5−3 パパのコーヒー
家に帰るなり、私はリビングでコーヒーを飲んでいたパパに、七香から聞いたアカウント乗っ取りの一件を報告した。
「ふむ、それは面白い。」
私は「また始まった」と思った。
「有名なゲームアカウントの乗っ取りが、特定のコミュニティ、つまり紬たちの学校や、その周辺で急に増えている、と」
パパは、カップをソーサーに静かに戻し、顎に手を当てて考え込む。セキュリティ専門家としての、真剣な顔だ。
「うん。手口が雑な詐欺に使われてるらしいんだけど、乗っ取り前に、ログインが不安定になったり、ログインできなかったり、共通の現象があるみたいなんだ」
私は、七香の話を、なるべく詳しく、パパに伝えた。
こういう時、パパは感情論ではなく、あくまで事実とデータに基づいて冷静に判断してくれる。
しばらくの沈黙の後、パパが口を開いた。
「奇妙だね。確かに、一般的なアカウント乗っ取りは、どこで起ころうが関係ない。フィッシングメールに引っかかったり、使い回しのパスワードが漏洩したり、それらは場所を選ばない。」
パパは、そう言って、テーブルの上で指を一本立てた。
「だが、今回のケースは違う。特定の場所、特定のコミュニティで『線』となって広がり始めた。これはつまり、被害者たちが、ある共通点を持っている可能性を示唆している」
私は、パパの言葉に、ハッとした。
確かにそうだ。
みんなが同じ場所で、同じ危険に晒されていたからこそ、同時多発的に被害が出始めたのかもしれない。
「ログインの不安定さ、ログインエラー……。これらは、ゲームアカウントに直接ハッキングするよりも、むしろ、通信経路に何らかの細工がされていた可能性を考えさせるね」
「通信経路に細工?」
パパは、さらに言葉を続けた。
「紬も知っているだろう?『セキュリティの要は人間』だ。そして、『セキュリティとは特別ではなく日常ごと』。技術的な防御も大切だけど、人間が、普段何気なく使っているもの、信じ込んでいるものの中に、一番大きな落とし穴がある」
「今回の件、被害者たちは、普段の生活の中で、何かセキュリティ上の『盲点』を突かれたのかもしれない」
パパの推理は、あまりにも具体的だった。
この乗っ取り事件は、単なるネット上の話ではなく、もっと物理的な、誰かが仕掛けた巧妙な罠なのだと、改めて理解した。
<つづく>




