京参天外 (前編)
京・平安京
皇居のある一室で重々しい空気が漂っていた。
男が目の前の御簾を挟んだ向こう側に居る人物に頭を垂れていた。
「近頃、都の周辺で異国の者をよく見かけるといううわさが立っているそうじゃな」
御簾の向こうにいる人物は重々しい声で言った。
「そのような噂は耳にしたことがございませぬ。星の動きにも何ら変わりはありませぬ」
「この都はこの国最後の日本じゃ。今や西国から東国のほとんどが異国の蛮族かぶれになっていると聞く」
御簾の人物は嘆くように話した。
「畿内においても、一向宗の者や異国の者であふれておる」
「それは重々承知しております」
「だが、我が都は異国の蛮族にまだ足を踏み入れさせてはおらぬ。我が国を本来の姿へと戻すには我が都から始まらなければならぬ」
「はッ」
「幸い幕府の者どもも我らには目を向けてはおらぬ。この好機を逃す手はあるまい」
御簾の向こう側に居る人物は少しニヤリと笑い、嬉々として言った。
「そなたら陰陽院の総力をもってして我が都に足を踏み入れようとする蛮族と蛮族かぶれどもをすべて撃退するのだ」
「承知いたしました」
京・平安京朱雀大路
「この紙はキュウシュウで見たものとは少し違うな。これがキョウの和紙とやらか」
朱雀大路の脇に構える一軒の店に真っ黒に金の刺繍がしてある夏にしては厚着すぎる服と帽子をかぶった2人の男が店内を物色していた。
「手触りからしてまるで違う!近くで見るとわずかに服を塗ったかのような編み目がある!なんだこの紙は!?じつに驚きだ!」
店にはほかに客が居たがそんなことはお構いなしに男は大声で感嘆していた。他の客も大声を上げて感嘆している男に注目しており、隣に居たもう1人の男が耳打ちをする。
「少し目立ちすぎだぞ。ここで怪しまれて通報でもされたらどうする!?」
「その時はその時、ケースバイケース!間違ってもばれるようなことなんてナイナイ」
自信満々といった様子で話す男に耳打ちした男も苦笑いするしかなかった。
「まあ、当面は問題ナッシング。ヘマでもやらかさない限り奴らに見つかることはねい」
「今まさにヘマをやらかそうとしてるのがお前自身なんだがな」
男は眺めていた和紙を手に取り店の店主のもとへ持っていった。
「こちらは1枚50文になります」
「ワオ!ヤスイ!こんな素晴らしい紙がそんな値段で買えるなんてwonderful!」
またもや店の中で大声で感嘆する男にもう1人の男も肩を落としていた。
店の店主もなんだこいつといった様子で困惑していた。
「ちなみに店主。聞くがこの紙ここには今いくつある?」
「あー覚えてる限りですと100枚はあるかと」
「よし!じゃあ全部買った!」
突然の男の発言は店の店主とほかの客たちの注目を集め同時に驚愕させていた。
男は肩を落としている後ろの男に手で合図すると後ろの男が羽織っているコートのようなものから袋を取り出した。
「おっと、ここにはレジスターがないのか。まあ店主よ、お釣りはいいから紙をくれ」
店主は袋を受け取り袋の中身を確認すると中には純金で作られたたくさんの十字架が入っていた。
「今金の相場は高いだろう。そんだけあれば遊んで暮らせるからな」
店主は驚愕に満ちた顔で目を輝かせていた。
「本当にいいんですか!?」
「ああ、いいともいいとも!あんな美しいものを作れるものには相応の報酬だ」
そういわれて店主はありがとうございますありがとうございますと歓喜に満ちた声で言い続け店の紙をすべて男に明け渡した。
「センキュー!」
2人の男はそう言って店から出て行った。
他の客は男たちの後ろ姿を唖然として見つめていた。
平安京における帝の直接組織には3つあった。一つは政や祭礼を行う内廷院。もう一つは外交や統治を行う外廷院。そして3つめがそのどちらにも当てはまらない陰陽院という組織であった。表向きは内廷院に属する陰陽寮ということになっており、占星術、暦の管理などを主としている。しかし、裏ではは京都全土における反抗勢力の抹殺や京においての異文化の統制を行っているいわば帝の懐刀であった。
陰陽院は内廷院や外廷院のような組織ごとに別々の組織があるわけではなく、そのすべてが陰陽寮所属の陰陽師から構成されている。また、陰陽院を統括しているのも陰陽寮長官の陰陽頭である。
「頭領。一大事にございます」
部屋に入ってきた男は落ち着いた声で急ぎの報を告げる。陰陽院
頭領と呼ばれた男は読書に興じていたがその声には振り返らず、そのまま読書を続けた。
「朱雀結界の強化に向かっていた者から文燕が届き、それによると朱雀大路のある店にて全身黒ずくめの男2人組が和紙を大量に購入していったそうです」
男は本めくる手をとめず読書をやめる気配はなかった。
「その店の店主によると、その男たちは大量の金で作られた十字型の細工を代金として置いて行ったそうです」
その言葉を聞き男は本をめくる手を止めた。
「……結界はどうなっている」
男は冷静で淡々とした声で質問した。
「現在調査中とのことですが、結界に異常があったという報告は天憑斑からは上がってきていません」
男はそれを聞くと立ち上がり近くの棚の引き出しを一つあけ、中から1枚の用紙を取り出しそれに筆で何やら記していた。
「これを帝に上奏せよ。今から陰陽院をこの朱雀院に集結させる。一刻を争う事態だ」
男はそう言うと一枚の札を袖から取出し宙に投げた。すると、その札を中心にして大きな五芒星の刻印が床に現れた。その五芒星の刻印は光だしそこから大きな音とともに煙が巻き上がった。その煙には人のような影がいくつも現れていた。
「陰陽院諸君。これより異文化の排除を実行する」
その男、陰陽寮および陰陽院頭領土御門有脩は高らかに宣言した。