今の自分を受け入れること
他人依存タイプ。
好きなことは自主的に行えるが、それ以外のこと、特に新しいことには、不安が先に立つ。「楽しそう!」と思っても、自分からことを起こすのには多大な勇気をようする。
ただし、趣味に関係する物事に関しては、公的な場でも積極的。
排他的だが寂しがり屋、一人では不安なのに他人を鬱陶しいと感じる時があり、一方で皆とわいわいするのは好き、という矛盾だらけ且つ難儀な性格。
自己の変化を強く望むと同時に、上手くいかなければすぐに飽きたり、尻込みしたりする。
不意に『生きる意味』とか『人生』とか『この世界って……』とか考え出してネガティブになるから、明確な答えを探している。
このプロジェクトも、そんな考えが基礎になって、開始されたものである。
口下手、人見知りで社交性に欠け、そんな自分が嫌い。
以前よりはまともに振る舞えるようになってきたものの、言いたいこと、やりたいこととは違うこと、あるいは良いものより劣った発言や行動しか出来ず、常々その程度のことしかできない自分に嫌気がさしている。
一番初めにやりたいと思うのに怯えて行動が起こせなかった時などは、嫌な思いしか残らない。
後、圧倒的に気が利かない。
ただし、このプロジェクトによって、少なくとも後悔は捨てることができている。
過去も未来もたいして気にせずに生きるように考えているし、昨日今日と、“怒らない”ことは出来た。
まだまだ修行が足りないものの、すでにゆっくりと、“好い人”への道を歩き出せていることは確かだ。
ヘタレは慎重、排他的は自立性、わいわいしたいのは楽しいことを望むからで、一人だと不安なのは経験がないからに過ぎない。
口下手や人見知りは一人でも楽しめる趣味を早いうちから持っていたためで、社交性のなさも元はこれが原因。ただし、趣味が悪いものであると思ったことは一度もない。
慌てて出来ないのなら一泊おいてから行えばいいし、優柔不断もまた、慎重の裏返しと考えれば悪くはないと思う。
それが出来るなら、気配りだって出来るはずだ。これは単に、今までやらなかっただけに過ぎない。
なんだ。思ったより簡単なこと。
後はほんの少し、やってみよう、と勇気を出すだけ。
いや、勇気ではないな。
言動を始める一拍の間、それを経験と考えよう。
そして、そんな自分を受け入れるのだ。
それが出来て始めて、僕は最もより良い、変化を得られる。
現状を正確に理解し、そして許容してこそ、真に、更なる高みを目指す土台が出来た、ということ。
危ない。危うく見落とすところだったのだ。
それは、可能性という名の、永遠に続く挑戦の階段。
『性格の革命』という挑戦とはまた異なる、別の挑戦に必要な台である。
僕たちは生きている限り、完成をしてはならない。
そこで止まってしまえば、後に続くのは下降のみ。ゆえに未完成であり続けなければならないのだ。
常に挑戦し続けてこそ、人は更なる高みへたどり着いていける。
僕はきっと、このプロジェクトが成功をおさめて終了した後も、別の変化を、革命を、挑戦を、して行くはずだ。
そのためには、少しでも多く、早い段階で次の目標に関係するものを整えておかなければならない。
世の中は、実に不思議なことに満ちているらしい。
幻想たるファンタジー好きな僕としては、現実たるリアルは、本当は実につまらないものだけど。
それでも、そこに存在しているならば、その中でだって出来ることがある。
続けよう。変化すべき行いを。
少々の道草は障害にはならない。
それすらも経験、糧として、プロジェクトを進めていこう。
先は長くも生きるは刹那。
いざ慎重に、意気揚々と!
微笑みだけは、忘れずに。
自分を愛するその思いを、抱けてこそが、己ならば。
今に受け入れそして笑え。
「なんだ、案外自分も悪くない」と。
受け入れ、そして立ち止まるな。
お前の目標はこの上だ。
僕の目標はこの上だ!
何回始めても構わないさ。
過去が決して消えないなら、それは経験として残るということ。
悪くない。そうだろう?
いつだって何回だってやり直せるんだ。
瞬間を生きることを忘れずに、後六十年を生きるとして。
それが苦痛でないならば、未来を夢見ることもまた、悪くはないかもしれないね。
忘れてはいけないのは、この一瞬を全力で生きないで、未来を生きれるか! と言う思い。
無駄にしてはならないのだ。同時にきっと、無駄なものなど一つもないけど。
そう思うこともまた、異なる挑戦への幕開けだ。
今は“好い人”が目標だけど。
並行して、様々なことを考えてみるのも、きっと面白い。
限りあるこの人生を。
楽しく生きて、いこうじゃないか。
とりあえず、一段落。




