中二病のおっさんかと思ったら、魔王でしたとか笑えないその2
魔王のおっさんが食糧を全て平らげたため、オレはコンビニに弁当でも買いにいくことにした。
「ふむ? これは何だ小僧。数字が並んでおるな。この砦には、隠し部屋でもあるのか?」
「ねーよ。それただのATM。勝手に触るなよ。あと、砦じゃねー。ヘブンイレブンだ、ここは」
しかも付いて来やがったよ。まったく、こんなの面倒見切れるか。帰り道でまいてやる。
「いらっしゃいませ」
「ふむ。なかなかの上玉。娘。我の子を孕ませてやってもよいぞ? 我の后となり、ともに覇道を歩もうぞ! フハハハハ!」
「すみません。ちょっとこの人、頭おかしいので、気にしないでください」
いきなりか。レジのおねーさんに孕ませるとか、下半身の元気なおっさんだ。そんなに早く童貞を捨てたいのかよ。
オレは急いでおっさんをコンビニの奥に引っ張っていた。
「あのな。頼むから少し大人しくしてくれよ? こっちまでヘンな目で見られちゃう――」
と、オレが説教しているにも関わらず、おっさんは少年漫画を立ち読みしていた。
「ここにも見慣れぬルーン文字が。むう? こ、こやつ!? 似ておる。似ておるぞ! 忘れもせん、我を封印せしめた忌々しい賢者に! おのれ! 今すぐここで八つ裂きにしてくれるわ!!」
おっさんはいきなりキレだして、少年漫画を真っ二つに引き裂きやがった。定価420円さよならー。
いきなり何だこの出費!
「てめえ、この野郎! 何しやがる! て、こら! 勝手に商品の中身空けて食うんじゃねえ!」
「むう。うまいな。この芋を揚げた物は。フハハハハ! 気に入ったぞ! この砦にある芋の揚げた物は、すべて我が食してやろう。ありがたく思え。フハハハ!」
「ありがたくねーよ!」
今度はポテトチップス。ああ、148円よさらば。
「小僧!? これは、邪神ゲルグファイド様の石像ではないか! なぜ、このような下賎な場所に……ぐぬぬ。まさか、あの小娘。邪神の巫女だとでもいうのか。我としたことが、うかつであった。謝罪せねば」
おっさんは、ハイグレード怪獣フィギュアシリーズの箱をわなわなと見つめていた。そして、何を思ったのか急にレジに行くと、おねーさんに土下座した。
「この大魔王ベルクリフト。ここが邪神の神殿とは知らず、無礼を働きました。巫女殿には、たいそうな迷惑を……非常にすまぬ」
「あ、あの?」
おねーさんは急に土下座されたので、何がなんだかと言う感じで、戸惑っている。
誠意を見せるのはいいんだが、これじゃ逆効果だろう。こんなことしたら迷惑だ。
「おっさん、やめろって。ほら立ち上がれ」
おっさんの体を起こそうと思って肩に手を乗せたとき。
「か、金をよこしやがれ!」
グラサンにマスク。手には拳銃を装備した、いかにもな強盗さんが来店した。
「いいか、てめら。動くんじゃねーぞ。動いたら……ぶっ殺すからな!」
黒光りする銃口がおねーさんに向けられ、おねーさんは青ざめた顔になってレジを操作しだした。
「てめえもだ! 動いたら、脳ミソ吹っ飛ぶぞ!」
今度はオレに向って銃口が向けられる。
これが、本物の銃? 初めて突きつけられた恐怖に、オレの頭は一瞬思考停止した。
「おら、そこのコスプレ野郎。お前もだよ! 土下座してねーで、さっさとそこをどけ!」
強盗は苛立ち気味にまくしたてると、土下座しているおっさんの腹を蹴った。
「……貴様。人間の分際で……我に刃向かうというのか!!」
「ああ!?」
一瞬、空気が変わった。目に染みるような何かが、コンビニの中を這いずりまわり寒気を覚える。
「ここは邪神ゲルグファイド様を奉る神殿。かような場所でいさかいを起こしたくはなかったが……貴様のような下等生物に、神聖なるこの場所を汚されるワケにはいかん」
「ひ!?」
おっさんが立ち上がる。その顔には、感情がない。
そして、どういう理屈がわからないが、おっさんの体を黒い霧が覆っていた。
「死をもって償うがよい。この大魔王ベルクリフトを怒らせたことを」
一歩。また一歩。おっさんと強盗の距離が縮まる。
「く、くるなあ!!」
まずい。そう思ったよりも早く、強盗は引き金を引いた。
火薬の音がすると同時に、おっさんは右手を前に出した。
「風系統の下級魔術か? 鉛を高速で打ち出すとは、人間風情がよくやるものよ。しかし、我は大魔王ベルクリフトなり。かような魔術、児戯にも等しい」
異常な光景だった。おっさんの掌に弾が突き刺さる手前で、空中停止していたのだ。なんだこれ? 何のトリックだ?
「バ、化け物!?」
強盗は尻餅を付いてその場に崩れ落ちると、銃をおっさんに向けて連射する。
「ムダなことを」
今度は、連射されたはずの銃弾が空中ですべて停止していた。
「さあ。我にその命を捧げよ。フ。フハハハハ!」
銃弾がまるで生きているかのように、空中で動き回り、強盗の額に迫った。
だめだ。そんなことしたら、強盗が死ぬ。
そんなの、ダメだ!
「おっさん、やめろーー!!」
オレがそう叫ぶと何故か。何故かおっさんの動きが止まって、急に苦しみだした。
「むぐ!? これは……我の魂の枷が……ぐう!? まさか、小僧。貴様は……!?」
「え?」
おっさんはなおも苦しそうにコンビニの床を転げ回った。
「ち、ちくしょう。なんだってんだ!」
強盗はこのスキを逃さず、逃走する。
そうこうしている内に、けたたましいサイレンの音が聞こえてきてオレは驚いた。
まずい。なんだかそんな気がして、おっさんの肩をつかみ引きずるようにしてコンビニから逃げ出した。
「おい、大丈夫かおっさん! しっかりしろよ」
「む……うう。小僧。離せ。もう、大丈夫だ」
コンビニから少し離れた公園で、おっさんをブランコに座らせ一息つく。
「いったいどうしたんだよ、おっさん。とんでもトリックの次は、急に苦しみだして……」
「それは、あなたが魔王と契約してしまったからよ」
「え?」
女の子の声がした。振り返ると、そこにはセーラー服を着た女子高生。
「君は……」
「こんばんは羽間くん。まさか、あなたがベルクリフトと契約してしまうとは、予想外だったわ」
「神崎さん!? どうして、こいつのこと知ってるの?」
そこにいたのは、オレのクラスメイトであり、委員長の神崎二兎。金髪のツインテールを夜空になびかせ、強気なブルーアイがオレを射抜いた。
「その魂の波動……貴様は……3000年前の!」
「そう。ニート・アルサミルよ。この世界に転生したの。まさか、ベルクリフト。お前もこの世界に来ていただなんてね」
「え!? ニート・アルサミルって!? 男じゃ――」
「小僧。我は一度も男とは言っておらんぞ。ヤツは美しい女であった。それは……転生した今も変わらんようだな。フハハハ! なんという僥倖!」
おっさんと神崎さんが睨み合う。
公園は一瞬で、戦場となりつつあった。
こうして、オレは魔王と勇者の戦いに巻き込まれていくのであった。