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世界で一番、夜が大好き

作者: 夜歪気

綺麗。

無意識に出た言葉がそれだった。

ついさっきまで辺りはあんなに明るかったのに、今ではもう真っ暗。

私はこんな景色を見たことが無い。16年間の人生で初めての経験だ。

恐ろしくも、美しさに魅了される。この感情がどういうものなのか分からない。

だけど、悪いものではないんだろう。居心地が良い。


夢月(むつき)ちゃん、もしかして夜を知らないの?」


隣に座っている子が私に言ってきた。取り敢えずうん、と答えた。

すると質問してきた子は驚いた顔をして、アホ面を晒している。

どうやら、この子は夜というものを知っているらしい。

だからそれについて少し聞いてみることにした。


「夜っていうのはね、私達に希望を与えてくれるんだ。夢月ちゃん、見て」


私はこの子が指差す方へ顔を向ける。

思考し、頭を捻らせた。多分、空だったであろう空間が上に広がっている。

でも、点々と光り輝くものは一体何なんだろう。


「あれはね、夜空って言うの。この時間に現れる特別な空なんだよ」


夜空。そうなんだ。夜空って、凄く綺麗。

雲が薄っすらと、永遠に続く大きな海みたいに紫掛かった黒に透けている。

呆気にとられ、息を吐くことすら忘れる壮大なものだった。


「ねぇ、〇〇。あの光ってるやつは何?」


意識と目は夜空へと、しかし口だけは動かした。

独り言のように小さい声だけれど、この子はちゃんと気付いてくれた。

そして私に向かって話し掛ける。


「夢月ちゃん。あれは星。この夜空と私達を照らしてくれる、希望の光。とっても素敵でしょ?私、星が一番好きなんだ」


私も。私も一番好き。

右から左に聞き流される、そう思っていた君の話。

なんだけど、どうしてかな。

妙に懐かしく感じるんだ。本当は知ってる筈の事。

なのに思い出せない、そんな自分に苛立ちを覚える。

表には出さないけど心の内に騒々しく渦巻くイライラ。

身体を支える手は、いつの間にか草木の生える地面を握っていた。

皮膚を伝い、脳に冷たさが供給される。

しかし、熱を帯びつつある私の感情はその程度で落ち着くものではない。

ヒートアップ、余計に手に力が入る。

人工的に掘られた跡が地面に着き始めて来た。


「大丈夫。そんなに焦んなくて良いから。今すぐ思い出さなくても、時間を掛けていけば何とかなる。だから⋯⋯⋯さ?一旦落ち着こ?」


そんな言葉に乗せられた安心が、私の右手にも伝わる。

そう。君の手が私の右手を包み込んでくれてるんだ。ありがとう。

次第に感情は静まり、やがて無に帰した。

今あるのは安心と心地よさだけ。どっちも君が与えてくれたものだね。


「フフッ、そうだね。夢月ちゃんはイライラしてるより、今の顔の方が似合ってるよ。大好き」


手鏡とかがあればよかったんだけど。

君がそこまで言う顔、出来れば自分でも見てみたいな。


「ニッコリとしてて、微笑んでる。リラックスしているのかな?目を細めて顔がとろけている。だからだよね。頬がピンク色に染まっていて、可愛い。とにかく可愛い。夢月ちゃん、今の顔は正直言って犯罪級だよ」


⋯⋯⋯解説どうもありがとうございます。

諭すような、優しい喋り方の君が熱心に物事を話す様子は見ていてビックリした。

それに至極当然と言った真剣な眼差しで言う君は、少しクスリと来た。

それを首傾げて悩む君。心の何処かであざとい、そう思ったよ。

でも伝えはしない。その代わりに君の手を包み込む。

指と指の間に自分の指を滑り込ませ、大きく握ってあげる。

君はあたふたしてるね。顔が真っ赤っかだ。


「む、夢月ちゃん!?これって、どういう事!?私、恥ずかしいよ⋯⋯」

「〇〇。もしかして恋人繋ぎ(・・・・)を想像してる?」


君の顔が更に赤くなる。手で覆っても、耳が隠せてないよ。

先までもう紅い。触ってみたいな。多分熱いんだろうね。

そんなところを私は一人でに君の反応を楽しんでいる。


「むぅ、いい加減手どけて」


私はそう言うと、君の可愛い顔を覆ってしまっている手を取る。

すると、そこには紅葉したモミジみたいな君が居た。

とても恥ずかしそうにしていいて、小動物を見ている気分だ。

もう少し君を見ていたい。けど、このままっていうのも何か嫌。

だから私は精一杯の笑顔を君に向ける。

大好きって言った、この笑顔を。それもとびきりのやつ。


「⋯⋯⋯⋯どう?可愛い?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん。凄く可愛い♡」


ちょっと照れくさいな。でも悪い気はしない。

私が笑えば君も笑ってくれる。小さな幸せは、こういうのを言うのかな。

お互いを見やってそう思う。


「夢月ちゃん、寒くなってきたね。夜はやっぱり冷え込むなぁ」

「昼はあんなに暖かったのに。スカート履いてくるんじゃなかった」


小川が近くに流れているせいなのか、余計寒く感じる。

風も私の太ももを撫でるように吹いてるので、それも相まってかもしれない。

肩が震えだし、手の感覚が鈍くなっていく。


「そうだ、夢月ちゃん。自販機行かない?確か熱い飲み物もある筈だよ」

「ナイスアイデア、〇〇。なら早速行こ」


私は君の手を取ったまま、立ち上がる。

そしてゆっくりと走り始めた。少し後ろにいる君を隣まで行かせるために。

───夜という輝き照らす星の下、話しながらっていうのも楽しそう。





赤青と2つ並んだ自販機が目の前に佇んでいる。

光が夜の闇を照らしていた。


「何飲む夢月ちゃん?私はホットなら何でも良いな」

「私もそうなんだけど。っていうか、こんな寒いのに冷たい飲み物は自殺行為だよ」

「分かる。夢月ちゃんもそうなら⋯⋯⋯私はこれに決めた」


と、君は私が密かに狙っていたコーンスープを押す。

図ったな。横からニヤついているのが見えている。

折角安定した美味しいものがあったっていうのに。


「仕方無い、私はミルクティーにするよ。何処の誰かさんがコーンスープを取っちゃったし」

「アハハ、一体誰なんだろうね⋯⋯⋯」


君はとぼけて私と目を合わせようとはしない。

斜め左を向いている。

まぁ、別に良い。同じものを、というのは面白くない。

だからミルクティーを選択するか。

あぁ、いやでも。コーンスープも飲みたいな。2つ買うのもどうかと思うし⋯⋯⋯。

そっか!君のやつを一口貰えば良いんだ。


「〇〇。私のミルクティーあげるから、コーンスープ一口頂戴」

「えっ!?ま、待ってよ」

「良いじゃん、私口付けたとか気にしないし大丈夫だからさ」

「そこまで言うなら⋯⋯⋯⋯⋯分かったよ。コーンスープね?」

「やった!ありがとう〇〇!」


私は許可を取ると同時にボタンを押した。

───ガタン

上から勢いよく落とされたミルクティーを手に取る。

外は白い息が出る程寒いのに、何故お前はこんなに温かいんだ?

もしや、自販機が魔法の道具だったりしないのかな。

冷たいと温かいが一つの機械に入っているんだ。魔法と言えば私は素直に信じるぞ。


「夢月ちゃん、自販機は自販機だよ。ちょっと仕組みを理解すればその疑問も晴れるよ?」

「〇〇、夢無さ過ぎ。良いじゃん、ファンタジーっぽく考えたりしてさ」


私が反論すると、君はモジモジとして何かを小さく呟いている。

それに連動し、君の身体は左右に揺れていた。

咄嗟に可愛いと口から出てしまいそう。

だけど、また君が恥ずかしそうにし出したら面倒だ。

私はミルクティーを両手で包み、顔の目の前に持ってくる。

これで安心だ。


「わ、私だって夢月ちゃんみたいに⋯⋯⋯」

「え?何か言った〇〇?聞こえないよ」

「ごめん、気にしないで。ただの独り言だからさ」


まぁ、そう言うなら追求はしないけど。

でもコーンスープを握る手に力が入っている。

長い黒髪が、俯くことによって顔を隠す。ねぇ、本当にどうしたの。

私心配しちゃうよ。


「夢月ちゃん」


名前を呼ばれ、思考する意識を現実に引きずり出す。

開いているのに景色がぼやけ映らない目も、段々覚醒してくる。

一番初めに見た君は、もうこっちを真っ直ぐ見ている。

私は「なぁに?」と君に聞いた。


もう一度(・・・・)、あそこに行ってみない?」


深海光無く、彷徨い頑張るも君の言うあそこが良く思い出せない。

届きそうで届かい、そんな要らぬ焦らしが私を邪魔する。

けれど、脳裏に霞がかった断片が集まり一つの景色が浮かんできた。


「良いよ、一緒に行こうか」

「うん!夢月ちゃんと一緒に!」


テンション高い君は、暗い中輝く自販機よりも輝いている。

まるで、光の粒子みたい。そんな幼稚な感想、けれど今の君にはぴったりだ。

私はそれがとても嬉しくて堪らない。

抑えられず、向かう先まで手を繋いで行ってしまいそう。

だけど、それも良い気がする。





少し階段を登った後、一つの公園に着いた。

一歩足を踏み入れた瞬間、胸が熱くなるのを感じる。

何か⋯⋯⋯大事な事をした場所。


         ──ザザッ──

『ねぇ、此□どう?』

『雰囲□良くて、私好き□な。夢月、良くこんな所見つけ□れたね』

『頑張っ□んだ。気□入ってくれたな□嬉しい』

『フフッ、夢月が見つけてくれ□場所だ。当然、気に入る□も』

『⋯⋯⋯あ、あり□とう∥』

『恥ず□しがってるの?顔□真っ赤っかだよ』

『ちょっと、見な□で!』

         ──ザザッ──


は?今のは何なんだ?

急に湧き出した。記憶とも呼べるものか分からない。

でも、愛おして堪らない。何故だ?


「夢月ちゃん、どうかしたの?」

「⋯⋯⋯いや、ちょっとこの公園を見てただけだよ」

「そっか」


君の声のトーンが少し下がった気がした。

ミルクティーを持つ手だけが暖かく、それ以外は冷気に晒されとても寒い。

それに、君の私を見る目には寂しさがあるように思える。


「そんな事は無いよ。私には夢月ちゃんが居るんだもん」

「え?」

「今日の夜は楽しい。だって一人じゃ無いんだから。夢月ちゃんと一緒に歩いた道、話した事。その全てが私に幸せを与えてくれる」


遊具を駆けながら君は感傷に浸る。

その様子は、まるで本当にこの夜を楽しんでいるようだった。

私もそんな君の後ろを追い掛ける。


「ほら!夢月ちゃんこっちこっち〜!」

「待ってよ〇〇。早いって」

「フフッ、待ってあげるとでも?追い付いてみやがれー!ってね?」


君はなんて無茶な事を言うんだ。

私はバチバチにフリルが付いたスカートに、ローファー。つまりはゴスロリ衣装。

それに対して君は、ストレートな服にスカート。靴も動き易いと来た。

余りにも差が歴然とし過ぎている。これは不公平だぞ。

私は追い掛けながらそう考える。君との距離は開くばかり。

けれど、君は走っていた勢いのままブランコに飛び乗った。

私も乗じてブランコへ。やった。再び隣に君が居る。


「夢月ちゃん遅いよぉ。私待ってたよ?」

「仕方無いでしょ。私の靴ローファーなんだから、〇〇みたいに早く走れないの」

「⋯⋯⋯⋯あっ!本当じゃん。ごめんね、暗くて良く見えなかった」

「足首、少し挫いた」

「え。う、嘘。ご、ごめん。痛くない?腫れてない?」

「大丈夫だから、少しって言ったでしょ。あぁ、待って!本当に大丈夫だから!」


私はブランコから降りようとする君を言葉で制する。

全く、本人が言うのだからちゃんと聞いて欲しいものだな。


         ──ザザッ──

『大目に見よう。夢月はいつもそうだからね』

『だって、挫けたのって私のせいでしょ。少しくらいは責任感じるよ』

『にしては凄く心配していたようだが?』

『うッ⋯⋯⋯!痛いとこ突いてこないでよ。聞いた時は気が気じゃなかったから』

『そんなんだ。ふぅ〜ん』

『な、何?何でニヤついてるの、急にやめてよ』

『いや、夢月可愛いなって思ってさ。思わず⋯⋯ね?』

『もうそんな事な、へ?かわ、可愛いって今言った!?ねぇ、言った!?』

         ──ザザッ──


断片的に流れる記憶のようなもの。しかし、さっきのより鮮明。

言葉が抜けること無く、思い浮かんでくる。

景色も、夜空の下でブランコに乗る私と君が色付いて見えた。

まるで今のとまったく同じような景色が。


「そうだよ。二年前の時とまったく同じ。驚いた?」

「どういう事⋯⋯⋯⋯⋯ッ?」


疑問を投げ掛けようとした。だから君の名前を呼ぼうとした。

なのに思い出せない。さっきまではちゃんと。

いや、分からない。会話の中で自然と出てただけ。

発音も、意味も、何も知らない。

私はブランコを漕ぐ事すらしないで、思考に入り浸る。

君もまた、艶出る美しい黒髪を静止させていた。


「夢月ちゃん、どうやら困っていらしいね?」


冷たい風に、優しい声が乗る。

私は「うん」とだけ応答した。君の言う通り困ってて今現在凄く悩んでいるよ。

頭を掻き、心の中でそう言う。すると君は私に一つ問いてきた。


「夢月ちゃん、一つ聞いても良いかな?」

「別に良いよ。でも短くお願い」

「分かった。じゃあ早速⋯⋯⋯⋯夢月(・・)夜は好きかい?」


衝撃が、身体全体を巡った。

今の口調。さっき見た君みたい。いや、まんまだ。

そして、前にもこんな事を聞かれた。

そう!二年前の、この公園の、綺麗な夜空の下の時と一緒だ。


         ──ザザッ──

『夢月、夜は好きかい?』

『急にどうしたの、怖いよ』

『いや、気になってね。で、どう?夜は好き?』

『当然好き。大好き。満天の星空、海みたいに深い青の夜空。綺麗で、素敵な世界を見せてくれる夜は好きだよ。⋯⋯⋯⋯でもね、私はそれ以上に貴女。星魅 夜(ほしみ  よる)の事が大好き♡』

『そうか。なら私はもっと夢月を愛さなきゃな』

         ──ザザッ──


「星魅夜。そうだよ、何で忘れてなんかいたんだろう」

「やっとかい?待ちくたびれたよ。もしかしたらずっと思い出さないのかと考えたじゃないか」

「ご、ごめんね。でも今私は、夜の事思い出したよ」

「全部?」

「勿論、夜との行った場所、食べた物、会話、それに此処も全部だよ」

「じゃあ、私の最期もか?」


夜は私にそう言った。聞き間違いじゃなかったら、夜は私に最期と言ったんだ。

心がざわつく。鍵を掛けられた一つの記憶の引き出しが、今開いた。

1年前。2月14日、午前。学校に登校中。

信号機が青になり、私は夜と歩き出す。決してスマホを見ていた訳ではない。

そのせいで気付くのが遅れたとでもなかった。

───キィィ!

辺り一面に鳴り響く甲高い音。

右を見た。そして大型トラックが私に迫って来るのが、ゆっくりと理解出来た。

足は動こうとしない。アスファルトに根を生やしたみたいに。

もう駄目。私、死んじゃうんだ。

そう思って目を閉じた。けれど、来た衝撃は予想外のものだ。

背中を押されて、数m前方に倒れた。

と同時に強く鈍い音が私の耳に響く。咄嗟に斜め後ろを見た。

頭から血を流す女子高生が見えてしまった。名前を聞かなくても分かる。

あの子は夜だ。

夜が轢かれた。無惨にも手があらぬ方向に向いていた。

私は声が潰れる程叫んだ。直ぐに駆け寄って夜の名前を叫んだ。

ぶち撒けられている、可愛らしく包装されたチョコレート。

メモがあり、それには「夢月へ」と書かれている。私はもう言葉ではない音を発狂するしかなかった。

思い出しただけで吐き気がしてくる。でも当然の疑問が抑えてくれた。


「目の前の夜は?あの時、夜は亡くなって」

「夢月ってさ、ファンタジー好きだったよね。異世界とか転生とか。それに幽霊」

「もしかして⋯⋯⋯」

「そう、今夢月が考えた通りだよ」


じゃあ、夜。貴方は幽霊って事?

私は暗い中、夜を凝視する。遥か先にある建物の明かりが若干透けていた。

えっ!?普通の人間って身体透けてないよね?


「分かってくれたかな?私は正真正銘幽霊。夜の幽霊だよ」

「本当、なんだ。うん、うん」

「何か思ったより驚いてい感じだね」

「夜とこうやって会えたんだもん。嬉しさが勝っちゃったよ」

「フフッ、そうだったんだ。私も夢月ともう一回会えて嬉しいよ」


二人の中で笑顔が溢れる。寒い外、だけどここだけあったかい。

私はこの一時を噛み締めるように、夜を見つめた。

夜も優しい眼差しを私にくれた。

そのまま一分。二分、三分。どんどん経過する無言の時間。

少しの静寂が辺りを支配するも、夜が動いてそれを壊した。

公園の端。崖から落ちないようにと、立てられた柵の上に夜は乗る。

私はその様子を一からは全部見ていたけど、まるで重力を感じさせない軽やかな動きだった。

そして、あざとく可愛いポーズをとる。


「世界ってさ、広いと思うかい?」

「突然何言うかと構えてたんだけど、そんな事?まぁ、広いんじゃないかな」

「けどさ、そんな世界で私と夢月はこうして出会えた。それってつまり、運命なんだよ」

「最初から決まってた事だったの?」

「そう。私達は赤い糸で結ばれてるんだ」


真剣な眼差しで夜はそう言った。

恥ずかいな。頬をポリポリと掻き、顔はピンク色に染まっている。

そんな私を夜は一度見ると、何か思い悩んだ表情をした。

でも、決心したんだろうか。夜は遂にその言葉を紡ぐ。


「お別れの時がもう近い。心残りがあり過ぎてどうしようか困ってるよ」

「⋯⋯⋯そう、なの?」

「大丈夫。泣かなくても良いよ、夢月。私はいつも君の側に居るからさ」


薄々思ってた事だけど、出来るだけ考えないようにしてた。

でも時間は残酷だよね。嫌な時は必ず訪れるんだから。

想わないわけにはいかないから、この涙は滴るんだろう。

ひゃっくりが出るくらいに泣き、別れを惜しむ。

そんな私を見て、夜は包み込むような声色で励ます。


「バレンタインとお盆には帰ってるから。だから、その時を楽しみにしてるよ、夢月?」

「⋯⋯⋯⋯⋯分かっ、た。愛情たっぷり込めたチョコレートに夜の好きな料理作ってるからね」

「ありがとう。また会う時が凄く待ち遠しいよ」


恐らく思ってる事は同じなんだろう。

次の一言で私と夜はお別れする。だから再び静寂がこの場を支配したんだ。

少しでも一緒に居たいから、この時間がとても愛しくて堪らないから。

駄目な自分が耳元で囁いてくる。幸せにもうちょっと甘えても良いんじゃないか、そう誘惑する。

けれど、夜は顔を横に振って湧き出る欲望を我慢した。

唾を飲み、気持ちを落ち着かせる。そして、溜めて溜めて⋯⋯⋯夜は言った。


「夜は、好きかい?」


流れ出る涙を拭い、君に対する特大の想い精一杯言葉に乗せてに伝える。


「うん!世界で一番、大好きだよ!」


私がそう言うと、夜は光の粒子と成って消えていく。

これでお別れ。

悲しい。けど、夜はまた会いに来てくれるって約束した。

だから私、その時まで頑張るよ。夜、上から見守っててね。

───気付けば私の両手には一口分飲まれていたミルクティーと、メモが付いたコーンスープがあった。

それには「少しの間さようなら、愛してるよ 夢月へ」と書かれていた。


「私も愛してる、ちょっとの間さようなら。夜」


零れる涙が少し甘いのを感じながら、一人でにそう呟いた。





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