5−8 パンケーキ
後日、パパは回収したWifiルーターから得られた証拠を、カフェに提出した。
犯人は、元カフェの店員だったのではないかという話だった。その犯人も同じゲームに嵌っていて、ゲームを有利に進めるために他人のアカウントが必要だったのじゃないかと話していた。
「ここから先はカフェと学校の話だ」
パパはそれ以上介入はしないということだった。パパの口ぶりから、犯人はおそらく私達と変わらない学生だったのだと思う。
前にパパが「私達は犯人探しをしているわけではない。普通の生活が戻れば十分だ」と言っていたのを思い出した。
「それにしても、まさかあんな場所に、Wifiルーターが隠してあるなんてね……。セキュリティってもっとITとか難しいものかと思っていたけど、隠し場所を見つけるなんて、奥が深いんだね」
七香は、感心したように言った。
私たちは、事件解決のお祝いと称して、またあの駅前のカフェに来ていた。
もちろん、接続するWifiのSSIDは、『STATIONCAFE_Free』であることを、しつこいほど確認した上でだ。
「パパが言ってた、『セキュリティとは特別ではなく日常ごと』だって。フリーWifiを使う時に、SSIDを一字一句確認する、とか、怪しい充電器や、不審な箱が置いてないか、周囲に注意を払う、とか。そういう日常の積み重ねが、一番のセキュリティ対策なのよ」
私は、パンケーキを食べながら、得意げに言った。
セキュリティに対する関心が高い私でも、この事件が起こるまでは、SSIDの一文字違いなんて、気にしていなかったのだから。
「そうだね。私たちも、もっと周囲に目を配らないとね!」
七香は、そう言うと、突然、椅子から立ち上がった。
「どうしたの、七香?」
「あのね、さっきから、隣の席のお客さんの足元に、なんか黒い四角い箱が置いてあるのが気になるの。もしかして、あれも、偽のWifiルーターかも!」
七香は、目を皿のようにして、隣の席を凝視している。
「ちょっと、七香!やめてよ、失礼でしょ!」
私が慌てて七香の腕を引っ張ると、隣の席に座っていた男性が、不審そうに私たちを見た。
「あの……何か?」
「あ、すみません!何でもないです!」
七香と慌てて席に座り直した。恥ずかしさで顔が火照る。
「七香、あれ、ただのノートパソコンの電源アダプター。あんな露骨なところに偽のWifiルーターなんて置かないよ」
私は、小声で七香に囁いた。七香が凝視していたのは、ただの充電器だった。
事件解決後、彼女の危機意識は、急激に上がりすぎているようだ。
「え、アダプターだったの?てっきり、また誰かが罠を……」
七香は、恥ずかしそうに顔を覆った。
「まあ、警戒心を持つのは良いことだけど、過剰反応は禁物。周りを不審者扱いするのも、また別の問題だからね」
「うー、ごめん……。よし、じゃあ、今度は、あの棚の上に置いてある、不自然なく
らい綺麗な『装飾品』をチェックしてみる!」
七香は、懲りずに立ち上がろうとする。
「だから!七香!それ、ただのティッシュケース!やめて!早くパンケーキ食べなさい!」
そう言い合って笑いながら、私たちはお互いを見つめ合った。
以前の私たちは、ネットの向こう側にある危険ばかりを気にしていた。
しかし、今回の事件で、本当のセキュリティとは、安心して日常を過ごすための知恵だということを教えられた。
七香が「ふとるー!」て言いながら、パンケーキにシロップをたっぷり掛けていた。
技術、物理、そして人間、そのすべてが、壁に開いた「穴(O)」を塞ぐために必要な盾となる。
私達の日常を心から笑いあえる場所にするために。
私も七香にならって、たっぷりのメープルシロップを残っているパンケーキに掛けた。
<壁の穴 完>




