より良く
結局は、全てが“自分”であるわけだ。
善を行う僕、悪を行う僕、怯えて怯む僕、怖くても立ち向かう僕、怒る僕、笑う僕、優しい自分、不親切な僕……
その時々の感情に従う僕もまた、自分であることには変わりないわけだ。
ころころと感情と表情が変わっても、口調が変わっても、それも全て含めて“自分”であるのだ。
その上で、新たなる自分を創造する――それが、このプロジェクトの真意なのである。
これは、紛うこと無き挑戦である。
と、同時に、やはり僕は今一度考えなければならない。
そして、知らなければならない。
自分がどういう人間であるのか。自分はどうしたいと思っているのか。
過去はいい。未来もいい。知るべきは現在の自分である。
変化を望み、この約三日間で意識すればうかべられるようになってきた笑顔。
これを続けて行くことと平行して、今一度熟考してみよう。
僕はどんな性格を持ち、どんな人間性を持つ、存在であるのか。
とある書の神が語っていた。
「未来に続く人生を見つめるよりも先に、今の自分を理解し、本当になりたい姿を決め、そしてその目的を達成するように行きなさい」と。
あるいは、「自分の価値を見出すより先に、他人の価値を見出すことは出来ない」と。
ならば今は、まだ途中だ。
自分を理解し、価値を見出し、本質を知るまでには、まだまだ時間が必要だから。
真なる姿を目指し変化を続けていくことは、そのままに。
様々な考え、あるいは思いは、きっと元からある。
どうやら少し、プロジェクトの目的からは一歩後ろのことも、考えなければならないようだ。
それもまた、革命を望む者の試練であるのか。
しかし、そうでなくてはつまらない。
試練なくして、人は波を越えられない。
そうだ、いいとも。
いずれは疑問に思うこと。知りたい、解りたいと思うこと。
いざ、尋常に!




