首なしの館
本来あまりホラーは得意ではないのですが、楽しんでいただければと
夏休み。
僕は長年の友人のケイとスコットランドに旅行にきていた。
発端はケイが企画した避暑旅行だった。
僕は最初、外国が少し怖くて乗り気ではなかったが現地の空気に充てられてすっかり気分がよくなっていた。
僕が最初にその話を聞いたのは現地に酒場で怪談好きの女性と相席になった時だった。
「二人は首なし館って知ってる?」
「「首なし館?」」
「そ、怪談にもなれなかった噂話よ」
「知らないな」
「怪談好きのケイが知らない様な話を僕が知ってる訳が無いね」
「お前も大概だろうが。で、その話ってどんなんだ?」
「丘の上の古い洋館は首なし騎士の根城になっていて、死に掛けの人の首をかっさらっては集めてるそうよ。で、こっちでは命は頭に宿るって言われてるから頭と一緒に魂も付いていってしまうからそこは幽霊屋敷ってはなし」
「…ほんと、怪談話にもならないな」
「だから最初にいったでしょ?」
その時は大して面白くもない怪談話ぐらいにしか思わなかった。
翌日、僕たちはとあるツアーに参加していた。
自然を回るだけのツアーでその日は湖の周りをみて、丘の上の宿で一泊、そしてスコットランドに帰ってくると言うものだった。僕たちは「丘の上の宿」に昨日の怪談を重ねて、面白半分で申し込みをした。
が、もちろん二人は自然に興味などなく、すぐに飽きてしまった。途中で自由時間が設けられた。そこは大きな草原で奥の方と手前に二つの丘がある。
「…無駄に広いな」
「まぁ、気持ちいいよね」
「これだけ土地があればいろんな事業ができるな」
「無粋だよ、ケイ」
そんあ話をしながら丘に近づくと、手前の丘の上に馬車が見えた。
「…馬車?」
「みたいだな。こんなとこまで馬車なんて暇人もいるんだな」
「でも馬いなくない?」
「なにを言ってんだ。ちゃんと足があるだろ?」
「でも頭はないよ?」
「それは…。じゃああの足は荷台を一時的に支える棒かなんかじゃないか?」
そう言ってケイは興味を失ったのか寝転がってしまった。
「お、気持ちいぞ」
「だろうね」
そう言って二人並んで寝転がると、あっという間に寝てしまった。
だからその馬車が走り去った事には気がつかなかった。
気が付くとあたりは真っ暗になっていた。
「ケイ、起きてよ」
「んぁ?真っ暗じゃねぇか!おいて行かれた!?」
「みたいだね」
流石は大自然。明かり一つ見えない。小雨も降ってきて星も見えないから完全なくらやみ…だと思ったんだけど、奥の丘の上に明かりをみつけた。
「どぉすんだよ!?飯もなければ傘もない!」
「ケイ、あそこに明かりがあるよ、泊めて貰おう」
「ん?よかった…。…にしてもおあつらえ向きだな」
「なんか言った?」
「いや、行こう。付いたら晩飯終わってますじゃあ悲しいからな」
そう言って二人は歩き出した。
その丘の上の洋館はこじゃれた作りで、中は暑すぎず、寒すぎず快適だった。かなり掃除が行き届いていて、あまり古いイメージは受けない。
「いらっしゃい。ゆっくりしていっていいよ」
「え?あぁ、どうも」
いつの間にか現れた、かっぷくのいいエプロン姿のおばさんが声を掛けてきた。いかにも「母」と言った風情だった。それ以上の印象はなかった。いや、お世話になるのだから覚えようとしてもなぜか頭に入ってこなかった。それほどに印象に残せなかった。
「おや、お客さんかね?」
背後からした声に振り向くと中世の貴族服に身を纏ったおじさんが立っていた。足音も立てずにどうやって来たのだろうか?
「お邪魔してます」
「歓迎するよ、とりあえず荷物を置いて来るといい。部屋は2階の突き当たりにあるところを使ってくれたまえ」
…やけに処遇がよくないか?などと不審に思いながらも嬉しい提案だったため二人で頷いていた。
部屋に入るとなんだかほっとしてしまって、急に眠たくなってきた。
「なぁ、ちょっとぐらいベッドで休んでいかねぇ?」
「それ、僕も思ったよ。疲れたのかな」
ベッドに腰掛けて話しているとケイが不意に後ろに倒れこんでしまった。
不自然だったので心配して様子を見ようと思って――意識が途切れた。
――夢をみた。はたしてそれは夢だったのだろうか。
――さっき眠り込んだ部屋にケイの服を着た首なし死体が転がっている。
――床は真っ赤に染まっていて僕の服を着た死体が立っている横にケイの頭が転がっていた。
――僕はケイの頭を掴んで持ち去ろうとする。
――その死体はゆっくりと遠ざかっていく。
――そしてこの部屋を後にした。
しずくがおちてきた。雨漏りだろうか、と思いつつ目を覚ました。奇妙な夢をみた気がして、後味が悪いので顔を洗おうと思った。立ち上がろうとして「床に」手をつくとぬめりとした感触が伝わり、滑って転んだ。そう言えば何故床に寝ていたのだろうか?それにどうしてこんなにも床がぬめっているのだろう。そう思い、明かりをつけると自分の周りに血だまりが出来ていた。またぽたり、と。天井から血が垂れてきた。
思わずヒッと声にならない声をあげた。ケイ、そうだ。ケイはどうなった。こんな時彼の粗野だが頼りになる性格が羨ましい、などと思いながら首をめぐらせると彼は毛布にくるまっていた。
「ケイ、起きてくれ。非常事態なんだ。頼むから、起きてくれ」
なんど声を掛けても彼はビクともしない。不審に思って毛布をそっとはがすと首から上が無かった。
「うわああぁぁぁぁぁぁ!!」
こんどこそ僕は叫び声をあげた。その時天井がきしみをあげた。
―ぎぃぃぃぃ…
―ゴト、ゴト、ゴト…
まるでゆっくりと歩を進める様なリズムで硬質な足音が響き、そのたびに天井がきしみ、血が垂れてくる。直感的に僕はまだ、ケイの首を刈り取ったモノがこの上の階にいるのだろうと感じた。
不意に、窓がガタガタとなりだした。僕は何事かと振り返ると、張り出した窓の手前のテーブルにケイの首が乗っていた。彼の眼はしっかりと僕を見つめている。今度は声も出なかった。彼を見たくなくて扉をあけると、目の前にさっき会ったばかりのおばさんを頭を持った甲冑の騎士がいた。
その騎士はこっちに近づいてくる。
「くるな!くるなぁ!」
僕は必死だった。周りにあるものを片っ端から投げつけたがなぜか当たらない。最後にケイの頭を投げつけると甲冑の兜に当たり、ゴトリと兜が落ちた。騎士は、自らの兜を見下ろすような姿勢を取りこっちに振り向いた、気がした。その手にはいつの間にか赤黒く染まった剣が握られている。剣の先端からは血液が滴っている。騎士が剣を横なぎに振るった。瞬間、甲冑が赤く染まる。まるで返り血みたいに。甲冑が僕の頭を掴んで持ち去る。
瞬間、視界がぐるぐると回る。そして止まった時にみた風景は―
――夢の中に出てきた情景とぴったりと重なった。
そうして「私」は呟く。
「この首は、返してもらうよ」
はじめて二次創作ではない作品を投稿しましたが、ご感想などお待ちしています。