6−8 ソーシャル・ハック
山下くんから受け取ったスマホは、彼の手汗でじっとりと湿っていた。
でも、ガラスの画面は氷のように冷たい。
『怖いです! やっぱり無理です! 捕まりたくない!』
私は、わざと弱気で、パニックに陥った無能な少年を演じた。
これは、相手の反応を探るためのソーシャル・エンジニアリングだ。
犯人からの返信は即座だった。
『ふざけるな。お前の妹が通ってる小学校の写真、今からネットにばらまくぞ』
通知が来るたびに、スマホが私の手の中でブルリと不快に震える。
まるで犯人の悪意が直接触れてくるようだ。
私は大きく息を吸い込み、冷え切った指先を画面に走らせた。
(落ち着け。私は今、パニックになった男子高校生)
『怖いです!』
打つ文字は弱気。
でも、私の目は獲物を狙う狩人のように冷徹に画面を見据えていた。
『行きます! 行きますから!』
私は慌てたように打ち込む。
『でも、お腹が痛くて今病院に来ていて、1時間じゃ○○駅にいけません……お金もなくて……』
『ふざけるな!タクシーでもなんでも使って行け!』
『……お金もなくて……』
相手を焦らすのではなく、相手に「こいつは使えないが、今すぐ動かすしかない」と思わせる。
数秒の沈黙の後、返信が来た。
『チッ、使えねえな。どこにいるんだ?』
私は素早く地図アプリを起動して、ちょっと離れた病院の位置情報を送った。
『分かった。じゃあタクシー呼んでやるからそれで来い。時間は17時だ。遅れるなよ』
(……釣れた)
私は内心で呟いた。
犯人は山下くんが素直に従うコマだと思って、タクシーという手段を用意した。
この油断が私たちのキーになる。
私は冷静に、今までのやり取りをすべてスクリーンショットで保存した。
<つづく>




