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猫とネズミ

作者: ひらつー

◇ Side.猫


 相島リョウとは幼稚園の頃からの付き合いですが、彼ほど奇妙奇天烈な人間もいないでしょう。と、私こと三矢はつかは確信しております。

 

 彼のような人間が社会にのうのうと存在していられるという事実は驚愕すべきものであり、一応の法治国家を名乗るこの国のシステムになにか致命的な不備が存在することの証左でありましょう。


 この事態をお知りになれば、幼き子供たちは須らく泣き出し、胸に病を抱える方はたちどころに心臓麻痺が発作し、老人は世を儚んで自ら姥捨て山に向かうでしょう。


 しかし私はあえて今よりこの事実を白日の下に晒そうと思います。臭い物には蓋と言いますが、あまり溜め込んでおくと蓋の下で異形の生物が誕生しないとも限りません。彼がお日様によって日光消毒され、覿面更生することを願ってここに私は一石を投じるものであります。


 さて、相島リョウが社会不適合者であるということを示すエピソードは膨大な数がありまして、幸か不幸かそのほとんどは我が桃色の脳みそに刻み込まれております。無論、桃色といっても別に破廉恥に染まっているのではありません。血が良く巡っているという意味です。


 まあそのように優秀な頭脳を持つ私でありますからして、彼の名が全世界人類ランキングの中でも最下位を通り越して番外に値する位置に刻まれているという事実を理路整然と証明するのは容易いこと。


 ですが、あまりにも証拠が多すぎるため、如何な私といえども皆様に対して分かりやすく説明するには少々思考を巡らせ、情報の取捨選択をしなければならないことも事実です。


 しかしご安心召されよ! このレッドブレインはつかちゃんにしてみれば、如何に彼が抱える恥部が膨大であると申しましても、それを分かりやすく整理するのに要する労力は茶漉しをすり抜ける茶葉ほどの量にも満ちません。諸兄の皆様方、人類の至宝たる私の時間を無駄に浪費させてしまうのではと自責に駆られて首を括ろうとする必要は皆無であります。お茶を淹れるためのお湯でも沸かして待つのが良ろしいでしょう。


 なおその際、水から沸かすと吉です。特に理由はありませんが、冷水から沸かすのを推奨します。




◇ Side.ねずみ


 残念ながら三矢はつかは精神に異常をきたしている。そんな思いを抱くのはこの僕、相島リョウに限ったものではない筈だ。むしろ彼女を見た全世界の人々が同じ印象を受けるであろう。言語の壁などなんのそのだ。彼女はそれほどの異常者である。


 そんな彼女がこれまで平然と義務教育を卒業し、受験を潜り抜け、僕と同じ高校に通っているという事実はまことに驚愕すべきものである。この国の行政はなんと慈悲深いことだろう。だが時には非情を持って切り捨てることも必要であると知れ。


 そもそも、あんちくしょうは幼稚園で初めて顔を見た時から気に食わなかったのだ。奴のおぞましさに、僕の胃袋は収縮を繰り返し、思わず吐き気を覚えた。もの凄まじく苦しかったことを覚えている。この恨み、はらさでおくべきか。


 と、こうやって彼女の悪口を言っていると、「こいつ、嫌いな奴を乏しめたいだけじゃないの?」と、お思いになる方もいるだろう。


 違うのである。絶対に違うのである。そのような個人的な嗜好で他人を貶めようなどという卑劣な行為、自他ともに認める快男子であるこの僕がするわけないのである。


 その証拠として、僕は彼女の忌むべき秘密をここに公開しようと思う。


 他人の秘密を漏らすなんて男らしくない? いいやこれは正義の行い。いわば内部告発である。内部告発なら正義の筈だ。


 とにかくこの秘密を知ればきっと、いや確実に彼女が悪であり、精神的な異常者であるとご納得いただけるはずだ。


 それほどまでにおぞましい秘密なのだ。もしもお子様連れの方がいれば、決してその手を放さず、しっかりと握ったままお聞き願いたい。そしてもう片方の手でお子様の耳を塞いでほしい。


 それでは、話そう――


 三矢はつか。あの無駄に長い黒髪と睫毛が印象的な高校二年生の女子は、人生においてもっとも素晴らしいものを足蹴にしているのだ。


 その素晴らしきものの名は愛。愛である。愛が無くては人類が回らない。少子化問題は人類の衰退に直結する。即ち、奴は世界でもっとも高貴な感情を捨て去ったターミネーターなのである。


 そう、彼女は同性愛者なのだ。





◇Side.猫


 さて、さほど時間は経っていないでしょうがお待たせしました。三矢はつかです。


 やはり彼を罵倒する材料があまりにも豊富でありすぎるため、厳選するのにはやや時間が必要でした。ですがその分、内容は洗練されたといえましょう。身の毛がよだつような恐るべき事実を、どうか心してお聞きください。


 まず男性読者の方に注意を喚起いたします。


 というのも、相島リョウはゲイなのです。あの無駄に通った目鼻立ちが印象的な男は、忌むべきホモ野郎なのであります。女子は悉くボーイズラブを好むなどという愚にも付かない信仰をお持ちの方はその辺の溝にさっさと捨ててください。私はこの事実を激しく憂慮しているのですから。


 ホモの何が悪いかというと、それは女性と付き合わないからです。当然ながら男子と男子の組み合わせでは子孫が誕生いたしません。種としての繁栄がその総数を維持、増大させるものだと定義すれば、ホモは人類にとって不倶戴天の敵であるといえましょう。生物学的にも甚だ不毛です。たとえ法曹が許しても神が許しはしないでしょう。


 私はこの事実を気に病んでいます。私こと三矢はつかは慈悲に満ち満ちた存在であるからです。もしも私が天上に座していれば、カンダタには頑丈な縄梯子を投下してさしあげたであろう程の慈悲深さです。


 よって、マイノリティな性的嗜好を持つ相島リョウが中東で死刑にならないように彼を更生させようと、私はこの十数年もの間奮闘し続けてきました。


 始まりは幼稚園で顔を合わせた時。彼の放つ余りにも悪辣としたオーラに、私は流感の如き高熱を発し、夥しく発汗いたしました。おそらく肉体の防衛本能が発露したものでありましょう。もの凄まじく苦しかったことを覚えています。この恨み、はらさでおくべきか


 とにかくそういうわけで、私は彼を更生させねばなりません。ですが、どうやって?


 無論、ホモを直すには、女性の素晴らしさを知ってもらうのが一番です。しかし、彼という粘着力のないセロテープと同程度の存在価値しかない男の為に、世の清らかな女性を犠牲にするわけにもいきません。


 ならばどうすべきか。さきほども言った通り、私は慈悲深く、素敵なレディです。ならば仕方なく、あくまで仕方なく、彼に女性の素晴らしさを教授することもやぶさかではありません。ああ、なんという自己犠牲の精神。凄まじく美しすぎる私。




◇Side.ねずみ


 なぜ、彼女が同性愛者だと判別できたのか。


 おそらく読者の何割からは顰蹙を買うだろうが、それを恐れずに宣言しよう。僕は美男子である。幼少のころ、近所のおねぇさま方からも「たい焼きのようにかわいい」と称賛されていた実績がある以上、これは客観的な事実と認めてしかるべきであろう。


 したがって、そのような美少年が長い間傍にいるというのに、愛の告白の一つもしてこない彼女が同性愛者だというのは実に明白だ。なんともロジカル。一部の隙もない論理的帰結である。


 そんな彼女の狂った性的嗜好を改善しようと、僕はひたすらに努力してきた。


 レズを直すには、男性の素晴らしさを知ってもらうのが一番である。しかし、彼女という先の潰れた千枚通しと同程度の存在価値しかない女の為に、世の純情な男性を犠牲にするわけにもいくまい。


 よって、快男子たる僕は自らこの身を仕方なく、あくまで仕方なく捧げたのである。なんという日本男子の鑑であろう。


 しかし彼女は手強かった!


 幼稚園からこっち、現在まで僕の努力が実っていない現状からも、彼女の業の深さが窺えるだろう。


 僕の努力が足りなかった、というわけではない。彼女を真人間に戻すためのエピソードは無数に存在し、しかもそのひとつひとつが涙なしには語れない、血の滲むような物語である。


 記憶に新しいのは一年前、高校一年生の時にあった社会科見学だ。見学、といってもその実態は行楽遠足に近いもので、観光地の周囲を自由に周るというものだった。


 それを聞いた時、僕は思った。これは彼女と一緒に店々を回り、僕の溢れ出んばかりのフェロモンで陥落させ、あの異常性愛者を覿面更生させるべしとの神託であると!


 かくして、僕の生涯何十度目かに当たる『三矢はつか更生作戦』が再び始まったのである。


 とりあえず、まずは一緒に見学せねば話にならない。よって、彼女が僕を誘いやすいように、僕は休み時間中、彼女の席の周囲をぐるぐると縦横無尽に練り歩いた。無論、天衣無縫たる僕が声を掛ければ約束を取り付けるのは容易いだろう。だが、あくまでこれは彼女の更生が目的なのだ。故に、彼女の方から一歩を踏み出させねばならない。


 さあ、踏み出せ! 正しき道を!





◇Side.猫


 だいたい彼はおかしいのです。こんな美少女と長年一緒にいるというのに、告白のひとつもしてこない。これはもう、彼がおぞましきモーホー野郎であるという証左であります。


 小さかった頃、近所のおにぃさま方から「大判焼きのようにかわいい」と絶賛されていた美少女が幼馴染であるというのに!


 かくして、私の人生においてはこれまで幾度となく『相島リョウ改革聖戦』が発動することとなりました。


 記憶に新しいのは一年前、高校一年生の時にあった社会科見学。見学、といってもその実態はレクリエーションに近いもので、お台場の周囲を自由に散策する、というものでした。


 とにもかくにも、まずは一緒に回る約束を取り付けねばなりません。よって、彼が私を口説きやすいように、休み時間中、ずっと寝たふりをして彼に隙を見せるという作戦を立案、決行いたしました。


 無論、天真爛漫たる私が直々に声を掛ければ、同行する約定を結ぶことは容易いでしょう。ですが、あくまでこれは彼の更生が目的なのですから、彼の方から歩み寄らせねばなりません。


 さあ、踏み出しなさい! 公明たる道を!


 駄目でした。駄目駄目でした。ここまで彼がへたれだとは思いませんでした。


 彼は私の机の周囲を、さながらゾンビーのごとく無駄に徘徊するだけで、一向に声を掛けてこようとはしません。


 このすくたれ者が! それでも貴方は玉砕戦法をかました日本男児の末裔なのですか!


 そうこうしている内に見学当日。私たちはクラスごとにバスに乗って、目的地へと出発してしまいました。


 もはや私の目論見は崩れ果てた、と諦観の念で一杯になった胸中に、一抹の疑念がよぎります。


 あれ? 私、一緒に周る班を作ってないですよ?


 クラスの学友からは数度、お誘いがありました。ですが私は例の計画を遂行するつもりであったので、その誘い全てに曖昧な笑みを返すことで誤魔化し続けていたのです。

 

 結果として、周りのみんなは楽しくグループで固まり、私はぽつねんと自分の座席でしおりと悲しいにらめっこ。最悪の事態です。このままでは高校最初のイベントをボッチで過ごすことになります!




◇Side.ネズミ


 駄目だった。駄目駄目だった。ここまで彼女が間の悪い奴だとは思わなかった。


 彼女はまるでナマケモノの如くずっと机に突っ伏したままで、僕の方を見ようともしない。


 この臆病者が! それでも貴様はいついかなる時でも男児を立てるという大和撫子の端くれか!


 そうこうしている内に見学当日。クラスごとにバスに乗って、あとは出発するだけという段になった。


 もはや僕の目論見は崩れ果てた、と諦観の念で一杯になった脳裏に、一抹の疑念がよぎる。


 あれ? 僕、一緒に周る班を組んでなくね?


 クラスの友人達からは数度、お誘いがあった。しかしその時は例の計画を成就させる腹積もりであったために、曖昧な生返事をし、その全てを反故にしたのである。


 結果として、周りの連中はわいわいと盛り上がり、僕は呆然とバスの前で立ち尽くす。最悪の事態である。このままでは楽しいレクリエーションが拷問に変わりかねない!


 嫌だ! 誰か、誰か僕に愛の手を!


「なあ、相島」


 神はいた。おそらく、中学が同じであったのだろう。どことなく見覚えのある顔の持ち主が、バスに乗り込む直前の僕に声を掛けてくれたのだ。


「お前、確か班を作ってなかっただろう。なら、僕と一緒に周らないか?」


 是非に! 是非にとも!


「ああ、いいだろう。助かった。君と回ることにしよう。ところで、どこから周るか予定は立てているのか?」


「いや、適当に周ろうかな、と。自由行動になったら、待ち合わせをしないか? 解散はテレビ局の前だから、自由の炎像の前で。人が大勢いると見つけるのも大変だし、はけるまでの時間がもったいないだろう」


「よし、心得た。楽しみにしていてくれ。損はさせないと約束しよう」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 例の計画遂行の為に、僕は観光地周辺を「るるぶ」を用いて隈なく調べ上げ、完全な見学コースを弾き出していた。このコースを活かし、素晴らしき社会科見学を達成して見せよう!




◇Side.猫


 ボッチは嫌です! どなたか、どなたか私にお情けを!


「ねえ、三矢さん」


 地獄で仏とはまさにこのこと。隣の座席に座っていた、どことなく見覚えのある顔の持ち主がお声を掛けてくださいました。


「三矢さん、どこのグループにも入って無かったよね? 良ければ私と一緒に周らない?」


 ええ! どうぞお願いいたします!


「ええ、分かりました。ありがとうございます。ところで、どこから周るか予定を立てていらっしゃいますか?」


「適当に周るつもり。待ち合わせしよ? 解散はフジの前だから、自由の炎像の前で待ってるね。人が大勢いると見つけるのも大変だし、人数が減るのを待ってるのも勿体ないでしょう?」


「了解いたしました。楽しみにしていてください。この三矢はつか、全身全霊を込めて楽しい行事になるよう努力いたしましょう」


 例の計画遂行の為に、私はネットを用いてお台場の情報を隈なく調べ上げ、完全なデートコースを描き出していました。このコースを活かし、素晴らしき学校行事を成就させて見せましょう。


「……最初からそうしてくれてればなぁ」


「? なにか仰いましたか?」


「別に、なんでも。ほら、もうすぐ着くよ?」


 そうして、私達を乗せたバスはお台場に着きました。ほどなくしてやって来る自由行動時間。私は例の、炎というよりは太った裁縫針の様な外見のオブジェの根元に立ちました。


 しかし、待てども待てども約束した子は現れません。


 もしや、あれはあまりの絶望感に私がみた幻覚だったのではないかという愚にもつかない考えが浮かんだ頃、携帯に一通のメールが。それは約束していたあの子からのものでした。何でも、急に具合が悪くなって、いまは医務室のお世話になっているのだとか。


 慌ててお見舞いに行く申し出をしてみますが、すげなく断られました。心配です。彼女の具合は大丈夫でしょうか。そして私はボッチ確定です。こうも時間が経ってしまっては、周囲に同じ学校の子は――


 そうしてふと視線を巡らせた先に、相島リョウの姿がありました。




◇Side.ネズミ


 気が軽くなれば、時間の経過も早くなる。ほどなく観光地に着き、やってくる自由行動時間。僕は例の、炎というよりはひたすら痩せ衰えたロケットの様なオブジェの下に急いだ。


 だが、いくら待っても待ち人来ず。


 もしや、あれはあまりの孤独感に僕が生み出した妄想だったのではないかというとても嫌な考えがちらつき始めたころ、携帯に一通のメールが。それは約束していたあいつからのものだった。何でも急に腹を下してしまい、いまはトイレのお世話になっているのだとか。


 心配して「どこのトイレ?」というメールを出すも、返事は帰ってこない。心配である。彼の胃腸は無事だろうか。そして今日一日、僕は孤独という針のむしろの上で過ごすこと必至。こうも時間が経ってしまっては、周囲に僕と同じ高校の子は――


 そうしてふと視線を巡らせた先に、三矢はつかの姿があったのだ。おまけに目が合った。奴も同じタイミングで、こちらを見ていたらしい。なんだこれは。運命とやらか。


 そう、運命。おそらく、彼女の性根を叩き直せという神の思し召しであろう。神の後ろ盾があれば怖いものなし。ジャンヌダルクは火刑に処されたが、幸い、現代日本にそのような処刑方法はない。免罪符は我に有り! さあ話しかけてくるが良い三矢はつか!


 そうしてしばらく睨み合うこと数分。


 最初に動きを見せたのは、やはりというか奴の方だった。当たり前である。僕という美男子に対する当然の反応というものである。


 涙に濡れた瞳に、「どうかお声を掛けてください相島リョウ様」という成分が見え隠れするのを、確かに僕は確認した。


 仕方あるまい。彼女のような臆病者にはそれが精いっぱいであろう! ならばその歩み寄りに、快男子らしく僕も応えようではないか。


「やあ、三矢さん。ひとりかい?」


 と、持ち前の好青年振りを遺憾なく発揮する僕。すると彼女は全身をびくりと強張らせ、


「ひゃ、ひゃひゃ、ひゃい! ひとりでひゅ!」


 と、噛みっ噛みながらもどうにか答えてくる。


 さあ、これで最後だ。あとは最後の一言を――



◇Side.猫


あちらもこちらを見ていたようで、私と彼の目が合います。なんでしょう、これは。天啓でしょうか。


 そう、天啓。おそらく、彼の性根を叩き直しなさいという仏様のお慈悲でありましょう。仏様の後光があれば百人力。カンダタは転落死しましたが、幸い、現代日本にはパラシュートがあります。白道は目の前! さあ話しかけてくるのです相島リョウ!


 そうしてしばし睨み合うこと数秒。


 これでは駄目だ、と私は悟りました。


 無論、駄目駄目なのは彼、相島リョウの方です。根本的に彼はへたれであり、自ら美少女を誘う甲斐性を持ち合わせておりません。


 そんな弱虫毛虫を動かすにはどうしたら良いのか。簡単なこと。時にはスパルタも必要ということです。


 私はくわっと目を見開いて、声を掛けろ、掛けてこい! と念を送り始めました。この鬼子母神のような形相を前にすれば、いかなへたれ野郎でも、否、へたれ野郎であるからこそ、私の意思に屈する筈! 屈しろ!


 そうして数分後。最初に動きを見せたのは、やはりというか彼の方でした。私という美少女を前にすれば当然のこと。むしろこれまでが異常だったのです。


 私の神聖な眼力に屈し、奴はそわそわと視線をあちこちに飛ばしながら口を開きました。


「みみ、みちゅやさんっ! ひ、ひとっ、ひとり!?」


 とてつもない早口で。ですが私は動じません。三矢はつかの懐は深いのです。私は聖母の様な笑みを浮かべて、実に落ち着いた態度で応じました。


「はい。見ての通り、ひとりですよ」


 さあ、これで最後です。


あとは最後の一言を――

















◇Side.猫&ネズミ





(最後の一言を、彼が言えば!)


(最後の一言を、彼女が言えば!)









◇Side.猫


 さあ、言うのです。どうか私めと一緒に周ってくださいませんか、と!


 もしくは愛の告白でも可。真昼間のお台場、衆人環視のこの状況でというのは私もちょっと恥ずかしいですが、許容してあげましょう! 私は器が大きいのです。


 さあ早く早く! どうしたんですか、そんな四方八方に視線を飛ばして! そこに私はいやしませんよ、って思い出すようにこっちに視線を戻さないでください! 乙女の気を抜いた表情を見るとは武士の風上にも置けぬやつ!


 いいから早く告白してくるのです! どうしてそこまでへたれ野郎なんですか、貴方は! 幼稚園の頃なんか、私のスカートをめくったガキ大将に最終決戦を挑むくらいには度胸があったのに。まあ、結局ぼこぼこにされて二人でわんわん泣きあったんですけどね。って、そんなことより、さあ、告白を!


 これは貴方の為なのです。大体、こんなお買い得物件はなかなかないですよ! さあ、買った買った! 安くは無いので、人生を担保にしてお買い上げください!


 さあ、躊躇わずに! 私はここで待っているのですから!




◇Side.ネズミ


 さあ、懇願するが良い。どうか僕の横に並んで歩く栄誉を与えて欲しい、と!


 無論、それをすっ飛ばして彼氏彼女の関係にしてください、でも構わない。さすがにこの絵に描いたようなデートスポットでそんなことをされれば、僕のロマンティック回路が暴走するやもしれないが!


 さあ、どうした! 口を開いたり閉じたり、まるで水槽の金魚ではないか! もしその朱く濡れた唇を見せびらかしているというのなら、即刻辞めるべきだ! 君に対する自制心とか、その他色々と挫けそうになるので!


 なぜ君は告白してこないのか! 幼いころは、幼稚園の庭に侵入した巨大な蛇に、率先して石ころをぶつけに行った勇敢なる君が! まあ結局そのあと、怒り狂った大蛇に追い回され、僕と君は手を取り合って逃避行へと励んだのだけど。いや、そんなことはどうでもいい。さあ、想いを告げよ!


 これは君の為なのだ。僕のようなお買い得物件など、これからの君の人生において到底現れるわけがない。どしどし入札したまえ! 君になら購入させることもやぶさかではない!


 さあ、遠慮せずに。僕はここで手を差し伸べているのだから!



◇Side.猫


 いえ、分かってはいるのです。これじゃあ駄目だなんてことは。ごめんなさい。へたれ野郎は私です。


 でも恥ずかしいのです! ああ、顔が火照る! 愛の告白することがこれほどまでに難しいなんて、一緒にお風呂にすら入っていたあの頃には分かりませんでした!


 そもそも、貴方は私のことをどう思っているのでしょうか。悪くは思われていない筈。でも、よくも思われていない? 思えば中学の頃からまともにお話していないような。いえ、小学校のころから、顔を合わせれば憎まれ口を叩いていたような気がします。ああ! 私の馬鹿! なんでもっと素直になれなかったのです!


 好きです。だからこそ、フラれるのがとてつもなく恐ろしい。


 ですので、どうか一言! 一言でいいのです。最短二文字! もしくはそれっぽいことを言ってくれれば、隙を逃さず後追い告白しますので! 


 さあ! どうか! 


 どうか、私に告白をさせてください!





◇Side.ネズミ


 いや、理解はしている。これじゃあ恋なんて実らねえよ! この臆病者! 臆病者の僕めが!


 だが恥ずかしい! そのことを考えると、おそろしく心臓が痛くなる! たったひとこと好きだと伝えるのがここまで難しいだなんて、一緒の布団で寝ていた頃は知らなかった!


 そもそも、君は僕のことをどう思っているのか。親しい幼馴染? それともただずっと学校が一緒だった同級生? 後者の可能性が高い気がして、考えると夜も眠れなくなる! ああ、僕の愚か者め! こんなことなら、もっと幼いうちに結婚の約束なりなんなりして決着をつけておくべきだった!


 君が好きだ! 返事は怖くて聞けないが、底抜けに恋している!


 だから、どうか一言! 一言でいいのだ! 最短二文字! もしくはそれっぽいことを言ったら、隙を逃さず後追い告白してみせよう!


 さあ、どうか!


 どうか、僕に告白させてくれ!





◇Side.猫


 ――後のことは語るに及ばないでしょう。失敗した、の一言で片付いてしまいます。


 やはり、相島リョウはホモ野郎なのです。私がこんなにも悩んでいるのに応えようとしないなんて。これがホモ野郎でなければなんだというのですか。


 しかし――私は諦めません。諦めることだけはしないのです。





「いつか必ずや、貴方の歪んだ性癖を正してみせましょう――私に告白させることで!」






◇Side.ネズミ


 ――後のことは語るに及ばないだろう。失敗した、の一言で片付いてしまう程度の出来事だ。


 やはり、三矢はつかは性的倒錯者である。僕がこんなにも苦心しているのに応えないなど。これが男に興味を持てないレズ女でなければなんだというのか


 しかし――僕は諦めない。諦めることだけはしないのだ。





「いつか絶対に、君に正しい恋愛観を教えて見せよう――僕に告白させることで!」

 





◇Side.傍観者


 そして満を持して小生の登場である。


 小生に名はない。まあ、名がないと呼ぶのに不便さを感じるという方は「傍観者ちゃん」とでも親しみを込めて呼ばれるが良かろう。愛を込めて呼んでいただければなお嬉しい。それが妙齢の異性であれば天にも昇る。是非ともプラトニックなお付き合いを。


 さて、小生も相島リョウ・三矢はつかの両名とは同輩である。小中高とずっと同じ学び舎で過ごしてきた。まあ、彼らは小生のことを知るまいが。


 あいや待たれよ。彼らを一方的に知っているからといって、小生のことをストーカー野郎と声高に糾弾するのは早計である。単にあの二人が本校学生というコミュニティの中では、少しばかり有名というだけのことなのだ。


 あまり良い意味での名高さではない。それを忠告してやって然るべきだろうが、生憎と馬に蹴られて死ぬ趣味もない。とっとくっ付いちまえと暗躍した者達もいたが、どれもあのへたれ共自身のせいで失敗に終わっている。よって我々同級の輩は天下の往来で顔を付き合わせるあの二人組みを見るたび、法界悋気に苛まされる羽目になる。ここまで我慢して読んでいただいた皆様方においても我々と同じものを感じられたであろう。


 ならば喉と舌を拝借。いやなに時間は取らせません。ただ我々と共に彼らをあらん限りの大声で罵倒していただきたいのである。よろしいか? それではさんはい。



 一生やってろ馬鹿どもめが!


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