ここからが本当のスタート地点
あぁ。さてさて。
過去は大切な思い出。未来は希望であり、悪魔。今この瞬間は、生きている。
普通に生きて、後六十年。そんな無駄に長い生を、生に執着しない、むしろ死を望むくらいの自分が、どうやって生きる?
妥協してみようか。後六十年生きる、と。
ただ、そこまで先の未来のことを考えて行動、なんてとても身がもたないね。だって、どれだけ長いと思っていても、実際には明日死ぬかもしれないんだから。ぶっちゃけ、そんな現実をどうやって生きろというのか。
後何十年もありそうで、そのくせ明日には消えるかもしれない、だなんて。他人だけじゃなく、他でもない自分自身にまで振り回されるなんて。
ならば、いっそう考え方を変えてみるか。
先を考えるから、未来を想像するから、別にそこまで生きたいと思ってないのに、なんて考えて苦しいんだ。
なら、とりあえずはこうしよう。刹那主義だ。
今この一瞬を生きるだけでいいんだ。後は、ほんの少し先の未来を、ちょっと心配するだけでいい。明日、のことなんて、考えるのは夜だけにしよう。朝昼は今日だけで十分のはず。
これは、目線だ。
次は、どうやって生きるか。
そもそも生きる気がないのにどう生きるんだという、単純な疑問。
世界を自分の都合のいいように考えてみる、とか?
『自分の思い次第で世界は変わる』みたいなこと書いてる人いたし、いっそうそう考えて過ごしてみるべき?
創造するのは得意だし。
でも世界が自分の外の出来事じゃなくて、内の思いによって形作られれるなんて、びっくりな理論だと思う。そういう突飛なのは、たぶん嫌いではないんだよね。
今日は、楽しかったね。なぜだと思う?
答えは簡単。自分の思い通り、楽しい時間が長かったから。その瞬間が、多かったから、だ。
これが続くと思うな。
幸福なんて、思い通りの理想のなんて、一瞬だ。
けれど、この幸福を求めるのなら、やれることはあるはずだ。
笑顔でいること。後は、ほんの少し優しくするだけ。後悔を捨てる、というのもあるか。今日意識したことは、それだけ。
楽生。楽しく生きる。望むなら、刹那をも笑め! その時に優しくし、瞬間に後悔を捨てろ。その一瞬だけを、生きろ。
これが、方法。
後は、希望。遊び心。
今なりたい人に、なってみよう。
穏やかで、いつもにこにこ、怒らない人。次いで、そこそこ優しくて、そこそこ親切。つまり気が利く人。それが性格となれば、物怖じせず寛大で、且つ気配りができ、そして自分の考えがある人となれるだろう。最終目標は、いつも穏やかに振る舞い、笑顔を絶やさず、だいたいの人とにこやかに話せる、自立性と協調性のある月の人、か。
僕は、太陽にはなれないからね。(あるいはそう思い込んでいるだけかもしれないが)
とりあえずは、笑顔と刹那と気配りだ。
そんな風に、振舞ってみよう。
結局全ては、ここからだね。
強く、なれる日まで。
自分に自信が持てるまで。
変わったと、思えるまで。言われるまで。
さぁ、プロジェクトはすでに、始まっているんだ。




