1、文章作法 【言葉選び】
小説は日本語で紡ぐ物語です。
日本語に慣れ親しんだ日本人であれば、文章を書くのはお茶の子さいさいですよね。
一つ前の項目で、描写について目を通していただいたと思いますので、十分な表現力を発揮できるようになったと思います。
そこで更なるステップアップとして、言葉選びについてお話します。
【描写とは?】の項目で、桜並木の描写をしました。
米印で「後々の伏線」としてあったのを覚えていますか?
改めて書き出します。
【例】
咲き誇る花びらを風に揺らす桜並木。
眩しげに眼を細め、穏やかな表情でゆったりと歩く貴方の姿に、私はただただ見惚れていた。
上記が例文です。
この文章、たった二行ですが「読者がイメージしやすいように」という一点に意識を砕いて時間をかけて書きました。
描写に五感を混ぜるという一個前の項目で、色を入れた方がいいと言いました。
しかし、この文章にはありません。
理由はすでに書いた「伏線ですよー」の部分にあります。
※余談+後々の伏線として補足※
本来であれば、色合いも描写に入れたいところでしたが、桜の花びらの色と言えば「桜色」が何よりもベストマッチな単語です。
しかし、ワンセンテンスに『桜』の単語を多用するのはくどいので避けました。
また、桃色やピンク色といった表現方法も出来ますが、桜花の色に対して桃色と表現するのはあまりにもピント外れですよね。
そして、日本を象徴する花でもある桜を表現する文章にあって、英語であり、カタカナ表記を必要とするピンクは、風情がありません。
なので、色を文章に組み込まずに桜花という言葉から色合いをイメージしていただく手法を取った形になります。
上記の通りです。
色を組み込むのは情景描写の基本ですが、文章的な配慮として読者の記憶に任せました。
続いて、季節感も組み込むことで春先の明るいイメージと淡い恋心を表現するつもりでしたが、文章に組み込まなかった理由が以下の通り。
さらに、季節感を表す表現として最適な、春風という単語をあえて使いませんでした。
辞書でも「春の穏やかな風」と載っていますが、実は気象的に春は意外と風が強めなのです。
人によっては、春風に強めの風をイメージする方もいます。
穏やかさを優先的に表現する為、避けた次第です。
そもそも「桜」が春の季語なので、季節感を前面に出す文章を作らずとも、表現できるというのも理由にありました。
※余談+後々の伏線として補足※
ということです。
色合いと季節感、この二つで言いたいことはわかりますかね。
そう、「言葉選びがいかに文章に及ぼす影響が大きいか」です。
これも描写のコツで伏線とした部分ですが、怒るという心理を表現する言葉はたくさんありました。
毎回、事あるごとに怒りを感じて『メロスは激怒した』と文章で表現したら、しつこいなコイツと思いますよね。
そこで言い換えが必要となってきますが、怒りを表現出来るのだからといってどれを使ってもいいというわけではないのです。
言葉にはその単語が持つ意味とは別に「イメージ」も存在します。
春風が辞書的には「穏やかな風」であるのに対し、人によっては「桜を散らす強い風」をイメージするように。
例えば、血のような紅を引いた唇と表現しましょう。
読んだ読者は唇の色を赤と認識するでしょう。
しかし、皮膚が裂け、血管が破れて溢れ出た体液が血です。
こうした認識を人間は持っていますから、血という単語に「痛々しい」というイメージを持ちます。
初めて口紅を塗った年若い女性の唇を表現とする文章にはそぐわないイメージですよね。
これが、美を求めて処女の生き血をすする女殺人鬼だったら、ピッタリの表現方法ではないですか?
言葉の持つイメージが文章に与える影響です。
さらに言うと、鮮血という言葉があるように、流れ出たばかりの血は鮮やかな赤い色をしていますが、酸素に触れて凝固していくと血は黒ずんだ色に変化します。
もしかしたら、人によっては血の色を赤よりも黒に近い色をイメージするかもしれません。
つまり、読者にイメージしやすい描写を心掛けるということは、単語の持つ意味だけではなく、単語に含まれるイメージまでコントロールして言葉選びをする必要があるということです。
イメージのそぐわない文章だと、違和感を覚えて読むリズムを狂わせてしまいますが、イメージを上手くコントロール出来ている文章だと、劇的に効力を発揮して読者を物語にいざないます。
ぜひ意識して言葉を選んで文章を書いてください。