9−10 絆のライン
夕食後、パパがソファの横に座って、静かに口を開いた。パパの仕事がやっと落ち着いて、久しぶりに一緒に夕食を取ることができた。
「悠太君のおばさんの件、無事に解決したみたいだな」
私は頷いた。
七香から連絡があり、悠太君がおばさんと一緒に警察に行ってきたそうだ。
「うん。警察の人に詐欺だと証明する資料を見せたら、やっぱり驚いてたって。でも、被害に遭う前に食い止められたから、本当に良かった」
「そうだな」
パパは、どこか遠い目をして、窓の外を眺めていた。
「でもね、ちょっとがっかりしてるみたいなんだって。悠太くんが言ってた」
「がっかり?」
「うん。アレックスとのやり取り、すごく楽しかったみたいで。最近、すごく明るくなったって、悠太くんも言ってたのに、それが全部嘘だったって知って、すごくショックだったみたい」
私の言葉に、パパは静かに目を閉じた。
「そうだろうな。詐欺師は、金銭をだまし取るだけじゃない。人の心まで、深く傷つけていく」
パパの声は、いつになく重苦しかった。
「お金は、また働けば取り戻せる。でも、心についた傷は、そう簡単に癒えない。誰かを信じた気持ち、楽しかった時間、未来に抱いた希望。それらすべてが嘘だったと知った時の絶望感は、金銭的な被害よりも、はるかに大きい」
パパの言葉は、私の胸に重く響いた。
あの時、悠太の家での出来事は、パパの言葉を現実化したようなものだった。
「きっと、日々不安や満たされない気持ち、孤独と戦っていたんだろう。そんな時、遠く離れた異国から、自分を特別に扱ってくれる人が現れたら……」
パパの言葉に、私は何も言い返せなかった。
私はしばらく無言で、自分のマグカップを見つめた。
中のミルクティーが静かに揺れていた。
「…もう、誰も信じられなくなっちゃうね」
私は、不安な気持ちを口にした。
「そうかもしれない、でもきっと大丈夫だ」
パパは、まっすぐ私の目を見て言った。
「悠太君がいる。彼の行動、彼の叔母さんを思う気持ちは本物だ。顔も見たことのない相手、不確実な未来、そんなものとは比べ物にならない強さがある。その本物の優しさに触れて、悠太君のおばさんはきっと、絆を取り戻せる」
パパの言葉に、私は少しだけ安心した。
「それに、紬。紬と七香ちゃんも見ず知らずの人のために、色々動いてくれただろう?」
「え、私なんて……」
「いや。紬と七香ちゃんが悠太君と話していたから、この件は未然に防ぐことができた。悠太くんの行動、紬の行動、七香ちゃんの行動、みんなの力だ。その力は、悠太くんの家族の傷を癒す、小さな光になるだろう」
パパの言葉に、私の心に温かい光が灯った。
あの時見た、悠太が優しく聡子さんに寄り添う姿を思い出していた。
「そうか。私たちが……」
こうして、聡子さんの国際ロマンス詐欺事件は静かに幕を閉じていった。
<つづく>




