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俺と雫は今日、映画館を訪れている。
ラブコメ映画でもアニメ映画でもドラマ映画でもなく、二人が観ているのはホラー映画。ギリギリ16歳の俺らはR15という制限も回避し、座席に座ることが許されている。
ひとりは絶叫、もうひとりは無表情で冷静。
「そんなに怖いの?」
「……」
ここで怖い、と言ってしまうと男として恥ずかしいと思い、口には出せなかった。
「あんた、雫ほど怖いものは無いって言ってなかった?」
「あれは誇張表現だ」
恐怖シーンが流れると俺は必ず目を瞑っているが、今はそこまで怖くないので目は開けたままだ。だが、いっときも油断出来ない。それはホラー映画はいきなり《《お化けが》》現れるからだ。
いまもこうやって――
髪の長いお化けが井戸から出てきて――――
「ぎゃあああー!」
咄嗟に雫の腕にしがみつく。普通、男女逆じゃね? と思うかもしれないが、黙っていてほしい。怖いものは怖いんだから。怖いものは人それぞれ。高いところが怖い人もいれば、お化けが怖い人もいれば、虫が怖い人もいる。
そういや、雫が怖いもの知らないな……。彼女には怖いものが無いのかもしれない。かなりレアケースであるが。
雫の腕はむにっ、としていて柔らかい。
いまは暗がりで見えないが、とても白い肌をしている。
そんな腕にこれでもか、というくらいしがみつく俺。
ホント、男として情けない。
逆のことされたい、と思うが雫は俺を頼ってくれない。もっと頼ってくれてもいいのにな。俺が情けない男だから、しゃーないか。
「もっと頼ってくれてもいいんだぜ」
「急になに言ってんの」
雫がそう言いつつも、いつもより嬉しそうなのを俺は知らない。彼女の顔が赤いのも暗がりだから、分からない。
好きな人に触れられているのも頼られているのも嬉しいのだ。
いまは甘えられなくてもいい。いつかそんな時が来るから。
――そんなことより、何故俺はホラー映画を見せられているのか。凡そ予想は出来る。それは――
「――ちょっとは参考になった?」
文化祭の出し物のお化け屋敷の何かヒントになるのでは、という雫からの提案だった。
映画が終わった後、彼女にそう告げられた。
「怖すぎて何も内容入ってきてない」
「ダメじゃん。もう一回観る?」
「観るわけねーだろ。俺を殺す気か」
「ふふ。私も秋良を殺すけど、秋良も私を殺してね? 同時に銃殺とか憧れるなー」
「なに言ってんだ。冗談だよな?」
「え? 何だって?」
そうとぼける雫。
冗談じゃなかったら、怖いな。
雫は以前、「秋良がいない世界で自分が一秒でも生きるのは耐えられないから、一緒に死にたい」と言っていた。確かに俺も雫がいない世界でなんか、生きていたくない。
でも、同時に死ぬなんてこと、実際ありえるのだろうか。
「――ねえ、あれ取ってー?」
雫が映画館に常設されている、UFOキャッチャーを指さす。雫はねこのぬいぐるみが欲しいらしい。そんな大きくはなく、中くらいのサイズのやつだ。
「俺、UFOキャッチャー苦手なんだが」
「私も苦手」
「じゃ、頑張るわ」
数分後――。
何度百円玉を入れても、取れない。だったら、売ってあるやつ買ったほうが安く買えるのでは? と思ってしまう。
でも折角、彼女が俺に甘えてくれたんだ。取るしか、選択肢は無い。
きっと雫は一発で欲しいものを取ってくれる男のほうが良いんだろうな、と思ってしまった。まだ雫と俺の関係性はカップルではなく、幼馴染なのだが。でもこんな頼りなくて、情けない俺なんかより――
「ごめんな。全然取れなくて。雫は俺みたいな男より、カッコいい男のほうが良いよな」
「なに言ってんの。秋良じゃなきゃダメに決まってんじゃん。次言ったら殺すよ?」
「じゃあ、何で雫は俺を選ぶんだよ」
「秋良といると安心するし、好きだから。好きに理由は要らない。秋良以外の男には興味無いの、ごめんね」
「好きって幼馴染としてだよな?」
「そうだけど。なにか」
雫は嘘を吐く。
両思いなのに、二人は遠回りする。
『好き』と言われたことで、モチベが上がったのか、ようやく23回目でねこのぬいぐるみが取れた。
「やったー! 取れたじゃん」
「つっかれた……」
「お疲れ様」
そう言って、雫は抱きつく。ぬいぐるみじゃなくて、俺に。
「どうした?」
「今日くらい甘えさせてほしいの」
「……そうか」
「せっかくの《《デート》》なんだし」
デ、デ、デート!?
俺は目を大きく見開く。しかし、彼女は余裕そうだ。ふふん、と鼻を鳴らして。
「次、どこ行く?」
「もう12時過ぎてるし、飯でも食いに行くか」
そうして、映画館を出てファミレスに向かう。
向かう中途、雫は少しも俺を離さなかった。手を繋いで、肩に頭を乗せて。端から見ればカップルにも見えなくないのに、雫は気にするそぶりを見せない。だから、俺も彼女に合わせる。
雫が相手なら別にいいかな、と心を許している節もあった。きっとそれは雫も同じように思っている。
店に着くと、事前に頼むモノを決めていたのか、雫はすぐ店員を呼んだ。
ちょ、俺は頼むモノ決めてないんだが!
「どうせ私が奢るんだし、好きなのたくさん頼んでいいよ?」
「いや、でも……」
彼女はそう言ってくれるが、一応常識の範囲内で頼む。
焦りつつも注文を終えた二人は品が届くまでの間、雑談に興じる。
当然、話の内容は文化祭の話題。
最初は和気藹々《わきあいあい》と喋っていたのだが、雫の一言で流れが変わる。
「秋良は文化祭、一緒に回りたい人いる?」
「え、いないけど。雫と一緒に回るんじゃなかったのか?」
「――私じゃなくて、別の女の子と回ってもいいよ?」
「……!?」
どうして突然、そんなことを言うんだろう……?
彼女の心はどうやって変化したのか。何が原因で変化したのか。
先日まで「一緒に回ってくれなきゃ殺す」と言っていたはずの彼女が。
きっとなにか裏があって、意味があってそう言っているのだろう。でもその意味をこの時点での俺は理解できる筈も無かった。
雫は口角を吊り上げている。不敵な笑みを浮かべている。
《《雫は俺を試している》》。