っていても、どうにもなりません。私たちは力を合わせて、あの魔物共を退けなければなりません!」


 カオルはもちろんアユも、こんな涼子は見たことがなかった。


「おい!見ろよ、モンスターだ」


 窓際にいた男が叫んだ。

 皆が窓際に集まる。

 表の通りには徘徊するモンスターの群れがいた。


「あれオークじゃねえか?」

「リザードマンっぽいのもいるぜ」

「見られるとまずい。窓から離れた方がいい」


 誰かが警告すると全員が窓際から、そそくさと離れた。


「あれを退けるつってもどーすんだよ!武器も防具もねえんだぜ」

「俺らレベル1、無理ゲー」

「110番したんだろ、もうすぐ警察が来るんじゃね?」

「自衛隊来るかな」

「あれ?警察官て返り討ちになってなかったっけ?」

「役に立たねー」


 若い男の言い草にカオルは怒りを覚えた。あの若い警察官はカオルたちを逃がすために戦おうとしていた。彼を貶める発言は許せなかった。それに、何も武器を持って戦えと親友は言っているわけではない。困難を乗り越えるために力を合わせようと言っているのだ。


「あんたたち……」


 文句を言いかけたカオルを涼子が制した。


「こちらから討って出る必要はありません。まず、水と食料の確保、次に防御を固めて見張りを立て警戒し、援軍を待ちます。退路も確保できればいいのですが……」


 避難していた人々は、ポカンとした顔で涼子を見ていた。カオルとアユも呆気にとられていた。


「面白え!このお姉ちゃんに一票入れるぜ」


 ゴツい身体つきをした男が立ち上がった。

 先程の口論には参加せず、床に座り込んでニヤニヤ笑って、口論を眺めていた男だった。


「俺はさ、とあるゲームでギルマスやってんだわ。考えて見りゃ相手は、いわゆる初期モンスターばっかしだ。ゴブ相手なんか死ぬほどやってた。たかがゴブやオーク相手にびびってちゃギルマスなんて偉そーに言えねーわな」

「これはゲームではありません。まかり間違えば死んでしまうのですよ?」

「わーってるよ。無茶はしねえ、だけど生き残るために無理するとこだろ、ここはよ」


 ゴツい男に涼子はニコリと笑って見せた。


「水は大丈夫です。水道が生きています」

「食料は飲食店から集めればいいよね?」

「電気も生きてる、ガスは?」

「俺、店に戻って確認してきます」

「会社に災害時用の飲料水と保存食あったよね」

「毛布とかもいるんでしょ?」


 人々が前を向き始めた。

 きっかけを作ったのは涼子だ。

 カオルは親友を眩し気に見た。


「あー、俺は滝本慎二ってモンだ、よろしくな」

「私は……黛涼子です。よろしくお願いします」

 

 ゴツい男が照れくさそうに名乗っていた。




 防御計画は涼子と滝本を中心に立てらた。

 このビルは地上八階、地下一階の九階建て、いわゆる雑居ビルというやつだった。


 まず、一階から二階に上がる階段前にはバリケードを作る。エレベーターは警備員が運転停止にした。外に出る扉は全て施錠し、自動ドアはシャッターでふさがっているが、念のためそこにもバリケードを設置することにした。一階と地下は使わない。

 また、一階の警備員室からLANケーブルを引き、監視カメラの映像を上層階で見られるようにした。これで一階と外周の監視ができるようになった。


 二階から上の窓はブラインドを下ろし、外から見られないようにする。空きテナントにはブラインドが無いため、基本的に使用しないで施錠する。夜間は灯りが漏れない部屋のみ照明を使ってよいことに決めた。監視カメラの死角を減らすように、パソコンのカメラで外周を監視できるようにもした。


 次は飲料水と食料だが、水道は生きていた。しかし、屋上のタンクに一旦汲み上げて配水するシステムであることが分かり、念のため汲み置きすることにした。タンクが空になってしまえば水は出なくなるし、停電すればポンプが動かなくなるので、やはり水は出なくなる。保存水もあったが、これは最後まで取っておくことにした。


 食料は飲食店に、ある程度はあった。ガスも生きているため調理も可能だった。だが、量が無い。このビルに避難している人数は57名、切り詰めても二日分位しかない。災害時用の保存食を加えても四日で尽きる。それまでに救助が来ないということは考えにくいが、万一の対策も必要だった。


「問題は食料ですね」

「いざとなりゃ、外に出るさ」

「それは最後の手段ということで、お願いします」

「分かってるよ」

「はい。あとは問題点というか、謎というか……」

「通信だな」


 電気と水道というライフラインが生きているのは幸いだったが、通信手段だけが全て閉ざされていた。

 テレビもラジオも入らない。

 携帯電話も固定電話も通信不能だった。

 全てのライフラインが途絶するなら解るが、通信手段だけが駄目というのは理解に苦しむ。震災のように物理的に遮断されているわけではないはずだった。


「駄目なもんは駄目。そう割り切るほかねえなあ」

「そうですね、調べようも無いですし」

「ただなあ、精神的に持たない奴が出るだろうなあ」


 大規模災害時に情報が無いことが、どれだけ辛いかを日本人は知っている。ただし、経験的に知っているのと、知識として知っているのでは大きな違いがあるだろう。

 日本全体が秋葉原と同じ状況であれば救助は望み薄になってしまうだろう。助けが来ない中で恐怖に晒され続ければ、精神的にまいってしまうのは容易に想像できる。


「考えすぎてもしょうがねえか」

「そうですね。今日一日、明日一日を乗り切ることを考えましょう」


 全ての対策が完了したのは夜の11時を過ぎた頃だった。夜間監視の当番を決め、非番になった者たちは眠りについた。

 涼子たち三人も段ボールを床に敷き、毛布にくるまって寝た。


「涼子~今日は大活躍だったね~」

「ホントだよね、涼子がこんなにしっかりさんだとは知らなかったよ。あれだね、乱世の英雄ってやつだね」

「……」


 涼子は無言で二人に背を向けて横になっていた。


「あれ、涼子もう寝ちゃった?」

「大活躍だったから、お疲れ~」

「そだね、私たちも寝よっか」

「うん、おやすみ~」

「おやすみ、アユアユ」


 暗い部屋の中で唇を噛みしめて、涼子は涙を流していた。

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