かみほふる村
※暴力、性暴行匂わせ、虐待、因習表現あります。
苦手な方はお気をつけください。
かぐや姫は、ただ育ててくれた翁達を愛していた。
穏やかな生活だけを望み。
けれど悪しき思いが迫っていることに気付いた姫は、空へと帰っていった。
彼女は空へと戻れたが、もし帰れなかったらどうなっていたのだろうか。
私に初めての映画主演の仕事がきたのは24歳の夏。
学生の頃からKANAの芸名でモデルを中心にしてきていたが近年はドラマや映画にちょこちょこ出演していた。
一定のファンはいるがパリコレモデルのように特別スタイルが良かったり、流行の中心になるようなトップモデルとはいえないから他メディアへの進出はありがたかった。
どうやら演技の仕事は、私にあっていたようで評判は上々。
ついに主演を打診されるまでに。
しかも今回の監督は手掛けた作品が片っ端から売れるヒットメーカー。
この映画で私の女優としての道が決まると言っても過言ではない。
「まぁ、髪が決め手だったみたいだけどね」
演技で選ばれた訳ではないのは少し不服だったが、この業界は選ばれた者勝ちだ。
癖がないストレートヘアーが監督のお気に召したらしい。
私はソファに寝そべり膝枕をしてもらっていた。
膝枕の主は、そんな私をみてそっと頭を撫でてくれる。
「奏の髪は本当に綺麗だもんな。でもどんな役でも一生懸命努力してたのをきっと分かってくれたんだよ」
「・・・うん、ありがと」
彼は、私 末森 奏の婚約者の佐竹 優。
付き合って3年目でどんな時も私を支えてくれる素敵な人。
先日の私の24歳の誕生日にプロポーズしてくれて無事婚約した。
「・・・私のせいで発表遅らせてごめんね」
「ははっ、気にすんな!芸能人のKANAと違って俺はただのサラリーマンだし、映画の都合なんだろ?」
「うん、事務所とむこうで完成発表の時にって決まったの・・・話題作りにされちゃって・・・」
「いいの、いいの、みんなが祝福してくれてると思えば」
「優のそういうとこ大好きっ」
「俺も奏のこと大好き」
時折落ち込んでしまう私にとって優は、心から信頼できる支え。
モデルの時は、どちらかと言えばカッコいいKANAを演じている。
優の前だけ甘えん坊の奏になれる。
「はぁー来週からのロケ嫌だなー。優と一ヶ月も会えない」
来週から映画のロケで東京から離れ、田舎で撮影予定。
撮影に対してのやる気は十分だが約一ヶ月も優に会えないのが憂鬱だった。
「妙乃村だっけ?検索したけど自然豊かってしか出てこなかったんだよね」
「それだけド田舎なんだと思う。ホテルも旅館も近くにないから村長さんの家と公民館に泊まんなきゃいけないらしいし。マネージャーも現地に来れないし」
「まぁ、毎日夜電話してたら一ヶ月なんてあっという間だよ」
「・・・そうだね」
そうだ。このロケさえ終わってしまえば撮影はほとんど終わり。
つまり結婚発表だって近づく。
優と一ヶ月離れるなんて初めてだから不安だが頑張るしかない。
そうして撮影に訪れた妙乃村は、想像以上の田舎だった。
最寄りの駅から何個も山を越え、撮影クルーのバンがギリギリ通れた山道の先。
田畑と一昔前かのような町並み。
監督は、理想通りだと興奮していたが私は正直どんよりとした気持ちだった。
「はじめまして村長の吉野です。何もない村ですがようこそ皆さん」
滞在先の屋敷に到着すると吉野さん含め村人が出迎えてくれた。
旧家というのだろうか雰囲気のある大きな屋敷。
村長の吉野さんは、小柄なお爺さん。
監督が挨拶した後、私も挨拶を促される。
「はじめまして、KANAです。よろしくお願いいたします」
「・・・・」
「吉野さん?」
「あ、あぁ!いやぁすみませんね。あんまり美人さんだからビックリしましたわ」
そう言って笑っていた。
確かに私の顔を見て驚いていたがその様子はそんな風には見えなかったけど。
「じゃあ部屋に案内しますわ。監督さん達男性陣も公民館に先に行かれます?」
「そうですね。女性陣の方お願いします」
「ほな案内の子つけますわ」
今回の撮影は、女性陣は村長の屋敷で男性陣は公民館に滞在予定。
監督達は荷物を持つと村長が呼んだ家政婦の女性が案内していった。
「じゃ、こっちも家に入りましょか」
「よろしくおねがいします」
屋敷の中は想像以上に広くそれぞれ個室を用意してくれていた。
雑魚寝も覚悟していたのでそれはとても嬉しかった。
「じゃあワシらは居間におるんでなんかあったら言ってください」
「はい、ありがとうございます」
村長が離れた後、部屋の戸を閉めて一息つく。
部屋の中は布団と座布団だけの簡素な部屋。
閉じられたカーテンを開けると庭が見える。
「ここで一ヶ月か~」
ため息がこぼれる。別に村長さんやこの屋敷が嫌なわけではない。
優しそうだったし、仕事なのだから一ヶ月の滞在も我慢出来る。
ただこの田舎というものが嫌な記憶を思い出させられる。
窓から見る景色。きっと歴史ある家なのだろう。
庭の端にある土蔵。白い漆喰の壁と大きな扉。
松など手入れされた庭。
「あの家に似てる....」
私の両親は中学生の頃に離婚している。
私は母に引き取られたのだがその離婚前に住んでいた父の生家によく似ていた。
父は公務員だったが生家はその地域に代々続く地主だったそうだ。
とはいえ田舎の地主なんて今となってはそんな裕福ではない。
なのに父の祖父母や親戚は名家、名家と繰り返していた。
「平民が我が家に嫁げて良かったねぇ」
「長男の嫁なのに女しか産まんし」
「時代が時代ならねぇ」
こんな言葉はよく聞いたものだ。
父は空気で母をかばいもしない。
そんな中で育てば田舎というものが苦手になるには充分で。
後にとある事件があって我慢の限界に達した母が私を連れて離婚。
母の両親は亡くなっていた為、全く縁のない新しい土地で暮らし始めた。
でもおかげかあれから父達からの接触はなく済んだ。
そんな生まれ故郷に良く似た田舎。
ここは関係ないとは理解しているがどうしても息苦しい。
プルルプルルプルルルルルルルル
鬱々としていると携帯の呼び出し音が鳴る。
画面には『優♡』と表示されている。
「もしもし!」
「お疲れ様。奏、今大丈夫?」
「うん!ちょうど部屋で一息ついてたとこ」
「そっか。そっちはどんな感じ?」
「うーんとね」
彼の声を聞いて先程までの気分は一掃されていた。
かつての父や親戚の男どものせいでどちらかと言えば男性嫌悪のあった私にこんな男性もいるんだと教えてくれた優。
彼は、どんな時も寄り添ってくれて頼りになる優しい人。
「うん、うん、ありがとう。そしたらまたね」
彼と少し話しただけでかなり落ち着いた。
内容は、こちらを気遣ってばかり。あとは帰ったらどこに行こうなど。
彼には、父親の事を話しているので今回田舎に来て私が落ち込むと分かっていたのだろう。
だから先に楽しみを作っておいてくれたのだ。
次に会えるのは一ヶ月後か・・・電話で気分が晴れた反面少しさみしさが滲む。
コンコン
部屋のドアがノックされた。
「はい」
「お寛ぎの所失礼いたします。ご挨拶に伺いました吉野の娘の明里です」
ドアを開けた先にいたのはとんでもない美少女だった。
黒髪ロングのまさに大和撫子という感じだ。
村長の娘というにはだいぶ若く見える。高校生くらいだろうか。
「あ、KANAです。一ヶ月お世話になります。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!若い人あんまりいないので嬉しいです!」
「えっと、明里さんはいくつなの?私は24歳」
「私は18です」
「じゃあ高校生?」
「・・・いえ、ちょっと身体弱くて学校には行けてなくて」
「あ、ごっ、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください!そんなには弱くないんです。ただ遅くに出来た子だからか父が心配性で過保護なだけですので」
明里さんは、少し困ったようにそう言っていた。
確かに見た目ではそこまで病弱そうには見えない。
でもこんな美少女だ、村長の過保護になってしまう気持ちも分からなくはない。
「なので外の事全然知らなくて!KANAさんのお時間あるときお喋りしてもらえませんか?出来れば父には内緒で!」
「・・・私でもよければ」
「やった!」
大人びた雰囲気を持っていた彼女だったが喜ぶ表情は年相応の可愛らしいものだった。
内緒というのは、少し不安がよぎったが年頃の女の子なら仕方ないのかもしれない。
まぁ、私の実父だったらと考えるとその過保護さは羨ましくもあった。
「じゃあそろそろ部屋に戻るね!KANAちゃんまたね」
「うん、またね明里ちゃん」
村からほとんど出たことのない彼女は流行どころか外の情報をほとんど知らなかった。
スマホを見せたときは「なにそれ!?」と目を輝かせていた。
スマホで流行のお店や服などを見せるとさらに喜んでいた。
このガールズトークは、友人の少ない私にとっても新鮮で楽しかった。
話を終える頃には、最初よりお互い砕けた口調と呼び方になっていた。
その日の夜は、村長さんが村人も招いての歓迎会を開いてくれた。
私は監督とともに挨拶してまわる。
村人はやはり高齢の方が多かった。明里ちゃんと同年代どころか子供はいなかった。
「若い子は外の学校や仕事に出ていっちゃうのよ」
奥さんの一人がそう言っていた。
まぁ、勤め先もここだと少ないだろうから仕方ないだろう。
よくある過疎地域といった感じだ。
だからこの映画で観光地になると嬉しいと語っていた。
「にしても女性の皆さんとてもお綺麗ですね!特に髪が!」
「ちょっ、監督!」
酔っ払ったのか監督がこぼした言葉にビックリした。
褒めているつもりなんだろうがご時世的にはアウトだろ。
というかやっぱり私を髪で主演に選んだだけはある。絶対髪フェチでしょ。
なんて思っていると村長含め村人全員が笑っていた。
「いやいや監督さんお上手やねぇ」
「この村名産の椿油塗っとるおかげやわ」
「違いねぇ」
どうやら好意的に受け取ってもらったらしく、私はホッとした。
ヘラヘラと笑う監督にはイライラしたが。
演者にフォローさせた事、あとでマネージャーにチクってやると心に決めた。
あと明里ちゃんがここにいなくて良かったと思う。この髪フェチ監督は未成年の教育に良くないし、絶対あの綺麗な黒髪美少女に夢中になっていただろう。
村長が娘を出さなかったのは英断かもしれないと密かに思う。
宴会が終わり監督は他の男性スタッフに連れられて公民館へ帰っていった。
私は一旦部屋に戻った。しばらくすると家政婦の方がお風呂の用意が出来たと呼んでくれる。
お風呂は檜風呂でかなり大きかった。数人一緒に入っても余裕があるほどに。
洗面台に置かれた特産の椿油も良ければと薦めて彼女は脱衣所から出ていった。
「・・・オヒカリ椿油」
お風呂上がりに髪を乾かす時に件の椿油を確認してみた。
特産と言っていたがこのオヒカリとは何の事なのだろう。光るくらい効き目があるという事なのだろうか。
などと考えながら使ってみた。
想像より使い心地が良く髪に馴染み、艶が増していた。
髪からふわりと香る椿油はどこか懐かしさを感じさせる。
その夜は、やはり疲れていたのか気がつくと寝てしまっていた。
ジャ ジャ ジャ
夢だろうか。何か聞こえる気がした。
次の日から早速撮影は始まった。
昨日の緩い監督の顔はなく、映画には真剣そのもの。
厳しい、演技指導も入りつつ撮影は順調に進んでいった。
時折優に電話で愚痴を溢しつつ、気付けば村に来て半月が経っていた。
明里ちゃんとの密会も回を重ねて親密になっていた。
「あーあ、奏ちゃん居なくなったら寂しいよー」
「いつか東京にも遊びに来てよ。色々案内するし」
「お父さん許してくれないよ-」
口を尖らせながらそういう明里ちゃん。
年頃だし外への興味があるのだろう。
かつての自分がそうだったように。けれど彼女の身体や村長さんの事を考えると連れてくとは言えなかった。
彼女も分かっているのかそれ以上何も言わなかった。
その日の夜から寝ると金縛りとともに変な夢を見るようになった。
ジャ ジャ ジャ という音とそれに混じる泣き声。
初日に聞いた音が日を追うごとに近づいてくる。
動かない私の身体。何故か天井が無くなっていて目に映るのは雲一つ無い夜空に浮かぶ満月。
寝不足からか演技へのダメ出しが増える。
そのせいで日程が延びてしまった。
気持ちを切り替えたいのに夢の音はどんどん近づいてくる。
最近では一人でいると聞こえる気がする。
寝ているとき髪を強い力で引っ張られ痛みで目が覚めたが部屋には誰も居ない。
何かに引っかかったのかと思ったが近くに抜け毛は無く、距離のある窓に十本ほどの私の髪が引っかかっていた。窓は当然閉まっている。
寝るのが怖くなってしまった。
さらに寝不足が悪化し怒られる。
「優怖いよ、会いたいよ」
「うん、きっと奏は疲れてるんだよ」
「ちがっ、違うそんなんじゃ」
つい怖さと不安から夜中に優に電話をかけてしまった。
寝ていたのだろう声が少しかすれている。
寝起きだからかいつもは寄り添ってくれるのに少し冷たい。
でも優も仕事忙しいのにこんな夜中に起こした私が悪いんだと「ごめん」と謝って電話を切った。
次の日優から昨日はごめんと連絡がきた。やっぱり昨日は寝起きだからだったのだとホッとした。
しかし何故か電話先からあの音が聞こえる。
ジャ ジャ ジャ
「・・・誰か側にいる?」
「え、居ないよ?部屋に一人」
「あはは、、、だよね、うん、気のせいだったみたい」
「奏大丈夫?無理しないようにな」
「・・・ありがとう」
幻聴なんだろう。でも何の音なのよ。
「こりゃ、ちょっと修理に行かないとな・・・今日は撮影なしでKANAは村で休んどいてくれ」
その後撮影スケジュールをなんとかこなして滞在もあとわずかになった日。
機材トラブルでスタッフと監督が村から一旦大きな町まで向かうことに。
往復で一日かかるため明日まで不在にするとの事だった。
村に残りたくなくて着いていけないか聞いてはみたものの荷物とスタッフの関係でスペースが無いと言われた。
途中で映画の素材を撮るスタッフも連れるためだとか。
「だからその寝不足少しは解消しといてくれ」
「・・・無理言ってすみません」
私は、監督に謝罪した。
ただでさえ迷惑かけているんだこれ以上は・・・そんな事を考えるとより眠れない。
「KANAさんお茶でも飲まれませんか?」
「・・・ありがとうごさいます」
村長さんに誘われ、居間に向かう。
雑談しつつとある事に気付いた。最近は、音や寝不足に気をとられて明里ちゃんとここしばらく会っていないと。
ゴトッ
「あ、、れ?」
湯飲みを落としてしまったと同時に身体が倒れていると気付く。
身体に力が入らず意識が遠のく。
村長さんは、ただこちらを見つめていた。
気がついたときそこは居間ではなかった。
冷たい石壁と檻のまるで牢獄のような場所。檻の外にある灯りで少し照らされているが薄暗い。
「ここ、は?・・・何この服」
場所もだが服も替わっていた。真っ白の浴衣?いや、白装束?
頭も痛くて考えがまとまらなかった。
村長が?でも何で。
「奏ちゃん」
「....ッ!!明里ちゃん!」
先程までいなかったはずの彼女が檻の外に立っていた。
手をのばしたが届かない。
彼女の様子もどこか虚ろだ。
「ここから出して!」
「今はだめ・・・少し待って」
そう言うと彼女は離れていく。待ってと言っても止まってはくれなかった。
いくらか時間が過ぎた頃、村長がやってきた。
「起きたか?」
「・・・・・」
「そう睨まんでくれ。仕方ないんだ」
「私をどうする気」
「オヒカリ様への捧げ物になってもらう」
「オヒカリ様?」
どこかで聞いたと思い返せば確か椿油についていた名だ。
村長は重い口を開いた。
かつてこの村は、とても貧しい村だった。
草一本も生えぬ死地から絶えの村と呼ばれるほど。
そんな村の転機はとある女神からの加護を得たこと。
美しき女神の加護により村は豊かになり、絶えの村から美しいの意味を持つ妙を使って妙乃村と改名。
だがとあるときから女神の身体は朽ち、綺麗な髪はボロボロになって村への加護も消え祟り神の【オヒカリさま】へと変わってしまった。
再びの飢えと祟りを恐れた村人は名のある僧侶に助けを求め。
そして始まった美しい髪と顔を持つ若き娘を女神に捧げるしきたりが。
娘を捧げると女神は再び美しさを取り戻した。村への祟りも起きなかった。
しかしそれから十五年経つとオヒカリさまの身体が徐々に崩れていく。
「・・・まさかその度に生け贄を」
「村のためだ」
「そんな非現実的なことあるわけっ....!!」
「ジャ ジャ という音を聞いたのだろう?アレはオヒカリ様がボロボロになった髪をすく音だ」
それは嫌という程耳に残るあの音だ。気のせいではなかったのだ。
けどだからと言って大人しく生け贄にされてたまるか。
私は檻を蹴飛ばした。けれどビクともしなかった。
「っざけんな!出してよ!監督達が気付くわよ!」
「大丈夫、オヒカリ様への捧げ物は池の底に沈んで誰にも見つけられない・・・月が真上に昇るまでまだ少しある待っていなさい」
村長が出ていった。大声を出しても、檻や壁を叩いても何ともならなかった。
監督は、明日まで帰ってこない。きっと機材を壊したのも村人だ。
どうすればと考えても誰も答えは返してくれない。
どれくらい経ったのか疲れて声もでなくなった頃、村人達が私を連れ出した。
抵抗したがすぐに後ろ手に縛られてしまった。
村人達に助けて、止めてと何度も言ったが彼らの瞳はどこか虚ろで何の反応も示さない。
私が監禁されていたのはあの土蔵の地下だった。
屋敷の庭に出ると肩に担がれるように持ち上げられ山へと向かい始める。
空はあの夢に出てきたような満月だった。
そしてついに池へとついた。
大きさはそうでも無いが底が見えない。
山へは撮影で何度か入ったのに一度も見かけなかったここはどこか厳かな雰囲気があると同時に虫の鳴き声も風すらない不気味さがゾッとする。
唯一聞こえるのはあの音。
ジャ ジャ ジャ ジャ
「やめて!やだ!死にたくない!」
暴れるがどんどん池が迫ってくる。
嫌だ、優ともう会えないなんて。こんな訳の分からない奴らのせいで死ぬなんて。
「すまんね、オヒカリ様は綺麗な娘しか欲さないんじゃ」
村長が私を拝みながらそう言った。
「・・かり!!あかり!!助けてよ!」
「明里?」
もう必死だった。村長の声など気にも出来ず暴れた。けれどそれも空しく池へと投げ入れられる。
「う、、、いや、、ごぼっ、、」
どうにか沈まないようにしたが水を吸った白装束が身体に纏わり付き、手首の縄も相まってどんどん沈んでいく。
水を飲み込み息が出来ない。
気付けば水面が遠ざかり、意識を失った。
気がつくと私は、檻の中で泣いていた。
いや、違う。泣いてるのは私じゃ無い。意識はあるのに感覚がない。
幽霊にでもなったのだろうか。
これはあの日に似ている。母が離婚するきっかけになった出来事。
母が祖母の言いつけで町に買い物に出掛けた日に祖母は私を土蔵に閉じ込めた。
きっと嫌がらせのつもりだったのだろう。
けれど光の入らない暗さとどうやっても動かない重い扉。
夏の暑さと相まって、私はパニックから過呼吸を起こし倒れた。
しかも母が帰宅した深夜まで様子見もせずそのまま放置していたらしい。
熱中症を起こしていた私は救急車で運ばれ、最初は勝手に隠れていたと言い逃れしていた祖母も土蔵の外から鍵をしていた事を問い詰めると認めた。
母はこのままでは私が殺されると示談にする条件として慰謝料と離婚、そして私の親権を要求した。
世間体を気にした父を含めた祖父母はそれを認め、私達はついにあの家から出れた。
母は、お金で祖母と示談したことを後に悔やんで謝ってくれたが私はそれで良かったと思っている。
だってあの日の恐怖と苦しさは謝られても消えない。
だったら母との幸せにためにお金を貰って絶縁した方がマシだった。
あの暗闇で泣いていた私のようだ。
けれどここは実家の蔵じゃない。それよりも直近で見覚えがある・・・先程まで私が閉じ込められていた蔵だ。
じゃあこの泣いているのは誰?
「どうして、どうして・・・私を・・するなんて」
女性の声?けれどか細くて所々聞き取れない。
しくしくと泣いている。そしてとても苦しそうだ。
届くかも分からず、ただ声をかけずにはいられなかった。
『だ..大丈夫ですか?』
「!?」
声が届いたのか女性は驚いたようにキョロキョロと周囲を見回した。
けれど私の姿は見えないようだ。
それと同時に女性の顔は何かモヤがかかっていて見えない。
暗いからかと思ったがそれ以外の身体はくっきり見える。
『私の声聞こえますか?」
「え、ええ・・・貴方は何者?」
『・・・わかんないです。気付いたらここにいて・・・貴方は?』
「私は【 】よ」
『え?』
「聞こえないの?・・・・もしかして貴方は」
ガチャ
女性の喋っていた途中で鍵が開けられ一人の男性が入ってきた。
その男性が彼女に近づくと徐々に彼女の様子がおかしくなっていった。
「おや、泣いているとばかり思っていましたが元気そうですね」
「ふざけるな!僧の分際でこの村を守護する私を閉じ込めてどうする気だ」
「【 】様は私の妻に堕ちていただきます」
「神を娶るなど出来るはずがなかろうが!!」
僧と呼ばれた男は肩をふるわせて不気味な笑みを浮かべた。
そして彼女を指さす。
「出来ますよ。現に神が私なぞの呪いでここに閉じ込められている」
「出せ!ここから出せぇぇぇぇぇ!!」
彼女が檻の格子から僧へと手をのばし慟哭のような叫びをあげる。
僧は、私に気付いてはいないようでただ女性に下卑た視線を注ぐばかり。
そんな光景に私はただ言葉を失っていた。
「美しい、美しい、貴方様を私達人間の地に永遠に縛る・・・愚かな私達に恵をください」
『・・めて・・・やめて・・・やめてぇぇぇぇぇ!!』
口にするのもおぞましい男の欲がそこにはあった。
なんとか止めようとするも私の声も手も届きはしない。
彼女の悲鳴だけが塞ぐことも出来ない私の耳につんざく。
「オヒカリさま、オヒカリ様さま私たちを照らしてくれ」
男はそうい言って彼女を穢した。
目を背けることも出来ない。
そして全てが終わった時私はようやく彼女の顔が見れた。
『・・・明里?』
グポッ、ポポポ、
目の前が水で埋め尽くされる。
先程の蔵では無くなっていた。
そして現状それどころではなく、先程とは違って身体に感覚があり、まさに今溺れようとしていた。
また意識を失うと同時に死を覚悟した私は夢か、あの蔵で呼ばれていた彼女の名を呼んだ。
助けて【妙】さま。
気が付くとそこは村へと向かう橋の手前だった。
身体はびしょ濡れの白装束。手も縛られたまま。
それが夢ではないと私に教えた。
「貴方が助けてくれたの・・・あか・・り?」
私の目の前には明里ちゃんが立っていた。けれどいつもの彼女では無かった。
彼女は私の縄を切ると喋り始めた。
「遅くなってごめんね奏ちゃん・・・そしてありがとう貴方のおかげで出れた」
「どういうことなの?」
「・・・とある昔話をするね」
彼女が語ったのは妙乃村の過去。いや真実。
村長が語った美しい女神は妙さま。
妙乃村は妙の村。女神が寵愛を与えていた事を表しただけだ。
村人と妙様の関係は良好で彼女は信仰は集めても生け贄など欲する神ではなかった。
そんな関係が壊れたのは流れのとある僧が村を訪れた事から始まった。
彼は、僧という身分でありながら彼女に恋をした。
けれど相手は神、人間が手を出して存在じゃ無い。
僧のおぞましい欲望は、隠しつつも徐々に増え、ついに凶行に及んだ。
それは村人をそそのかし女神の力を削いだ後に穢し、己が妻とするというものだった。
成功するはずがなかった。女神と村人の絆が壊れなければ。
「神というのは気まぐれだ、万が一村を見捨てられればまた飢えに苦しむ。そうしたくないならば彼女を人へと堕とし現人神としてこの村に縛り付けるほかない」
その言葉が村人をそそのかした。
信仰が減り、彼女の住処の池を汚した。
そして彼女は僧に捕らえられたのだ。
「あの蔵での事は・・・」
「現実よ・・そして妙は僧の子を孕みオヒカリさまへと堕ちたの。村人は喜んでいたわ・・・」
僧の誤算は、オヒカリさまとなった彼女の人間の身体が朽ちて死んだとき新たなオヒカリ様という祟り神に堕ちてしまった事。生け贄なくば全てを呪う化け物。
きっとそれは恨んで堕ちた妙の呪い。
そうしてオヒカリ様への生け贄が始まった。
「でもなんで明里と同じ顔」
「妙の子の子孫は村長の家系なの。まぁ、その事実は忘れられているようだけど・・・それを知らずに私を生け贄にするなんてね」
「・・・え?」
明里と妙さまは同じ顔だった。それは子孫だから。
だってたくさん話した明里がすでに生け贄とされていたなんて信じれなかった。
「じゃあ貴方は・・・私が話していたのは誰なの」
「私はどちらでもあり、どちらでもないの・・・貴方と話していたのは明里よ」
「で、でも生け贄って・・・」
「・・・もう身体はないの。明里と話すときは二人っきりじゃなかった?他の人がいる前では会えなかったでしょう」
思い返せば確かに彼女が私の前に現れたのは一人の時だけ。
村長が過保護といっていたにしてもあの屋敷で明里の話も姿も私以外が確認した様子はなかった。
明里ちゃんは前回かそのまた前か、18歳で生け贄にされていたんだ。だからスマホや外を知らなかったんだ。
「・・・明里ちゃんは?」
「オヒカリ様に食べられてその中にいた私とくっついたの・・・かつて子に渡った神の力が彼女とともに戻ってきた。だから私は妙であり明里」
「・・・・」
「泣かないで?身体に長く縛られていた私と違って多少の自由がきいた明里は貴方との時間を本当に喜んでいたのだから」
彼女は、私の涙を拭って困ったように微笑んでいた。
そして森へと続く道を指さした。
「さぁ、この道を戻って町へ行って。オヒカリ様はもうただの化け物。貴方を生け贄に捧げれなかった村へ暴走が始まるわ」
「あ、はい・・・貴方は?」
「帰るの・・・神の・・妙としてあるべき場所へ・・・もう私の村人たちはいないから」
そう言うと彼女の身体がうっすらと光り出した。
村を見ながらどこか悲しそうに。
「明里ちゃんは!?」
「ふふ、奏ちゃんありがとう!私は妙さまと一緒にいくよ・・・やっと村から出れる・・」
「私は、明里ちゃんと話せて楽しかったよ!ずっと・・・友達だよ」
「「ありがとう」」
彼女は、いや彼女達は光となって消えた。
私は森へと走った。
どれくらい走ったかは分からないが日が明ける頃監督達の車と出会った。
「KANA大丈夫だったか!?」
監督の慌てて私に駆け寄った。
他のスタッフもざわざわしていた。あの村の出来事は知らないはずだから村から離れた場所にこんな格好しているからだろうか。
兎にも角にも監督達と生きて再び会えたことにホッとしたと同時に気を失った。
目が覚めたのは病室だった。過度な疲労から倒れたのだろうとの事だった。
監督とマネージャーが起きた私に何があったのかを説明してくれた。
あの日監督達が予定より早く戻ったのは理由があった。
いくら連絡しても私にも村にも電話は通じず、不審に思った監督は予定を切り上げて戻っていた途中で私と出会ったのだ。
そして村は謎の地滑りが起きて村が土に埋まってしまったそうだ。
推測される時間は恐らく私が明里と別れた頃。
「無事で良かったが何であんなとこにいたんだ?」
「・・・気付いたらあそこにいました」
監督の質問にはそうとしか答えれなかった。
その後、村には国からの救助隊が入ったが誰も土からは見つからなかった。
そう土からは。
何故か村から離れた池の中に沈んでいたそうだ。
たまたま流されたのか逃げようとしたのか。
理由は分からなかったが村長を初めとした村人達が亡くなった。
住民名簿に明里ちゃんはいなかった。
やはり既に生きてはいなかったんだと実感する。
また遺体の中には明らかに古い遺骨も見つかりその事件性への調査が始まっているそうだ。
不思議に思われたのは村人達の遺体、特に村長の首に長い黒髪が絡み付くように付着していたこと。
きっとそれはオヒカリ様の・・・。
その後、映画は作成中止となった。
さすがに死者多数の災害の起きた村の映像を使うのは不謹慎とされた。
そして私はそのまま芸能界をやめた。
優と結婚してただの主婦に。
長い時が経った今では、あの日は夢だったのかと思ってしまう。
髪はバッサリと切ってしまった。
ただ街中で綺麗な黒髪を見ると彼女を思い出す。
妙さまは、明里ちゃんは、かぐや姫のように帰るべき場所に今度こそ帰れたのだろうか。
もうあの音は聞こえない。
けれど村人達を喰らったであろうオヒカリ様はどこへ行ったのだろう。
ただただ平和を願うことしか私には出来ない。
ジャ ジャ ジャ ジャ




