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水没式ダンジョン攻略法! (戦闘能力皆無の方でも参加できます)

作者: 西村紅茶

 やあ、ブラザーズ。元気かな?



 今日は私が異世界で体験したダンジョン攻略法をちょっと紹介しようと思う。


 こういうネタはまだ見たことがないのでひょっとしたらオリジナルかもしれない。他で見たことがあるブラザーがいたら感想欄ででも教えてくれると嬉しい。



 おっと、自己紹介を忘れていたね。異世界トリッパーの佐藤太郎だ。以後宜しく。


 ……えっ、なに? 異世界トリッパーって何だって?


 HAHAHA! ブラザーはいったい何を言っているんだい? 分かりきったことはどんどん飛ばしてサクサク行こうじゃないかね。お互いに、聞き手の持っている知識は最大限に援用するのが密度の濃い会話というものだよ。このやり方は有限の時間を生きねばならない我々の必要とも合致していると思うがね!



 ……なに? 本当に知らないだって?


 おおぅ、なんということだ!? 君は無数に増え続けるこの平行世界群の主要なテンプレートを知らないというのかね。こういう平行世界群は数から言ったら三千世界とはまでは言わないとしても小千世界級はもちろん中千世界級くらいの規模にさえなりつつあるというのに! それを知らない!? それを知らないというのかね!


 まったく、それは――そう、まったく人生の損失だといってもよいくらいだよ!



 ……そもそも平行世界って何なのかって?


 笑わせるね。(笑)(笑)(笑)と言ってもいいくらいだよ。いや最近の若者はwwwと言うのだったかね。サーセン。いや、失敬。

 もちろん私の胸の埋にもあるよ。当然じゃないかね。手始めには部屋を造り、その部屋数を増やし、屋敷にし、屋敷の周囲の地所を造り、村を造り、街を造り、都市を造り、国を造り、大陸を造り、星をも造り、生物を住まわせる。嗚呼、素晴らしき哉、世界の創造!


 まァ、私の場合は主要な世界は五つか六つだね。


 ……ん、何、お前は暇人だろうって?

 グばッ!?(吐血) ぐ、痛うっ! ouch! 君!? 真実をずばりと衝くのはときに礼儀に反するのだと弁えていないのかね! 最近は礼儀知らずも増えたものだ!

 ……フム、まあでも『有限の時間を生きねばならない我々』と発言したのは私自身だな。有限の時間を内面に向けるか外面に向けるかは人それぞれの自由だからね。私は君のやり方を否定するつもりはないよ。

 それに基軸世界(現実世界と表現するのは、世界をも相対化する術を覚えた人間の知性に対する冒涜だと考えているものでね。このように表現するのが気に入っているのだよ)にこそ他の総ての世界が立脚しているという事実も忘れてはいないよ。……最近ちょっと怪しいが。


 しかし断じて見当識の喪失でも脳梅毒に侵されているのでもないよ。

 なに、これが普通さ。政治も経済もうまくいかない。宗教は偽善だらけ。よって人々の倫理観はその根拠を失いつつある。これでは異世界に行きたくなるのも当然じゃないかね。

『社会と私』なんてことを考える時代は終わったのだよ。まあ強いて言えば科学技術の発展だけが我々に残った最後の現実的な希望だと考える人間は多いのじゃないかね。

 こういう見方は退廃的ではあっても最先端だよ。いや神を否定する人間には大昔からあったと言うべきかな?


 ……いやまあ、自らを善良たらしめる可しと努めている私としては、神を探し求めることも、真理を探し求めることも、希望を探し求めることもやめないつもりだがね。

 絶望した人間、ニヒリズムに堕した人間、死ぬのを待つだけの人間、人が自らそれを良しとした瞬間、人は単なる糞袋と化すのだと私は信じているよ。

 諦めが早すぎるのはスマートじゃないね。あらゆる可能性を追いかけてみるものだよ。

 なに、精神的に死ぬのはいつでもできる。だから命尽きるまでがんばってみるつもりだ。それはまあ人生に対する誠実さというものだよ、君。



 失礼……なんの話だったかね。――そう異世界トリッパーの話だったな。すまない。ちょっと、いや、かなり脱線した。『時間は有限』だったな。いや許してくれたまえ。


 まあ、異世界トリッパーについて君が知らないというのなら最初から語り起こすしかないだろうが……最初の部分はそれほど珍しい話じゃないからね。本論に入るまでは少しく我慢してくれたまえ。テンプレートはありふれているからこそテンプレートと言うのだからね。




 そうあれは、私が『小説家になれねえかなー』というサイトで異世界トリップ系の小説を読み漁っていたときのことだった。マイ異世界を芳醇なものにするためには外部からの刺激が欠かせないからね。毎日の日課だよ。


 なに? 現実も同じくらい熱心にみたらどうかって? ブラザー、今日はいやに挑発的だね。まあそのくらいで勘弁してくれたまえよ。また話が逸れるからね。それに君だって基軸世界からしばし抜け出して、こうして私と話しているんじゃないかね。


 まあそれで、小説を楽しく読んで終わって、さあプラウザを閉じようとしたときに、そのページの下の方に宣伝用のバナー広告があるのを見かけたんだね。

 まあ大抵はオンラインゲームの宣伝のことが多いが、旅行とか、お取り寄せの食品とか、珍しいのでは『獣医さんがその知識を生かして異世界で大活躍』みたいな小説のバナーで獣医の求人広告が出てたのがあったよ。あれは少し笑ったね。いやネタじゃない、本当の話だよ。


 で、まあその広告さ。

 そのとき私が見た広告には『異世界トリップ希望者はクリック! おいでませ異世界へ 先着10名!!』と、そう書かれていたよ。


 やるな! ってなモンだ。こういうネタを振る人こそが世界を面白くしているんだよ。


 振られてきたネタには可能な限り乗っかるのが私の主義だ。私の、というよりこの娯楽本位の世界の標準だな。

 と、いうことで、カチカチッとダブルでクリックさ。


 その瞬間、後頭部に、げっつん! とでも表現すべき衝撃が奔ったね。


 そうして目が覚めたら私は異世界にいたのさ。つまりあのバナーは単なるネタじゃなかったってことだね。



 ……ナニその展開。だって? ブラザー、深く考えちゃいけない。感じるんだ。

 なんで唐突に異世界に行くの。その理由は、背景は? もうわけがわからないよ、とか考えちゃいけないぞ。ただひたすらに受け入れるんだ。そういうもんなんだから。……よし話を進めるぞ。



 異世界にトリップすると、ちょっとした街にほど近い草原に私は立っていた。


 まあ、唐突に異世界にトリップしてしまったわけだから、パニックになったり、自分の意識が正常なのかと疑ったり、まあ色々とあったけれども、それはつまりテンプレートな踏むべき手順に過ぎないのだよ。


 だからまあ、そのへんはまいて進めるとして、そのトリップ先の世界の概要だけ手短に述べようか。


 そう、まず『中世ヨーロッパ風』だね。ぱっと見は。違う部分も幾らかあるが。

 あと炎を飛ばしたり、虚空から水を出現させられたり、剣を光のエフェクト付きで振ったり、身体強化をできたり、そういういかにもなスキルがあった。

 エルフが居るよ、リザードマン居るよ。獣人居るよ。ドワーフ居るよ。オーガも居るよ。コボルト居るよ。スライム居るよ。ゴブリン居るよ。モンスターを倒すとレベルアップして能力が上がるし、冒険者ギルドもあるし、ギルドのランク付けもSSSからGまであって、てな具合だ。



 実に愉しそうだろう。


 そんな異世界に降り立って最初に発見した人に、話しかけてみると普通に言葉が通じた。


 これでかつる、と思ったね。愚考したね。

 だってそうじゃないか。いかにもな俺tueee的チート主さん的俺のサーガ始まるぜ的展開じゃないかね。力、金、魅力的な異性、権力、豪邸、全部手に入れてウハウハ、今の俺はそのプレリュード状態。JKそうだ。


 しかしまあ実際のところは『そう思っていた頃が俺にもありました』という展開になったわけだよ。



 君はねRPGゲームをやったことがあるかい。

 モンスターが居て、自キャラは勇者とかで、モンスターを倒せば自キャラがレベルアップして、ついでに金も儲かって、その金で装備品が買えて……というやつだよ。

 ドラクエでもRPGツクールでもなんでもいいが。


 まあ私のトリップした先の世界と似ていないこともない。


 で、だ。

 そんな風な世界が現実になったとして君はどう行動するかね。まあ人それぞれ動き方はあるから一概には言えないだろうが、私だったら弱そうなモンスターを倒して強くなるね。

 適当なモンスターを倒す。経験値が入る。強くなる。より強いモンスターを倒す。経験値が入る。もっと強くなる。


 この仕組みをゲームとして考えた奴は天才だね。


 心理的には一種の報酬系として働くんだよ。この仕組みにハマるとなかなか抜けられない。

 人はそういうのに強くハマりこむんだよ。

 人生の他のあらゆるすべてを犠牲にしてネットゲームに狂奔して、トイレに行く手間さえ惜しんでペットボトルに排尿する人もいるらしいとか、君も聞いたことがあるかもしれん。


 単なる電磁記録上のパラメーターを変動させていく遊戯でしかないものであってもそんなことになるとしたら、それが現実になったらいったいどうなると思う?


 もう生活にどうしても必要な時間以外は、もう猿みたいに来る日も来る日も毎日毎日モンスターを倒し続けると思うね。少なくとも私はそうだ。


 そうだとするとファンタジー世界の住人は皆すぐに強くなってしまって、当然モンスターの被害も無くなり、勇者は不要になり、とまあこうなる。


 でも大抵のRPGでは主人公と一般キャラの間には歴然とした差があるし、私のトリップした異世界でも、誰も彼もが強いということはなかったよ。

 私のトリップした先の異世界ではそこらへんどうなってたかというと、強者と一般人では成長率に差があったんだね。

 スライムやゴブリンを倒して同じだけの経験値が入っても、すぐに強くなる人間と、たいして強くならない人間がいるのさ。わかりやすく言えばレベルアップに必要な経験値の量が違うということかな。


 そうすると、すぐに強くなる人間はどんどん格上のモンスターを倒してどんどんレベルアップできるが、ほとんど強くなれない一般人はすぐに頭打ちになる。つまり具体的にはスライムやゴブリン程度しか倒せないままで一生終わる。



 強者か、一般人か。


 私はと言えば残念なことに一般人だったわけだ。


 そうなると生きるのがツラい。

 ちょっとしたきっかけですぐに大金を手にするチート主さんとはひどく違う生活だ。

 もう大変だよ。宿代さえ事欠いてね、浮浪者になったかと思ったらすぐに行き倒れたよ。


 何か恵んでもらおうと思って、目につく一番大きな屋敷の前まで行ってくたばってたさ。そしたら残り物を食べさせてくれたよ。つまり御領主様の貧者への施しっていうわけだ。 そんで、それでしばらく食ってたんだよ。そのうちお屋敷の方から雑用みたいな仕事も貰ったりなんかしてね。

 でもある日ふと思いついてね。お屋敷に外国からのお客様とやらが来たときに、門のところで待ち伏せしてちょっと話しかけてみたんだよ。


『私の言葉が分かりますか』ってね。


 普通に通じたよ。

 私が異世界にトリップしてきたときから何故か言葉には不自由しなかったわけだけれど、その何というか言語チートっていうのかね。異世界の言葉が自由に話せる能力っていうのは、トリップした先に存在するあらゆる言語に有効だったわけだ。


 その日から私は浮浪者をやめて御領主様の通訳になったよ。あらゆる言語が話せるし、聞き取れる通訳ってわけだ。そして次の日にはお屋敷の図書室で本を見せてもらった。これも全部読めたね。色々な外国語の本も含めてだよ。それでその日のうちに通訳だけじゃなくて書記というか秘書というかそんな立場になったんだ。


 それでまあ、ようやくまともな職に就いて、まっとうに暮らし始めて数年経ったある日のことだ。御領主様に呼び出されたんだよ。



「今日はな。手紙を2通書いてほしいのだ」


「はい、承知しました。宛先と文面はいかが致しましょう?」


「うむ。迷宮が見つかったのでな、1通はクライン辺境伯宛てで、適当な中隊の出動要請、もう1通は冒険者のエーコ・オレツ宛てで招聘状だ。王都の冒険者ギルドに出せば届くだろう。エーコの方はいつ連絡が着くか分からんから、辺境伯宛ての手紙の方は、エーコがこちらに到着してから相談して書いたらいいだろう。エーコ宛ての手紙が書けたら見せてくれ」


 それで手紙を書いて、3週間ほどしたら、そのエーコ・オレツとかいう女性の冒険者が仲間を何人か連れてやってきた。なんと全員がそれぞれ大きなドラゴンに乗って空を飛んでやって来た。実に羨ましい。

 御領主様は下にも置かない扱いで大歓待だ。


 お屋敷の同僚に聞いてみたら、何でもあの女性冒険者は『血塗れのエーコ』とかいう二つ名の、物凄く強い冒険者らしい。世界で5人しかいない、ギルドの戦力評価SSSの冒険者だとか。

 なんでも以前に、御領主様が旅行に出かけたときに野盗に襲われかかったことがあって、そのエーコ嬢がまだ無名だったころに、御領主様を助けたことがあるらしい。

 それで御領主様もエーコ嬢に何かと後ろ盾になったり便宜を図ってあげたりして、関係は極めて良好とのことだ。

 そういうわけだから、御領主様は、これはという案件があったらエーコ嬢のパーティーに指名で依頼を出すらしい。



 それでエーコ嬢は、到着してすぐに、御領主様と何か話しこんだ後、その日の晩は宴会をして、次の日にはパーティーメンバーと見つかったダンジョンに潜っていったよ。それで一週間ほどしたら戻ってきた。


 戻ってきたその日の夜にエーコ嬢は領主様の私室に呼ばれて、私も何故か呼ばれた。

 酒と肴を持って来いとのことだったから、厨房で肴を用意してもらって、執事さんに酒を適当に見繕ってもらって、領主様のお部屋に行ったよ。


 部屋に入ったら、まあ座れと御領主様に言われたから、適当に酒を造ってお2人に渡して、それから自分の分も造って椅子に座りこんだ。そうすると御領主様が口を切った。


「2人で積もる話もしたいが、このタリューには後で辺境伯殿に手紙を書いてもらうかもしれんから、経緯が分かった方がいいだろうと思って呼んだ。それに若い女性と部屋で二人きりになるわけにもいかんからな」

 そう言って御領主様は、わははと笑った。ちなみにタリューというのは私のこの世界での呼び名だね。御領主様は太郎という名前がどうしても発音できなくて、私のことをタリューと呼ぶんだよ。


「で、どうだった。迷宮のほうは?」


「うん、全部で26階層。単純な階段型で、階層移動に転移装置は使われてない。

 つまり、全階層が一つながりね。壁や扉で隔離されてる場所は隠し部屋も探知し得る限り全部開けた。おそらく見逃しはないと思う。

 モンスターは既知のやつばっかりで、単純な陸生タイプと空中タイプだけ、水棲タイプはなし。ダンジョンにも水場のある階層は無し。

 最下層のボス部屋はなんか大蜘蛛みたいのが天井に貼り付いてたけど、水球のスキルでダメージ通ってたわよ。それにあの体格であの扉の大きさだとまずボス部屋から出られないわね。階層破壊を起こすほどの力も無さそうだったし」


「……ということは水没法でいけそうか?」


「いけるいける。っていうかそこそこ深いし、それなりに広いわりに転移装置が無いし、モンスターの相は単純だし、ボスも部屋から出てこられないし、水でダメージ通るし、もう水没法のためにある迷宮って言ってもいいくらいよ」


「そうか、水没法のためにある迷宮か!」

 御領主様は興奮してそう叫ぶと、水割りを一気に呷って高笑いをした。


「ええ、ばっちりよ。うっかりしてゴブリンを2匹ほど殺しちゃった以外は、殺さず全部残してるし」

「ボスもだな?」

「当然よ」


「そうかそうか、これはいよいよめでたい!」

 御領主様はそう言ってさらに高笑いをした。


 御領主様とエーコ嬢は、それでダンジョンの話は切り上げて、お互いの近況について話し始めた。


 エーコ嬢の話は、まさしく凄腕の冒険者らしく変化に富んで楽しかったよ。

 どこぞの王様の依頼を受けてドラゴンを倒したとか、辺境の砦でモンスター津波を押し止めたとか、まさしく英雄譚だった。あと、大きな屋敷を買って、そのへんの浮浪児を拾って執事とメイドとして雇ったとか言っていた。

 そして次の日の昼にエーコ嬢とそのパーティーは帰っていった。



 エーコ嬢の話は、私が思い描いていたチート的異世界生活そのものでね。うらやまねたまし楽しく聞いてはいたんだけれど、ちょっと引っ掛かっていることがあってうわの空ではあったんだよ。


 エーコ嬢はダンジョン攻略のために呼ばれたのだと思っていたけれど、エーコ嬢と御領主様の話を聞いている限りでは、どうもそうではないらしい。


 最下層のボスの部屋まで行っておきながら、逃げ帰ったわけでもないのに、ボスを倒さずに帰ってきたらしいし、あまつさえダンジョンのなかで倒したのはゴブリン2匹きりだという。

 いったいどういうことなのか?


 そのときは、御領主様とエーコ嬢が熱心に話していたから、会話に割り込んで質問する機会が無かったんだな。だから、いったいなんでそんなことになっているのか、よく分からなかったけれど、疑問は翌日には解けたよ。


 次の日の朝から土木工事が始まったんだよ。

 御領主様の領軍の兵士はもちろん、領内の若者、それに年端もいかない子供まで集まって工事を始めたよ。

 年端もいかない子供っていうのには、本当に年端のいかない子供も含まれていて、よちよち歩きの幼児すら沢山いた。

 親がミニサイズのバケツとスコップを持たせて、子供の尻を叩き、その道具でもって土堀りと土運びさせるのだ。はっきり言って作業の邪魔になったけれど誰も止めない。むしろ、それとなく手伝ってやったりしていた。

 それで、オマエも若いんだからぜひ参加しろと言われてしまったよ。

 普段の仕事は幾らか免除されてしまって、仕様がないから私も土堀りと土運びをした。


 作業の休憩時間に工事の計画図を見せてもらうと、それはどうやら、近くの川から地面を掘って支流をつくり、水を引いてきて、ダンジョンに流し込もうということらしかった。


 そして同時並行でダンジョンの入口部分が、すり鉢状の池の底になるように少し掘り下げる。


 それからダンジョンの入口に太腿くらいの太さの管を数本、なるべく場所を離して差し込み、ダンジョンの内部に少し入ったところから入口全体にかけて鉄筋を縦横に張り巡らし、上からモルタルを流し込んで固めて封鎖した。

 これでダンジョンの内と外は、数本の管でのみ繋がっている状態になったわけだ。


 管は長く上の方まで伸びているものと、池の底まで切り詰められている短い物とがある。


 おそらく、切り詰められて池の底に空いた穴のようになっている、短い方の管から水を流し込み、その分押し出される空気を長い方の管で排出するのだろうと思う。


 皆が目の色を変えて働くものだから、あれよあれよという間に支流造りの工事も完了して、あとは造った支流の堰を切るだけになった。

 それで、いざ決行の日にこのあたりの領主連の取りまとめ役の辺境伯家から150人くらいの部隊が到着してダンジョンの入口を十重二十重に囲んで、それからエーコ嬢のパーティーがドラゴンに乗ってもう一度やってきた。相変わらず華々しい。


 人に聞くと、なんでも不測の事態に備えているとのこと。

 最初の調査の時に見逃していた有力なモンスターが、ダンジョンが水没するものだから、あわててダンジョンを登ってきて、地上に現れて大参事、などというパターンもごく稀にあるらしい。

 そういうことが起これば、今回は、辺境伯家の部隊が押し止めてくれているうちにエーコ嬢のパーティーが始末してくれる手筈になっているんだろう。



 そうしていよいよ支流の堰が切られて、ダンジョンに水が流れ込み始める。


 数時間すると、体に力が満ちる、というか体が作り変えられるような感触があった。

 なんだろうこれは。と考えていると、この異世界にトリップしたばかりのころに、スライムを殺して核のかけらを取り出して金に換えていたときに、こんな感覚を一度だけ経験したことがあると思い出した。


 あわてて『鑑定』のスキル持ちの領軍の副隊長のところにすっ飛んでいって『鑑定』してもらうと、レベルが2つも上がって、Lv4になっていた。

 たぶんダンジョン最下層のボスが死んで経験値が入ってきたんだろうとのことだった。


 10日ほどかかって、水位がダンジョンの入口まで上がるまでに、レベルが上がる感触はあと2回あって最終的にはLv6になった。スキルも幾らか発現した。

 つまりダンジョンのモンスターを、ボス含めてほぼ丸ごと溺死させ、得られた経験値を工事に関わった全員で分配するということだね。

 このやり方なら、弱い領民の力の底上げができる。しかも戦闘無しでだ。


 レベルが上がれば何かの拍子にモンスターに襲われたりしても助かる可能性が高くなるし、HPも上がるから、病気みたいな状態異常になっても、それが治るまで耐えられる可能性も高くなる。

 実にいいことづくめだろう?


 領民のみんなも工事に関わったものは、子供も含めて大なり小なりレベルが上がったようだった。

 みんなして『鑑定』のスキル持ちの周りに詰めかけて成果を確認している。みんな考えることは私と同じというわけだ。


 どうかね? とんでもないやり方もあったものだ。


 全部済んだ後で、川の流れは元に戻されて、簡易な風車小屋が建てられて、水が排水され始めるわけだ。


ダンジョン入口の池の排水が済んだら、ダンジョン封鎖用のモルタルが砕かれて鉄筋が除かれて、注水・排気用の管が除けられる。それからまた風車がゴキゲンで回転してダンジョンの1階部分の排水をするんだが、水が抜けると何が見えると思う?


 溺死したモンスターの死体の山、山、山だよ。


 奴らは水に追われて、ダンジョンの階段をじわじわ上がっていって、みんなして第1階層に上がってきて、それでも出口がふさがれてるから、最後にはどこにも行くところがなくて、右往左往しながら溺死するわけだよ。


 それで人間どもはレベルが上がって強くなったとか言って大喜びしてるわけだ。もちろん、私も大喜びさ。

 後に残った溺死体さえバラバラにして素材にしたり肉にしたりして利用するわけだからな! まったく冒涜的じゃないかね! モンスターよりも何よりも、人間がこそが最も残酷で恥知らずで恐ろしいと心底思ったね。



 さあ、これで私の話は終わりだ。楽しんで頂けたかね?


 別の平行世界でこんなダンジョン攻略法を見たことがあるとか、こんな方法を今思いついたとか、そういうのがあれば感想欄で教えてくれたまえ。

 自己の内面に問いかけて内的世界を深めていくのも良い方法だが、外部からの刺激こそが我々を最も成長させるというのはおそらく真理だからね。



 ではまた機会があったら相見えようじゃないかね! アディオス、ブラザーズ?


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― 新着の感想 ―
[一言] あれですね。 自分がダンジョン作るときは水没対策をしっかりしておきます(笑)
[一言] すげえ、面白かった。着想が秀逸。
[良い点] 水没勇者ソーマで有名ななろうの作品「この世界がゲームだと俺だけが知っている」がありますよ。上位ランクインしてる小説には検索かけるとネタかぶりはふせげるかと。
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